野田秀樹「芝居で人を感動? 今は全くない」
日本演劇界にとどまらず、歌舞伎役者の中村勘三郎や海外の演劇人からも幅広くリスペクトされている、劇作家・演出家・役者の野田秀樹。現代社会における問題定義を根底にしつつも、現実から大きく遊離した刺激を与えてくれるその舞台は、演劇の原始的なエネルギーと未来への可能性を、同時に見せてくれるのだ。日本中から公演を切望されていたにもかかわらず、長年、東京以外での公演を行わなかった野田だが、2012年は『THE BEE』のワールド&ジャパンツアーを敢行。ニューヨークを皮切りに、ロンドン、香港、東京凱旋公演を行なう。そしてNODA・MAP番外公演『THE BEE』ジャパンツアーを引っ提げ、なんと6年ぶりに関西に上陸。 間違いなく2012年最注目の舞台を前に、野田秀樹の独占インタビューが実現した。
取材・文/吉永美和子 写真/本野克佳
「自分の名前を出して、責任をもって語るべき」(野田)
──『THE BEE』は初演当時、まず9.11のテロを想起させる作品ということで話題になりましたよね。
そうですね。でも「9.11がテーマだ」とは、自分からは言いませんでした。単純に演劇として見せた時に、お客さんが「これは9.11のことなんだ」と感じてくれたらいいというのが、こちら側の意図でした。
──2011年はテロから10年が経ち、テロの当事者とされたアラブ諸国では革命が頻発し、さらにそれに触発されて英国や米国で暴動やデモが起こった年でした。そんな情勢の中で本作が再演されるのは、偶然ですが面白いと思います。
あの暴動やデモは「よくやった!」と思いながら見ていました(笑)。あれって、ネット社会の中で育ってきた若者が中心になった、初めての反乱みたいなものでしょ? 昔の学生運動のように、直接野次る世界ではなく、ネットで呼びかけて広がるという。それがムーブメントになること自体、面白いなと思いました。
──ネットの世界だと、アメリカもアラブもないという感じですしね。
だから国という物の概念も、アイディンティティの作り方も、我々とはだいぶ違ってくるだろうというのが、面白くもあるし、また気持ち悪くもある。やはりネットは、匿名性が気持ち悪いんです。僕自身は、何かに意見をする場合は、やはり自分の名前をきちんと出して責任をもって語るべきだという考え方なので。
──そういえば、野田さんはツイッターもブログもやってませんが、ネットでの発信を意識的に避けてるんでしょうか?
可能性が広がるのかなと思って、一時期、手を出したこともあったけれど、やはりネガティブな要素の方が大きい気がしたんです。匿名性の気持ち悪さや、自己愛の世界になりそうだと。自分の心情を吐露すると、誰かから思った通りの言葉が返ってきて満足しちゃったり、逆にそうじゃない物を簡単に切り捨てたりもする。つまり、自分以外の要素を受け入れる寛容さが、まったくなくなってくる怖さがある。最近若い表現者が、等身大の表現ばかりになってしまっているのは、そういうナルシスティックな世界に浸っているからではないか、と思います。
「演劇は全部反応が醍醐味、その可能性を捨てるのはもったいない」(野田)
──確かに身近な日常のことしか書かないような話や、普段の動作を再現しただけのような演技しか見られない芝居が、最近増えているという気はしますね。
実際今の若い世代は、世界全部を描こうとする「全部反応」ではなく、「局部反応」な芝居が主流になっていますね。そういう芝居はあってもいいけれど、もともと演劇の醍醐味は全部反応にある。どんなに小さな物語でも、世界のすべてを照射して、その光が舞台に集まってくるような、何かそういう物であるべきだと思うんですよね。本当は演劇にはそこまでの可能性があるのに、その前に捨ててしまっている感じがするのが、すごくもったいない気がするんだよなあ。
──『THE BEE』は、その「小さな世界から全部反応を見せる」の、最たる物ですよね。今回の再演では、先ほど話題にしたアラブの春や、あるいは東北の震災に関することを絡めるような改訂を入れたりはしないんでしょうか?
初演の時と一部の役者は変わってますが、内容自体は変えないつもりです。
──『THE BEE』がテロから5年も経ってから上演されたように、野田さんは実際の事件を題材にするにしても、すぐには作品化しないですよね。
事件というのはパンチですからね。そのパンチが強ければ強いほど、その衝撃が冷めるまでに、時間が必要。クラクラしたままの状態で書くというのも面白いと思うけど(笑)、冷静な意見のように見える物を、衝撃を受けたままの状態で書くべきではないですね。自問自答の時間を長く持ち、そこから表現する。特に『THE BEE』のように暴力をテーマにする場合には、特にそういうことが大切だと思います。
「芝居で人を感動させるつもりが、今はまったくない」(野田)
──野田さん自身は、暴力を描くのに、何か線引きのような物はあるんですか?
暴力を表現するのは、本来はやってはいけないことであり、非常に難しい物なんです。暴力を振るう側に、少しでも正当性を与えてはダメ。だから『THE BEE』も、登場人物の誰にも感情移入できないように作ってます。正義がどちら側にあるかという物語にした瞬間、もう暴力は描けないですね。人間が根源的に変わらずやっていること・・・人間のあらゆるケンカは、そういう風にできているということを、そのまま見せるだけのような物がいい。特に暴力や戦争で感動させようとするのなんか、卑劣だなあと思いますからね。でも最近は暴力に限らず、芝居で人を感動させるつもりが、まったくなくなっちゃってます(笑)。
──なぜそのような考えに?
人を感動させるためだけにこの世が動いてるような、そういう作品ばかりを見ているうちに、嫌悪感がでてきたのかもしれませんね。自分もそれに加担していることは間違いない、ということも含めて。
──それでは今、野田さんは何を目的に芝居を作っているんでしょうか?
たとえば歌舞伎作品なら、あれは観客を楽しませるための文化だから、そこはとことん面白く作ります。だけど自分が作る現代劇は、そうじゃないモノを表現したい。笑ったり泣いたりして「良かったねえ」というだけの芝居って、そこですべてが終わっちゃう気がするんですよね。そうじゃなくて「あれは一体どういう話だったんだろう?」と、後々まで考えさせたい。実際そういう残香のような芝居の方が、結局はみんなが長く語り継いでくれるという気がします。
野田秀樹 (のだ・ひでき)
1955年、長崎県生まれ。東京大学在学中に「劇団 夢の遊眠社」を結成。言葉遊びを巧みに生かした壮大な視点の戯曲と、スピード感あふれる演出で、演劇界にとどまらず、80年代の日本のカルチャーにも大きな影響を与える。夢の遊眠社解散後、93年に「NODA・MAP」を設立。作品ごとに異なる俳優を招き、現代社会を鋭く風刺した話題作を送り続けている。NODA・MAP以降の代表作に『キル』『パンドラの鐘』『ザ・キャラクター』など。中村勘三郎と組み、『野田版 鼠小僧』など、歌舞伎の脚本・演出も手がけている。
NODA・MAP番外公演 「THE BEE」ジャパンツアー
原作:筒井康隆「毟りあい」
脚本:野田秀樹&コリン・ティーバン
演出:野田秀樹
出演:宮沢りえ、池田成志、近藤良平、野田秀樹
期間:2012年5月25日(金)~6月3日(日)
会場:大阪ビジネスパーク円形ホール
料金:7500円、サイドシート4000円
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