初の群像劇に挑んだ、呉美保の最新作
不遇の作家・佐藤泰志の原作を映画化した『そこのみにて光輝く』で、第38回モントリオール世界映画祭・最優秀監督賞を獲得したほか、2014年の映画界の話題を席巻した女流監督・呉美保。今もっとも注目を集める彼女の最新作『きみはいい子』が届けられた。一貫してひとつの家族を描いてきた呉監督だが、今回は初の群像劇に挑戦。繊細さと大胆さを兼ね備えた演出で、人と人との繋がりから、小さな(それでいて、新たな)一歩を踏み出す姿を描いた本作について、映画評論家・ミルクマン斉藤が訊きました。
取材・文/ミルクマン斉藤
「今回のチャレンジは『群像劇』だということ」(呉美保)
──お見かけしたところ監督、おめでたのようで(編集部註:後日、元気な男の子を出産されました)。どうしても内容的に今回の『きみはいい子』と繋げて考えてしまいますけれど。
そうなんですよね。でも撮ってるときはそういう予感も全然なかったんです。2014年の6月から7月にかけて撮影したのですが、妊娠してるのが判ったのは編集中で。モントリオール世界映画祭(『そこのみにて光輝く』で最優秀監督賞を受賞!)から帰ってきた後くらいに。でもだからといって、急に「わたし母親になるんだ」って感じで作品に取り組む感じにはならないですよね(笑)。この物語の登場人物たちも同じように、人はそんなに急に変わらないなって。本来、悪阻(つわり)とか出てきてもおかしくない時期だったんですけれど、全くなかったからそれをいいことにずっと徹夜とかして調子に乗ってました。お腹の子どもに申し訳ないなって思ったくらい。
──じゃあ、この原作を選ばれたというのは、期せずして、ということなんですね。もっとも監督はずっと家族についての映画を撮られてますから不思議ではないですが、ここまでシリアスに親と幼い子どもとの問題に踏み入ったのは初めてなわけで。
『そこのみにて光輝く』ではラブストーリーに挑戦して、しかもそこにも家族が存在するって作品でした。今回の新たなチャレンジは、やはり「群像劇」だということです。これまでは一つの映画で一つの家族を描いてきたけど、今回はひとつの街を舞台にいくつかの家族を描く。群像劇ですから、少し引いた目で話を捉えなきゃならない。それでどこまで描き切れるか、というのが挑戦でしたね。
──映画を拝見してから原作も読んだのですが、とても練られていますよね。3つのエピソードが交響的に響き合うこともあれば、対位法的に進んでいくこともある。
『そこのみにて光輝く』でご一緒した高田亮さんにまた脚本をやっていただいたんですが、構成が絶妙に巧いんですよ。もともと原作はオムニバス形式だから、それらを1本の時間軸に落としこもうとは考えたんです。そういう群像劇でやりがちなのは、別の話を無理に繋げたり交わらせたりすることなんですね。
──そうですね。
今回でいうと、(別のエピソードの登場人物である)尾野真千子さんと高良健吾さんがどこかで出会う、尾野さんとおばあちゃんもどこかで出会う・・・そういう絵空事的な表現をやりがちなんですが、高田さんはそれを潔しとしない。その時間、この人は子どもに手を上げている。やはりその時間、別のところでは子どもに抱きしめられている人がいる。同じ時間軸で真逆のことが行われているという表現を、シーンつなぎでやっているんです。無理にまとめようとしていないところが、高田さんの構成の好きなところですね。
──ある意味、ロバート・アルトマン的な群像劇の方法論ですね。エピソードをがちがちに結びつけたりしないで、ほったらかしのところはほったらかしにして、しかも響き合うように構成するという。でもそんなこじんまりした街の空気を示してくれるのが、ヨーロピアン・ヴィスタという、今やほとんど使われなくなった画面サイズを今回使ったことだと思うんですけど。
私も最初「え?」って思ったんだけど、月永雄太さんという素晴らしいカメラマンさんから提案されたんです。この話の閉塞感が描けるということ、あと、ロケ場所を見に行ったら坂道が縦構図だったんですね。これを綺麗に撮っちゃうと違う気がするって言い切られたんです。「ちょっと窮屈なくらいで、ツーショットとかを撮るときもはみ出ちゃうくらいの感じが、上手く生きられてない人たちが表現できていいんじゃないか」みたいなことを。
──うん、僕も最初、おばあちゃんの家の前の坂を見たときに納得できたんです。「なるほど、このサイズなんだ」って。
そうなんです! でも、観てると息が詰まるんですよ。今回のロケ地である小樽の街にも、あのサイズのちょっとアンティークっぽいというか、そんなところが合ってる気がして。
──ちょっと話は逸れましたけど、それぞれのエピソードを無理に絡ませてないとはいえ、この映画の軸は割としっかりあると思います。それは喜多道枝さん演じるあきこおばあちゃんですね。おばあちゃんの善意が、次第にあの街に伝播していくといった感じを強く受けるんですけれども。
そうですね。あのおばあちゃんは認知症の初期で、「私、どうしたのかしら?」という自覚がまだある段階なんです。でも今回、社会問題として厳しい局面をちゃんと正面から描きつつ、最後は人間の心の可能性みたいなものが上手く表現できたらいいな、と。それも映画にしかできない表現としてできれば、とはプロデューサーとも話しましたね。もう6月なのに「学校の桜がここにも飛んでくるのよ」と、おばあちゃんが言うんです。
──映画の最初の段階ですよね。
そう。それで周りからボケてるなと思われるおばあちゃんが、最後にも「桜、今年も綺麗ね」って言ったりする。それはあり得ないものだとみんな思うかもしれない。でもその言葉をベースに人々の感情がちゃんと盛り上がって、目には見えないものが映画で見えるという表現がうまくできたら、映画としてそんな幸せなことはないなって。日本ならではの「桜」という言葉をキーワードとして出すのなら、それをちゃんと表現することも映画としての芸術表現だというか。それはすごく贅沢で、ただ社会問題を厳しくやるだけではないとても豊かなことだと思ったので。
──おばあちゃんが戦災で死んだ弟への想いをキャラメルに託しますよね? それを自閉症の少年・弘也くんに繋いでいこうとするのも印象的なのですが。
それもプロデューサーともずっと話したんです。私の父親も戦後生まれですし、私も当たり前に戦争なんて知らないわけですが、あきこおばあちゃんは85歳で、かろうじて子どもの頃に戦争を体験した世代なんです。爆弾が落ちてきたとか家族を戦争で失ったとかって話をするんだけど、そういう人がどんどん少なくなっていくね、って。認知症の症状として、すごく過去のことを鮮明に話したりするわけですが、たとえばひとつの街の人たちを群像劇として描くのであれば、そういう語りみたいなものが必要なんじゃないかと。そのキーワードがキャラメルという言葉なんですね。
──なるほど。でもその鮮明な記憶も、ボケのせいでどこまでが本当か判らないという。
そうなんです。でも、そんなおばあちゃんの言葉をなぜだか自閉症の子どもがすっと受け入れて、おばあちゃんと同じような行動をしてしまう、っていう。なんかチグハグだけど通じ合ってる。私はあきこさんと弘也くんの関係が、会話も行動も含めていちばんピュアだと思ってて。
映画『きみはいい子』
第28回坪田譲治文学賞を受賞した、中脇初枝の同名短編小説集を映画化。真面目だがクラスの問題に正面から向き合えない新米教師・岡野は、児童たちが言うことも聞いてくれず、恋人との仲もあいまい。また、自分の子どもを傷つけてしまう母親・雅美は、我に返った瞬間、トイレに閉じこもって左手首を握りしめて泣いている。それぞれが抱える現代社会の問題を通して、人と人との繋がりから生まれるささやかな「しあわせ」を描いた、再生と希望の物語。
2015年6月27日(土)公開
監督:呉美保
出演:高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴、ほか
配給:アークエンタテインメント
2時間01分
テアトル梅田ほかで上映
© 2015「きみはいい子」製作委員会
映画『きみはいい子』
呉美保(お・みぽ)
1977年生まれ、三重県伊賀市出身。大阪芸術大学映像学科卒業後、大林宣彦事務所[PSC]に入社。スクリプターとして映画制作に参加しながら短編を手掛け、数々の賞を受賞。2003年にフリーランスのスクリプターとなる。2005年には、初の長編脚本『酒井家のしあわせ』が『サンダンス・NHK国際映像作家賞/日本部門』を受賞。翌2006年に長編映画監督デビューを飾る。その後、脚本と監督を務めた『オカンの嫁入り』(2010年)では、プロデューサーが選出する新人監督賞・新藤兼人賞の金賞を受賞。2014年の『そこのみにて光輝く』では、国内外の映画祭で各賞を受賞。さらにはアカデミー賞・外国語映画賞部門への出品作品にも選ばれるなど、一躍脚光を集める。
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