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ここだけの店、ここだけの話 堀部篤史
第10回 最終回 「六曜社地下店』奥野 修
「『ここだけの店』に通う人」

 まず丸善(*1)がなくなった。それから京都スカラ座(*2)がなくなり、その代わりにカラオケボックスやゲームセンター、ドラッグストアが建ち並び、ここ10年で京都の繁華街、河原町の風景は一変した。それでも三条近辺の大型書店なんかに仕事で訪れる機会も多いが、その帰り道は下を向いて、逃げるように河原町通りを歩き去る。昔はよかったなんて人に嘆いてみせるのは野暮の極みだから、息継ぎをするように三条河原町まで辿り着いたら[六曜社地下店](*3)の階段を駆け下りる。街の娯楽施設が軒並み低年齢化へと向かう中、ここだけはずっと大人びた空間だった。地下に降りることで、先ほどまでの喧噪がまるで嘘のように静まり、狭いカウンター席では皆おとなしく一服のひとときを楽しんでいる。京都は老舗の喫茶店が辛うじて残っている街だと思うが、[六曜社地下店]のように1950年の創業から今も尚、多くの人々が自宅と街との中継点として使い機能し続けている店は数えるほどだろう。

 店ではいつの日も変わることなく、店主の奥野修さんがカウンターの中で黙々と仕事をこなしている。無駄口をきかず、キビキビとした所作には、長年同じことを続けてきた結果としての機能美を感じさせる。店内は、雑然としているようで清潔感があり、無駄な装飾はないのに何もせずただ座っていても退屈しない。時の重みを感じさせる空間は、一朝一夕では生まれえないものだろう。お店も修さんも決して多くは語らないが、その無言の姿勢に矜持のようなものを一方的に受け取って、清々しい気分で帰路につく。

 [六曜社地下店]のマスターである修さんと、店の外で初めて言葉を交わしたのは今から二年前。丁度この連載の準備をしていた頃に毎晩のように足を運んでいた下鴨の[yugue](*4)という店で呑んでいたときだった。大抵決まった時間に修さんが店を訪れて、手早く呑んで(時にうつらうつらと船を漕いでから)颯爽と帰って行く。この店の常連なのだと思っていたが、聞くところによれば修さんは仕事後に毎晩二~三軒、決まった店を曜日別にハシゴするのが日常なのだという。彼の熱心な店通いぶりから[六曜社地下店]で黙々と働く姿勢同様の、何か強い意志のようなものを勝手に感じとって以来、この連載の最終回には修さんに登場していただき、好きな店について話を伺おうと決めていた。店を作る人だけでなく、店に通う人の話を聞かなければ、この連載は完結しない。今回のインタビューを行った場所は、もちろん[yugue]だ。

 「仕事の日は朝6時に起きて、前の日に焙煎したコーヒーの味見をするついでに朝食を済ませてから出勤。豆の地方発送などの雑務を片付けて開店準備をしたら、一旦南禅寺近くにある自宅に帰宅してお昼ご飯を食べて店に戻る。18時に店を上がって、まず外で夕食を済ませてから、毎日必ず自宅の一角にある焙煎所へ行って必要な分だけ豆を焼く。それが終わるともう22時なんだけど、そのまま寝てしまうのも寂しいから、自転車に乗って酒を飲みに行くの。ちょっと前までは二~三軒はハシゴしたりと欲張っていたんだけど、最近は体がついていかなくなったから、最近は一軒で落ちついて飲むようにしてる。そんな日々です。水曜は店の定休日なので、必ず午前中には家を出る。大阪まで出かけて店を色々廻って、そこでも喫茶店や居酒屋を含めて二~三軒はハシゴする。でも、最近は遅くに帰宅するのがしんどいから、昼から開いてる店で酒を飲んで、帰りにレコード屋のぞいたり。休日はそんな感じ」

*1
丸善
梶井基次郎の『檸檬』の舞台として登場した丸善京都河原町店。現在その跡地にはカラオケ施設が建っている。


*2
京都スカラ座
1956年にオープンした洋画封切館。長いエスカレーターに乗って入場する特徴的な造りだった。


*3
六曜社地下店
地上階の店と扱う豆が異なる。ボックス席が並ぶ地上階に比べ、間隔の狭いカウンターに一人客が多い。






























*4
yugue
下鴨神社近くのカフェ/バー。その独特の営業形態と主人のキャラクターから、一見さんは近寄り難い不思議な店として知られる。昼間はカフェ利用の女性がポツポツと、夜は酒を求めて常連客が集う。

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