横浜聡子監督「いちばん好きな作品」
安田顕が脇役俳優の役を演じた映画『俳優 亀岡拓次』。メガホンをとったのは、新作が待ち望まれていた横浜聡子監督だ。ゴリラ顔でわがままで天涯孤独な少女を描いた『ジャーマン+雨』(2006年)、松山ケンイチが全編津軽弁で挑んだ『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009年)など、映画界では誰もが注目する存在となりながら、長編映画としては実に7年の時間を要した。その空白について、取材後ぽつりと「悔しかったです」と吐露した横浜監督。それだけに本作への意気込みは、相当だったよう。安田プラス横浜の魅力に加え、旬の役者から大御所俳優までが顔を揃えた新作について、来阪した監督に話を訊いた。
取材・文/春岡勇二
「『ああ、この方が安田顕さんか』って」(横浜聡子)
──映画化までの経緯を教えてください。
原作は戌井昭人さんの書かれた小説なんですが、その本の出版社の方と以前から知り合いで、その人とアミューズのプロデューサーの方から映画化を考えているんだけど監督しませんかと声を掛けてもらったんです。もう3年前ですね。
──原作があるものを手掛けられるのは初めてですよね。
そうですが、オリジナルにこだわっていこうという気持ちもなかったし、脚本もほかの人が書かれたもので撮りたいなと考えていたので、そこに問題はなかったです。
──ただ、脚本は最終的に監督が書かれましたね。
主人公の亀岡という人物はリアクションの人なんです。自分から主体的に動くということはあまりせず、誰かが何かをやったことに対して反応として動く。その動きに亀岡の人間性がでるような人ですね。でも、だからこそ亀岡が主体的に動くところを少し加えた方が、より人間・亀岡が出るかなって考えたんです。
──具体的に言うと?
スペイン人の世界的巨匠のオーディションを受けるところとか、その巨匠の代表作を亀岡が自分のマネージャーに歩きながら電話で説明すると、いつしかその作品の世界に彼が入っていくところなどですね。原作には彼がその作品のロケ地に行ったとき、作品の主人公になりきる描写はあるので、加えたというよりはアレンジした感じですが。あとは「キャロット」っていう亀岡行きつけのスナックのシーンも加えました。
──どこも、観ていて面白いと思ったシーンです。
「キャロット」のシーンは、仕事を終えたあとにああいう時間があることや、お店のママやほかの常連さんとの会話や関わり方、そういった距離感ですね、それを見せることで、彼が大事にしているものを示せたらいいなって思ったんです。
──亀岡がロケ先の信州についてすぐに入ったお店で、奥の方にいた女の子が、ほんとうは彼の後ろにいる友人に手を振っているんだけど、自分に手を振ってくれているのかと思って彼が手を振るシーン、あれも彼の積極的な主体的行動ですね(笑)。
あれを積極性と言っていいのかはわかりませんが(笑)。あれは自分に都合のいいように捉えてしまう、彼のおかしさですよね。亀岡にはそういうところもあるんです。決してただのいい人じゃないんです。ひょっとして、俳優としての自分に手を振ってくれているんじゃないかというちょっと期待した勘違い。まあ単純に可愛い女の子が好きということもあるわけですが。
──ああ、なるほど(笑)。
実は、このシーンのビールを飲んで外を見ている、亀岡役の安田顕さんの顔がすごく好きなんです。昼間からビールを飲んでいる幸せそうな顔にちゃんとなっていて。
──安田さんのキャスティングは企画段階から決まっていたのですか?
企画が起こった時点ではまだ未定だったのですが、脚本を書いているころに安田さんの名前が挙がって、それから私も安田さんを意識して観るようになりました。実は私、初めは安田さんの顔と名前が一致しなかったんです。教えてもらって、「ああ、この方が安田顕さんか」って。
──顔は知っていたけれども、名前まで分かっていなかったということですね。それって、劇中の脇役俳優である亀岡と同じ感じですね。
いや、安田さんと亀岡ではちょっとレベルが違いますね。亀岡の方がもう少し小さいですね(笑)。
──実際に一緒に仕事されて、安田さんはいかがでした?
最初は、亀岡にしてはちょっとキラキラしているかなって思っていたんです。でも、お会いしてみたら、いい意味ですごく力の抜けた感じがして、亀岡って西調布に住んでいる設定なんですが、安田さんなら西調布に居てもおかしくないなって思えたんです。それで演じてもらう確信が持てました。
──監督から見て、安田顕とはどんな俳優でしたか?
監督の言うことをすごく大切にしてくださる俳優さんでした。現場で、他のスタッフが、ここはこういう感じでって指示しても、安田さんは「いや、監督からこうしてくださいと言われているので」って、私の言ってたことをきちんとやろうとしてくださるんです。几帳面というか、ストイックというか。頭の回転も速いし、真面目な方でした。でも、そうかと思うと、ときどき俳優オーラをまったく消して、いちスタッフとして現場に紛れ込んだようにしているときもあったりして。結局、安田さんてこういう人なんだなって思うと次に接したときには「あれ、なんだか違う」となって、するとこういう人かと思うとまた違って、とその繰り返しでした。本当はどういう人なのか、もう少し知る時間が欲しかったですね。
横浜聡子(よこはま・さとこ)
1978年生まれ、青森県出身。横浜市立大学国際文化学部卒業後、1年間のOL生活を経て、2002年に映画美学校に入学。卒業後に自主制作した長編映画『ジャーマン+雨』で第3回CO2シネアスト大阪市長賞を受賞、自主制作映画としては異例の全国劇場公開となる。同作で、第48回日本映画監督協会新人賞を受賞。2009年、松山ケンイチ主演『ウルトラミラクルラブストーリー』で商業映画デビュー。
映画『俳優 亀岡拓次』
2016年1月30日(土)公開
監督・脚本:横浜聡子
出演:安田顕、麻生久美子、宇野祥平、新井浩文、染谷将太、ほか
配給:日活
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