三池監督、玉砕の先にある映画の可能性
「主人公の苦悩は一切描かれない、自分にとっては挑戦」(三池崇史)
──「風に立つライオン」という歌は柴田先生の経験談を元にしてはいるけれど、あの歌の主人公である手紙の主は柴田先生自身ではなく、さださんのフィクションなんですよね。
さださんにとって、食べるために歌う曲とそうでない曲というのがあると思うんです。「風に立つライオン」というのは、その曲がなくてもミュージシャンとして生きていける曲ではあった。楽曲では名前は語られてないわけですから、島田航一郎という存在はなかったわけです。おぼろげな誰か、であって。で、そこに大沢さんが興味を持って、「この人間にはどういう物語があるんですか?」って問いかけた。それでも、それからしばらく時間がかかるわけですよ。そう簡単にはできるわけないですね。さださんは、それを考えなくても十分に食べていけるわけだから。
──いってみれば、『解夏』『眉山』とさだまさし原作映画の主演を続けた大沢さんのムチャぶりだったわけで。
さださんに直接聞いたわけではないですけど、(この原作小説を書かせたのは)明らかに東日本大震災であるのは間違いない。なんか、ぽっと日本が一瞬立ち止まった。で、さださんは歌という力を使って石巻に入っていくんですよね。屋外でコンサートをやって、そのときボランティアや地元の人に触れあったとき、そこでなにか得た、逞しさとか悲しさとかも含めて、歌を小説にするって物語がふっと湧き出てきたと思うんですよ。で、何か表現しようとするとなると人物に名前が必要なので、本当は柴田紘一郎先生なんですけど「島田航一郎」という人間が初めてそこで生まれてきて。確かにフィクションなんだけど、さださんの脳内では逆にリアルなんですよね。その時間と理由が明確にある。でもね、やっぱりあの小説でも(主人公を)どう表現するか苦労したと思うんですよ。で、島田航一郎自身はいっさい語らない(彼をとりまく人物が彼について語る)という形にした。これをまた映画にするのもやっかいだなぁと(笑)。
──でも、その話法はこの映画でも援用されてますよね。
そうですね。いい意味で、映画の表現方法としてはあまりないんだけど、僕らの映画の表現としての幅を平気で広げてくれるように原作がなってるんで、それを利用しないテはないなと。ただ、撮るにあたってはいろいろ、追わなきゃいけない問題点がいくつか出てくるんですよね。どうして(航一郎と恋人・貴子が)別れて暮らしてて一度も連絡しないのかとか、やっぱり謎なんです。それはそれぞれが考えればいいと思うんですが、自分の中ではやっぱり、航一郎自身が死を予感していたというわけではないけど、要は自分のことで精一杯なので、彼女に「こっちは素晴らしいから来ないか」なんて簡単に言うことはできないし、手紙を書くと「待っててくれ」と言ってしまいそうでそれ故に書けない。1年も経つと(ケニアの人々と)いろいろ繋がりができて、今さら彼らを捨てて日本に帰ることなんてできなくなってしまったっていう。
──ましてや戦時下ですからね。究極のバイオレンスの前で、脚や腕を切断してしか生かすことしかできないし、麻薬の力で戦士にさせられて善悪の彼岸を超えてしまった少年たちの未来を一緒に考えてやることしかできない。
航一郎は非常に不器用な人間ではあるけれど、僕は愛情が持てるんですよね。映画を撮る人間として、そういう人物ってそう出てこない。コンプレックスや何かの事情からコテンパンにやられてそこから立ち上がるとか、墜ちていく中でその苦悩を描くのは(自分の映画では)あったけど、この映画では主人公の苦悩は一切描かれない。でも観ている人たちすべてに委ねることはできる。それはすごく、自分にとっては挑戦なんですね。
──五島列島で航一郎を待つ貴子に宛てた、いったんは書いたものの破棄した手紙のような形で、原作のオリジンである楽曲が最後に流れます。その歌詞から、映画では描かれなかったこともある程度納得できるわけですけれども、それは違うだろう、という部分もかなり残る。その齟齬が面白かったんですけれど。
非常に矛盾しているんですよね。そこはこちらからも提案はしたんですよ。僕は、「震災後の今、さださんの中で詩は変わるんじゃないですか?」と。それ以上は、僕らは立ち入るべきではないので、あくまで提案として。「うーん、なるほど。そういうアプローチもありますね」と。で、しばらくすると「やはりあの歌はあのままで」と返事がありまして。我々が作った台本と歌の歌詞は矛盾するんですよね、歌い直してはいますけれども。ただ、さださんの中では、その矛盾ごとリアルなんですよ。その少し歪んだところにも奥行きを感じて。
──リアルさという点では、ケニアの少年たちはみんな現地の素人さんですか?
現地の小学校単位でオーディションやりまして。結局選ばれたのはみんなキベラっていうスラム街の子たちでしたね。ものすごく大きなスラム街があるんですよ。百万人を超えてるという、南アフリカのソウェトに次いで大きなスラム街なんです。でもスラムの子だから選んだんじゃなくて、本当に結果的に「うちはどこ?」って訊いたらみんなキベラだって。でもこの子たちを毎日撮影に呼ぶって不可能なんですよ。だって、いなくなっちゃうかもしれないし。とりあえず、親も含めて覚悟だけ決めてもらって、学校の先生にも話して、我々の宿泊しているホテルに一緒に泊まって。
──監督は子役の演技を引き出すのが昔から素晴らしいと感じていたのですが、そのテクニックみたいなのはあるんですか?
あ、僕、子役好きなんですよ。やっぱりなんかね、良くなっていくし、「もうこれ以上、上手く演んない方がいいぜ」ってところがね。今回も、「この子は上手いな」といって選んだわけじゃなく、ドアから入ってきたときに気配を感じて、ちょっとやってみると「出来るかもしんないな、この子」っていう状態で選んで。普通のプロのやり方だと「本当にできるんだろうか」と疑いを持った瞬間、安全な方に逃げちゃうんだけど、「こいつ、初めて演ってさほど悪くない、やる気もなくはない、やるかもしれない」って勘を頼りに現場に参加してもらって。幸いみんなよく頑張ってね。ンドゥング役の子なんか、彼にしか出せないものを出してくれましたね。演出でいろいろな状況を、ああだこうだと口で説明しますが、それは向こうも「ふんふん」と理解してはいるんでしょうけど、やっぱり感じ方が微妙に違うと思うんですよ。で、大沢たかおがすべて(子どもたちの)芝居を引き出した。
映画『風に立つライオン』
2015年3月14日(土)公開
原作:さだまさし(「風に立つライオン」幻冬舎文庫)
監督:三池崇史
出演:大沢たかお、石原さとみ、真木よう子、ほか
配給:東宝
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