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Check Clip to Evernote 2015.10.27up
元ブルーハーツの梶原徹也、パンクドラマーと和太鼓の関係
1980~90年代に「リンダリンダ」や「人にやさしく」、「トレイントレイン」などで一時代を築いたTHE BLUE HEARTS。現在、ザ・クロマニヨンズとしても活躍する甲本ヒロト、真島昌利、2人のカリスマを当時がっちり支えていたドラマー・梶原徹也が、いま太鼓芸能集団・鼓童をサポートしている。3年前に歌舞伎役者の坂東玉三郎を芸術監督に迎え、挑戦し続けている鼓童。彼らが梶原をドラム監修に迎えた最新公演について、鼓童の小田洋介、坂本雅幸と一緒に大阪で話を聞いた。

写真/岡本隆史(インタビューカットを除く)

Profile

梶原徹也

梶原徹也(かじわら・てつや)
1963年9月26日生まれ、福岡県出身。1986年にTHE BLUE HEARTS加入、1995年の解散までその屋台骨を支える。現在は、バリアフリー・ロックバンドのサルサガムテープなどで演奏活動を続ける傍ら、フリースクールでの音楽講座などの活動も積極的に行う。今年の春からは小田と2人のユニット・えびす大黒でも活動している。

公式ブログ
http://ameblo.jp/tetsuya-kajiwara/

パンクドラマー、和太鼓と出会う

元鼓童メンバーの和太鼓奏者・レナード衛藤と共演し、「自分の音よりでかい打楽器があるっていうのが燃えたんですよね」と和太鼓に興味を持った梶原。和太鼓ワークショップで小田と知り合い、以前から稽古場にも顔を出していたという。


左から坂本雅幸、梶原徹也、小田洋介

小田:梶原さんと知り合って4年と少し。叩くドラムの音は情熱的な感じですが、人柄は聖人そのもので、鼓童のメンバーに教えていただくにはぴったりだなと。梶原さんも鼓童に興味を持ってくださったし、なによりドラムスタイルが鼓童に合ってるんじゃないかって。

梶原:話したり、稽古場に通ったりして、鼓童さんサイドで私の評価がどうなったのか・・・(笑)。バンドプロデュースする上で私のスタイルは、バンドメンバーになるって言う感じで、練習にも顔出すし、レコーディングももちろん。そういつも心がけてて。そうやって通ってるうちに、玉三郎さんもうちらが練習するところにちょくちょく顔を出してくださって。めちゃくちゃ緊張するんですよ。ふらっといらして。

坂本:(自分たちは)シャキってね。

梶原:見てないふりをして見られてるんですよ(笑)。何かヒントがないかって。そんななか話をさせていただいて、たぶん相性が良いと思ってくださったんじゃないかと。

坂本:梶原さんで良かったなって思うのは、やっぱりこっちなんですね(と胸を指す)。テクニックとかじゃなくて「スネアのスパッて感じ、もっと出して!」とか「和太鼓のドッをもっと」みたいな感じなので。そこがいいな、と玉三郎さんも感じられたのでは。

【関連記事】玉三郎演出で変化した、鼓童の新しい挑戦

玉三郎の求める音の表現とドラム

──梶原さんはドラム監修ということですけど、玉三郎さんとの役割分担は?

梶原:芸術監督として玉三郎さんがいて、ドラムに関して、(小田)洋介さんと(坂本)雅幸くんと(住吉)佑太くんの3人のドラマーを育てるのが今回の目的。4年前から、ドラムの脱力奏法を教え始めたんですけど、やってるうちにこの奏法が太鼓に利用できるかもしれないという噂が広まって・・・。

──印象的に太鼓のバチは握りしめて力一杯打ち込むイメージですが、その力を抜いちゃう?

梶原:玉三郎さんがおっしゃってるのは「あなたたちは、力任せに打つのは出来てるから、ミニマムな音を出すことをやりなさい」って。私ももともとパワーヒッターだったんです。身体を壊してから脱力奏法を学んだって経緯があって。

Profile

鼓童

鼓童(こどう)
佐渡を拠点に和太鼓を中心とした活動をおこなう太鼓芸能集団。太く激しい低音の魅力に加え、唄や踊りなど日本の伝統芸能や民俗芸能を取り入れた創作&演奏活動を続け、日本を含む世界47カ国で活動している。2012年より歌舞伎役者・坂東玉三郎が芸術監督。

公式サイト 
http://www.kodo.or.jp/

──ドラム経験のあった坂本さんはその奏法にしっくりきましたか?

坂本:脱力奏法もそうなんですが、細いバチに慣れるっていうことは大きなテーマでした。繊細な曲を表現したいときに太いバチで“ドン”って野太い音を出すと、玉三郎さんが「バチを細くしてみれば」って・・・。そんなときに、違う演奏の仕方が必要になるんだと感じますね。太鼓を鳴らし切っちゃうとほかの楽器との馴染みがすごく難しくて、細いバチでいい音を出せるようになってくると、メロディーがちゃんと聞こえてくる。どんな楽器にも合わせられる対応力が付くんじゃないかというのが、自分なりの考えです

小田:その通りだと思います。とにかく音が全然違う。小さいバチでの表現力がつくと、太いバチでもいろんな「ドンッ」が増えた。想像してここはこうだって、欲しい音に手が反応するようになった。

──梶原さんは、和太鼓での幅を広げさせるという意図はあったのですか。

梶原:意図はないのですが、ドラムの奏法を学んでもらえればきっと何か役に立つだろうというのはありますよね。自分がパワーヒッターから脱力系に行った時に感じたものが、太鼓に応用できるんじゃないかな、というのは確信としてありました。

小田:4年前に始めたときと最近では違うんです。ドラムを勉強したことで手の中に入ってるというか、コントロールしている。同じ速度でもどう当てるのかコントロールできるようになっている。

──そうやって音色や音質の幅が広がったことは、玉三郎さんが気を遣われる「表情を豊かに」という狙いに通じるのでは。

坂本:ドラムをやると、さぞかし今まで音が大きかったんだろうと(笑)やってみないとわからなかったことなので、やっぱり導いてくださったんだろうと思います。

小田:自分たちだけでは無理だと思うんですよ。出す音を上げて上げて上げて、体壊れるまで上げていっても平気なんですよね。自分が最大限に頑張ったって思えるし。だから音を下げるのは恐い。当時は小さい音で叩くくらいにしか考えてなかったんですけど、その考え方が全然違いますよね。チャレンジさせてもらっているって感じです。

次は <脱力奏法へ目覚めた梶原徹也> に続く


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