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京職人ブルース
最終回 江戸のカワイイ、クールジャパン。
伏見人形 【伏見人形】
北前船や参勤交代の帰りに京土産として持ち帰られ、各地で産業として発展したことから日本の土人形の源流ともいわれる。かつては伏見街道沿いに多くの工房が建ち並んだというが、現在はただ一軒の窯元だけが製作を続けている。

 師走。
 今年三度目の訪問となった伏見人形師の工房には、すでに彩色を終えた蛇たちがずらりと並んでいた。
 「彩色作業はもうほとんど終わりやね。来年の干支は簡単やさかい助かりました」
 3ヶ月前には胡粉で真っ白だった『睦巳』には、瞳に黒と金が、鼻と口には朱色の線が引かれて、ぐんと表情豊かになっている。
 今日は彩色作業を見るつもりだったが、すでに遅かったか。
 落ち込む私に気づいたのか、伏見人形師は「まだ少し、塗らなアカンのが残ってるから見ていって」とすでに地塗りを終えて白色になった『眠り猫』を指差した。
 伏見人形の彩色法には表現によって使い分ける2つの技法がある。主流なのは、日本画と同じように膠で溶いた絵具を施すものだ。『睦巳』の瞳や口元のように決まった範囲に色を塗りつぶす際には、刷毛に含ませた絵具を薄い色から順にペタペタと塗っていく。
 もうひとつは、動物の毛並みや陰影を表現するボカシ。粉末状の顔料をそのまま刷毛に付け、地塗りした胡粉の上に円を描くようにして色を付けていく。
 「この『眠り猫』は三毛猫やさかいね。ぶちをボカシで塗るんやけど」と伏見人形師は、ボカシのための道具を見せてくれた。
 猫のぶちを表現する黒色には煤を、茶色には岩絵具を使う。「ここでクシャミでもしようもんなら大惨事やで」と笑うが、実際には空調のわずかな風でも舞い上がりそうなぐらい粉末は細かい。
 ボカシに使用する刷毛は、先端に丸くまとめた毛を3本の木棒でツリーのようにまとめている。どこかで見たような、と考えていと「これは型友禅で使う丸刷毛と同じもんやね」との声。
 丸刷毛には狸や鹿などさまざまな獣毛が使われている。やわらかなボカシ表現を多用する伏見人形では、なかでも冬毛に限定した刷毛のみを使う。
 胴体、尻尾と次から次へと三毛猫のぶちだけが塗られていく。

 「表情は筆で描くから最後にするねん。ちょっと集中せなアカンやろ」
 じゃあ、この『眠り猫』の彩色作業もあとわずかで終わりなのか。
 「そうやなぁ、あとは耳の中を塗って終わりかな。黄色に」
 伏見人形の色彩感覚には驚かされてばかりだ。猫の耳孔は黄色だし、馬の尻尾はピンク、牛の角は水色だ。
 「強烈なのが多いやんね。ほかにおもちゃなんてない昔のことやからインパクト重視やったんかな。表情なんかもすごいやろ」。そう言って伏見人形師は塗りを終えた『睦巳』を持ってきてくれた。
 あらためて見ると、この眼の鋭さはなんだ。おもちゃどころか、今にも飛びかからんばかりの顔をしているじゃないか。
 「なんでか知らんけどきっつい顔してるやろ。かわいらしさのかけらもない、まるで毒蛇やね。でも、ほとんどの人形が江戸時代頃からずーっとかたちも色も変わってないねん」
 伏見人形は日本最古の郷土玩具。かつて旅や仕事で京都を訪れた人々が故郷で帰りを待つ子供へ持ち帰る人気ナンバーワンの土産物だった。つまり、この表情や色彩が江戸時代の日本人にとっての「カワイイ」だったのだ。
 よく見れば、なんだか現代美術家の村上隆の作品にも通じるものがある。ビビッドな色彩の迫力、不気味と愛嬌が同居した佇まい。江戸時代には普通だったカワイイも、現代では1周まわって現代アートの仲間入りだ。  今、「クールジャパン」として海外へ持って行くべきは、伏見人形なのだ。

【2013年3月の京職人ランデブー】
伝統産業の日 2013
いわずと知れた京都伝統産業界最大のフェス。若手職人からベテラン勢まで京都の幅広い業種の伝統工芸品を展示。製作実演など盛りだくさんで見応え十分。会期中は米原も会場にいます。なにをするわけでもありませんが。

3月15日(金)~17日(日) 10:00~17:00(最終日は~16:00) 入館無料
京都市勧業館 みやこめっせ
http://www.densannohi.com/
米原有二(よねはら・ゆうじ) http://www.sakura-ew.net/
ライター。1977年京都府生まれ。おもに伝統工芸を対象とした取材・執筆活動をおこなう。著書に『京都職人』『京都老舗』(共に共著・水曜社)など。もうひとつのひそかなライフワークはスタンプ収集。
※京職人ブルースでは、展覧会や個展など「京職人ランデブー情報」を随時募集しております。上記サイトからメール、お送りください!!

堀 道広(ほり・みちひろ) http://michihiro.holy.jp/
1975年富山県生まれ。石川県立輪島漆芸技術研修所で漆工芸を学んだ「うるし漫画家」。その経験は『青春うるはし! うるし部』(青林工藝舎刊)にて結実。現在は青林工藝舎刊アックス『サミュエル』を連載。うるしを使った金継ぎと簡単な漆塗りの教室も開講。