女優に専念した安藤裕子、ハイプ1000%な歌謡曲の魅惑

2011.3.1 12:00
(写真2枚)

2010年9月にリリースした『JAPANESE POP』の記憶もまだ褪せぬうちに、シンガー&ソングライター・安藤裕子から新しいアルバムが届いた。

タイトルは『大人のまじめなカバーシリーズ』。これまでにシングルのカップリング曲として発表してきた7つのカバー曲を集め、更に新録の4曲、ボーナス・トラックを加えた12曲が収録されている。

1曲目は、PICOの愛称で知られる樋口康雄、1979年のアルバム『ニューヨーク・カット』から「ジ・アザー・サイド・オブ・ライフ」。思わず唸らされる渋い選曲。ほぼ原曲どおり、アコースティック・ギターと歌で儚く、美しいメロディーを紡いでいる。

そこから「林檎殺人事件」への転換が鮮やかだ。郷ひろみと樹木希林のコンビが1978年にヒットさせたノヴェルティ・ポップをサルソウル・ディスコ風にアレンジ。ヒロミ・ゴー役を担当するのはアフロヘアのフォトジェニック、池田貴史。歌だけでなくこの曲の編曲も手がけている。踊る安藤裕子と池田貴史の2人に加え、なんと樹木希林も登場するMUSIC CLIPもテレビで芸能ニュースとして取り上げられるなど話題を呼んでいる。

冒頭の、静と動の両極を極めたこの2曲でつかみはオッケー。アルバム全体の多様性はじゅうぶんアピールされている。11曲中9曲と、ほとんどの曲が70年代後半から80年代の歌謡曲あるいは(当時の表現を使うなら)ニュー・ミュージックから選ばれている。

1977年生まれの安藤からすれば、リアルタイムで愛聴していたと思われるのは(あくまで想像だが)、小沢健二の「ぼくらが旅に出る理由」(1994年)と、スタジオ&ライブ・ヴァージョンが収録された、くるりの「ワールズエンド・スーパーノヴァ」(2002年)あたりだろうか。

個人的には、すでに当時から“名曲”のファイルに入れていた早瀬優香子「セシルはセシル」(1986年)や、薬師丸ひろ子「Woman~Wの悲劇」(1984年)はもちろんのことだが、1986オメガトライブの「君は1000%」(1986年)に、こんなにグッとくる日が来るとは思ってもいなかった。いわゆる“いい歌”というだけじゃなく、歌詞/曲名から滲み出るハイプな味わいを意識した選曲が目立つ。

これを単なるウケ狙いと取るのは軽率というものだろう。世にはびこる歌(歌詞世界)の“視野”がどんどん狭くなっている2011年には生まれ得ない、恥を恐れない表現がイロケを産んだ、そんな曲ばかりが選ばれているように思える。

映画で言えば、彼女が好きだという金田一耕助シリーズを生み出した“角川映画”のテイストに通じるものがある。先のアルバム・タイトルが『JAPANESE POP』だったことを思い出すと、彼女がカバーに“遊び”で終わることのない、強い意思を込めていることを感じずにはいられない。

安藤作品ではおなじみ、山本隆二をはじめ、宮川弾、権藤和彦らによる編曲も冴えている。それぞれ丁寧な仕事ではあるが、なにより曲が淀まぬように、原曲に対して無理な作為は施されてはいない。

安藤裕子『大人のまじめなカバーシリーズ』(左が通常盤、右が初回生産限定盤)
安藤裕子『大人のまじめなカバーシリーズ』(左が通常盤、右が初回生産限定盤)

正直、これまでの安藤裕子について、“スゴい”音楽性を“スゴい”表現で披露することで、聴き手に緊張を強いてしまうことを、なんとも勿体無いなと思うことがあった。本作での肩の力の抜けた歌いっぷりには、そんな不満も吹き飛んだ。

もう一度、映画に喩えるならば、監督、脚本、主演も兼ねていた彼女が、今回は女優に専念、といった感じだろうか。『大人のまじめなカバーシリーズ」は企画物ではなく、安藤裕子の新たな可能性を示した優れたアルバムだ。

最後に。タイトルの“大人のまじめな…”から、“そう簡単に萌えさせないよ”というメッセージを受信しました。

文/安田謙一

その選曲センスにも注目を。大人のまじめなカバー曲たち

①ジョン・スコフィールドらも参加した、樋口康雄による和ものレアグルーヴの名作「ジ・アザー・サイド・オブ・ライフ」(1979年、アルバム『ニューヨーク・カット』に収録) ②「お化けロック」に続くデュエットで1978年のヒット曲、郷ひろみ・樹木希林「林檎殺人事件」(1978年) ③アンニュイな魅力をふりまいた、秋元康プロデュースの早瀬優香子「セシルはセシル」(1986年、アルバム『躁鬱 SO-UTSU』に収録) ④カルロス・トシキのフレッシュな歌声に杉山清貴ファンも納得させられた1986オメガトライブ「君は1000%」(1986年) ⑤槇原敬之やKREVAもカバー済みのYellow Magic Orchestra「君に、胸キュン。-浮気なヴァカンス-」(1983年) ⑥松田聖子らと同期の鹿取洋子は、このデビュー曲「ゴーイン・バック・トゥ・チャイナ」(1980年)で各賞新人賞を獲得 ⑦化粧品のCMにも起用された、糸井重里の作詞が光る矢野顕子「春咲小紅」(1981年) ⑧薬師丸ひろ子出演映画の主題歌「Woman~Wの悲劇より~」(1984年)は、松本隆、呉田軽穂(松任谷由実のPN)のコンビによるもの。ユーミン自身もカバーしている ⑨サザンオールスターズのドラマー・松田弘がボーカルを務めた「松田の子守唄」(1980年、アルバム『タイニイ・バブルス』に収録) ⑩ダンスミュージックを取り入れたくるりの最高傑作のひとつ「ワールズエンド・スーパーノヴァ」(2002年) ⑪懐かしの短冊CD、小沢健二の12thシングル「ぼくらが旅に出る理由」(1996年) ⑫「JAPANESE POP」ツアーで披露された「ワールズエンド・スーパーノヴァ live ver.」

安藤裕子『大人のまじめなカバーシリーズ』

2011年3月2日(水)発売
【初回生産限定盤】CTCR-14713/B(CD+DVD)/2,800円
【通常版】CTCR-14714(CD)/2,500円
カッティングエッジ

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