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京職人ブルース
第1回 絵筆はわくわく動物ランド。
蒔絵 【蒔絵(まきえ)】
漆芸の代表的な加飾技法。漆器に金銀の粉を蒔き付け、数多くの技法を組み合わせて模様を描き出す蒔絵師の表現は多彩。日本人が育んだ日本独自の工芸である。

 蒔絵師の道具箱には、百の魂が入っている。
 漆は幅広い材料との相性が良く天然の万能塗料とも言われるが、蒔絵のように繊細な意匠を表現するためには、その扱いや作業環境に細心の注意を払う必要がある。歴代の蒔絵師たちは、それを数多の動物たちの力を借りることで克服してきた。
 蒔絵師が使う根朱筆(ねじふで)※1 に使われているのは、木造船の船底に住んでいる野ネズミの背中の毛。もしくは脇毛。
 「そのへんにいるネズミじゃ駄目なんですかね?」
 私のそんな質問に蒔絵師は首を横に振るばかりか、追い打ちをかけるように
 「土蔵にいるネズミの毛もかなり良いね」と続ける。
 木造船とは、穀物を運ぶ船を指している。そこに住み着いた野ネズミは、米粒を腹いっぱい食べて毛先まで栄養が行きわたっている、というのがその理由だ。土蔵もまた同じ。そして、野原を駆け回ることがないため、毛先が擦りきれずにしっかりと残っている。それも特に背中と脇に。
 なんだか迷信のような言い伝えにも、ちゃんと合理的な理由が存在するのだ。家に住むネズミは駄目だし、腹の毛だって駄目。ボート出身のネズミでは立派な筆になることはできない。
 蒔絵筆には、ほかにもウマやタヌキ、ネコ、リス、イタチなどの毛も使われる。いずれも先人が厳選した顔ぶれだ。
 まだまだある。ふんわりとやわらかく、まとまりもあるネコの玉毛(たまげ・首回りの毛のこと)は、筆にも刷毛にも使われるし、漆面に蒔いた金粉を掃き寄せる毛棒(けぼう)※2 には、なんとムササビの毛が使われている。
 蒔絵師が道具箱から何かを取り出すたびに、動物話に花が咲く。
 「ほな、これは何の毛でしょう?」
 決して当たることのないクイズはいつまでも続く。
 それら道具のほとんどが、数百年も前から使われていたというのも驚きだ。
「野ネズミに辿り着くまでに、もちろんいろいろ試してみたんでしょう。たとえばサルとかヤギとか…。あぁ、ヤギの筆はありますけどな」。
 そう言って、蒔絵師は道具箱からヤギの筆を取り出した。
 このとき、蒔絵、たまらんなぁ…と思った。

 動物由来の道具は筆や刷毛だけではない。
 空気中を舞うホコリは蒔絵師の大敵。いくら注意していても塗りたての漆にぴったりと付着してしまう。それをそっと取り除く作業を「節上げ(ふしあげ)」というのだが、これにはツルかハクチョウの羽軸を使うという。
 「ハトじゃ駄目ですか? スズメならどうなんでしょうか」
 ネズミのときと同じく不毛なやりとりを繰り返す。どうして蒔絵師は手に入りにくいものばかり欲しがるのか。現在はツルもハクチョウも保護動物として羽軸の入手はほぼ不可能となっているのだ。
 「今まで試してみたことがない動物でも、意外としっくりくるかもしれませんよ」
 ある蒔絵師にそんなことを言ったことがある。
 「将来のことも考えて代用品はいつも探しているんやけどね。化学繊維なんかも含めて。でも、職人の道具は、昔の人らがいろいろと試した末に辿り着いたものばかりやから。まぁまぁというのはあっても、完全に代わりになるものはないよ。絶対に」
 と先人たちの積み重ねに絶対の信頼を置いていた。でも、木造船も土蔵も、野ネズミすら今は探すのも難しいじゃないか。
 ある工房では、職人たちで連れ立ってムササビ狩りに出掛けたと聞いた。それほどに今、蒔絵の現場ではムササビが求められている。
 蒔絵を知るには、まず動物のことからなのか。工房からの帰り道、私はとりあえず京都市動物園へと向かうバスに乗った。

【用語解説】
※1 根朱筆
蒔絵模様を描くための精細な筆。硬さのある野ネズミの毛は真っ直ぐな線も、なめらかな曲線にもぴったり。現在、困難となっている野ネズミの捕獲だが、かつては船乗りたちの良い副業だったという。
※2 毛棒
金粉を払うためのものを「あしらい毛棒」、作業中に付着したチリなどを払うためのものを「払い毛棒」と呼ぶ。コシがあり、毛足は長く、穂先はふんわりとしている毛が最適でムササビのほかにウマの毛なども使われる。
【8月の京職人ランデブー】
京都絞り工芸館 特別展 絞り浮世絵「富嶽四十六景」
日本最古の染色技術といわれる絞り染めは、様々な技法の組み合わせによって生み出される多彩な染め模様が特徴。そして今回、京都の絞り職人、約40名が力を結集して江戸版画の名作を制作。制作期間約1年6カ月! 北斎も驚愕の精緻さに注目せよ。

~9月21日(火) 9:00~17:00 京都絞り工芸館(京都市中京区油小路通御池南入ル)
8/2(月)・8/16(月)・9/1(水)・9/22(水)休
入館料500円 http://shibori.jp
米原有二(よねはら・ゆうじ) http://www.sakura-ew.net/
ライター。1977年京都府生まれ。おもに伝統工芸を対象とした取材・執筆活動をおこなう。著書に『京都職人』『京都老舗』(共に共著・水曜社)など。もうひとつのひそかなライフワークはスタンプ収集。
※京職人ブルースでは、展覧会や個展など「京職人ランデブー情報」を随時募集しております。上記サイトからメール、お送りください!!

堀 道広(ほり・みちひろ) http://michihiro.holy.jp/
1975年富山県生まれ。石川県立輪島漆芸技術研修所で漆工芸を学んだ「うるし漫画家」。その経験は『青春うるはし! うるし部』(青林工藝舎刊)にて結実。現在は青林工藝舎刊アックス『サミュエル』を連載。うるしを使った金継ぎと簡単な漆塗りの教室も開講。