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Check Clip to Evernote 2010.11.04up

“青春パンク”の申し子と言われた175Rが活動休止。今あえて聞きたい、あのブームについて。

2010年9月に、12年にもおよぶバンド活動を休止させることを発表したSHOGO、KAZYA、ISAKICK、そして、YOSHIAKIによる4人組・175R。1998年に北九州で結成した彼らは、2001年発表の初CDが、インディーズチャートの1位を獲得。続いてリリースされた1stアルバムはインディーズながらオリコンチャート6位を記録。以降も快進撃は続き、NHK紅白歌合戦の出場、日本武道館での公演、プライベートオフィス[BUG BOX]の設立など、その活躍の場をお茶の間にまで広げていった。そんな活躍と同時に、彼らにずっとつきまとっていたのが、“青春パンク”という言葉。ひとつのムーブメントとして一世を風靡したが、多くのバンドがそこにカテゴライズされることに戸惑いを覚えていたのも、事実であった。その代表的なバンドとしてメディアを賑わせてきた175R。12月にBIGCATでのラストツアーを発表した175RのSHOGOに、その“青春パンク”について話を聞いてみた。

──2003年のメジャーデビュー以降、ずっと走り続けてきた175Rですが、活動休止にいたった経緯をお聞かせください。

活動休止にこれと言って大きな理由があるというより、12年間、ホントに休むことなく走り続けてきたバンドなので、ここでもうワンステップ上がるためにはどうしたらいいのか? ということを、ここ2、3年、自分の中でも迷っていたところがあって。2010年2月に、『JAPON』というアルバムをリリースしたとき、ここで一度お休みをするのもありなんじゃないかという答えを出したんですね。正直、今まで活動を休止するのは、ちょっと怖かったし、不安だったりしたんですけど、『JAPON』を発表したときにそれが無くなったというか。まだ休止の期間は決まってないですけど、メンバーそれぞれがひとりのミュージシャンとして成長し、再び175Rとして音を出せればと思って、今回、活動休止を決めました。

──2003年といえば、まさに“青春パンク”ブームの真っ直中。その中でのメジャーデビューとなりましたが、世間が勝手に名付けた“青春パンク”に対して、当時はどんな想いを抱いていましたか? また、そのカテゴライズ自体をどう解釈していましたか?

あのときは“青春パンク”という大きな波が来ていたので、僕らもあの波に乗ったというイメージが強いと思うんですけど、当時はね、どのバンドも一括りにされるのはイヤだと思ってただろうし、僕らも同じように、あまり群れたくないというか、そういう想いはありました。自分たちは、その波が来る前からやっていた楽曲だったりするので、そこに対して反発していた部分もありましたけど・・・。でも今も、コレボレーションが流行っていたり、カヴァーソングが流行っていたりするじゃないですか。そういうひとつの一環だったのかなって思います。僕らは、あの当時もそうですし、その前も、そして今も、ずっと同じ楽曲を歌っているわけですから、決して色褪せるという気持ちはないですね。

──9月12日には、太陽族、ガガガSP、STANCE PUNKS、ザ・マスミサイルらが集結したライブイベント『3RD MEETING×6』(東京・新木場Studio Coast)が行われ、175Rも出演されました。各バンド、“青春パンク”と称されることに戸惑いを感じていたと、当時を振り返ってコメントされてましたが、その中で175Rだけは、デビュー時から“青春パンク”という世間の見方を真正面から受け止めている印象がありました。今あえて、そのあたりの想いを聞いてもいいですか?

『3RD MEETING×6』は、懐かしいバンドのみなさんと一緒にライブができたし、僕らも[新木場Studio Coast]でやるのは初めてだったので、すごく楽しめました。そして、175Rが“青春パンクを正面から受け止めている”を言ってくれるのはすごくうれしいんですが、実はあんまり考えたことなかったんですよ。あの当時、ものすごく忙しかったという印象しかなくて。リリースのために曲作りをする日々だったし、僕らの場合はテレビにも出たりしていたので、あの当時のバンドの中では異色な存在でした。いろんなところで“青春パンクの代表的なバンド”と言われたり、雑誌でも書かれたりもしましたけど、それに関してはうれしかったですね。そして、僕の場合、80年代のバンドブームにすごく影響を受けて175Rを結成しているので、やっぱりあの当時だけのブームにしたくなかったと、青春パンクが盛り上がっていたときに強く思っていたんですね。だから、紅白歌合戦に出ることが恥ずかしいことだと思わなかったし、テレビに出ることでお茶の間にまで青春パンクを届けたかったという想いもあったので・・・まぁ、青春パンクというより、175Rの楽曲を届けたい、ということでもあるんですけど。ただ、今となっては、ブームにしたくなかったという思いも空しく、ひとつのブームになっちゃったのかなとは思いますね。

──なるほど。では、これまでの活動の中で、特に思い入れのあるものはありますか?

175Rはホント、周りのバンドに比べてもすごくいろんな経験をさせてもらってきたバンドだと思うのでは、たくさん、たくさんあるんですが、やっぱり日本武道館でライブができたのは、ひとつの目標であり、夢だったので、それが一番大きかったですね。各メンバーはもちろん、その当時、僕らに関わってきたスタッフひとりひとりの自信にも繋がっているような、今もそれぞれが忘れることのない大きな舞台だったと思います。あとはね、『NHK紅白歌合戦』や『ミュージックステーション』、『笑っていいとも!』に出たことで、親や地元の友達がすごく喜んでくれたりとか。日本を代表するような番組や舞台に175Rとして足跡を残せて、すごく幸せなバンドだったなと思ってます。

──今後はメンバーそれぞれのソロ活動も、175Rの一員として行っていくとのことですが、活動予定などは決まってるんですか?

今のところ、活動休止後のスケジュールは決まってません。おそらく、他のメンバーも決まってないんじゃないかと思うんですが、まあ、4人それぞれ、音楽はするんじゃないかと思います。ボクに関しては、一度音楽から離れてみて、もう一度、いったい自分がなにを歌っていきたいのか、どういう曲をやりたいのか、今自分がなにをやりたいのか、というのをゆっくり考えたいなと思っているので、一度、勉強の意味を込めて、海外に行ってみたいと思っています。メンバーそれぞれもきっと、バンドを組みたいというメンバーがいたり、サポートとしていろんな舞台でやってみたいというメンバーもいますので、きっとそれぞれがね、それぞれの場所で頑張ると思いますので、で、また、そこで大きくなって175Rとして帰ってこられればいいなと思ってます。

──最後に、ラストツアー『Thank you! Hello! TOUR 2010』に向けての意気込みをお聞かせください。

活動休止前の最後のツアーですが、湿っぽくしたくなかったので、ツアータイトルを『Thank you! Hello! TOUR 2010』にしました。今まで自分たちを応援してくれた人たちに向けて感謝の気持ちと、そして、新たな自分にハローという感じのツアーにできればと思っています。いろんな楽曲を歌えると思うし、セットリストを考えるのが一番難しいところですが、僕らの思い入れある楽曲をチョイスして、みなさんに観ていただければと。なんかこう、僕らもそうですし、観に来てくださる人も、未来に希望をもってポジティブに進んでいけるようなライブができればいいなと思うし、そういう意味では、今までの175Rのテーマである“青春応援歌”という、ひとつのスタンダード的な、それでいて熱いライブができるんじゃないかなと思っています。ホントにね、僕らの気合いの一夜を楽しんでもらえたらと思いますし、ぜひたくさんの方々に観に来てもらいたいです。

Live Data

『Thank you! Hello! TOUR 2010』

2010年12月27日(月) 19:00~
BIGCAT(大阪市中央区西心斎橋1-6-14 BIG STEP4F)
前売3,900円、当日4,400円 ※11月7日(日)チケット発売
※ドリンク代500円別途要、オールスタンディング、未就学児童入場不可
06-7732-8888(キョードーインフォメーション/平日10:00~19:00)
http://www.kyodo-osaka.co.jp/

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