杉野希妃、20代の初監督作品は「溝口映画に引っ張られる」
「ラストシーンは溝口映画のオマージュ」(杉野希妃)
──それにしても冒頭、京都の鴨川のランドスケープに、今どき珍しい前衛的な邦楽演奏、それにクレジット文字が市川崑監督風の明朝体。いったい何を考えてるんだと、それだけで笑ってしまう。
あそこは完全に意識的、あざといくらいを狙いました(笑)。この映画は古典を意識しつつ、ポップにしたいと思っていたので。熊堀のテーマは笙で、ちょっとおどろおどろしく妖しく、かつ笑える感じの音楽に。菜子は琴、サヤカはピアノ、ワタベは電子音にしてます。
──作曲された富森星元さんって、監督の弟さんですよね。邦楽器と洋楽器の組み合わせが鋭角的で、改めて聴いてもカッコいいんですよ、かなり武満徹的で(笑)。 ※編集部註:武満徹(1930〜1996。世界的な音楽家。無類の映画好きでも知られ、多数の映画音楽も手掛けた。その独特の響きはタケミツ・トーンと呼ばれている)
そうですね、弟も私も武満大好きですね。
──でも、そもそも京都を舞台にしたのは何故ですか?
原作は関東なんですが、東京あたりで初監督作品を撮るというのがあまり想像できなかったんです。どうしても地方というか、映画的な街で撮りたいというのがあって。この作品は京都が合っていると直感的に感じたんです。「男や社会に抗う女たち」というのが当初からひとつのテーマだったので、どうしても溝口健二監督の映画に引っ張られてしまったんです。溝口映画に出てくる女性の、関西弁だから許される強さにも惹かれる部分があって。じゃあ、溝口さんは『浪華悲歌(エレジー)』(2936年)の英題が「Osaka Elegy」だったから、こっちは「Kyoto Elegy」で攻めました(笑)。
──溝口作品では、どれが好きですか?
私は『残菊物語』(1939年)が一番好きですね、これとは関係ありませんけど(笑)。おこがましいですが、あの時代の監督さんだと溝口監督に一番共鳴するんですよ。描かれている女性像はキツいですが、そこがカッコいいなと。『マンガ肉と僕』には『夜の女たち』(1948年)の田中絹代さんとか、『浪華悲歌』の山田五十鈴さんとか、溝口史上もっともキツい女性たちがイメージにはあって(笑)。
──『浪華悲歌』の山田五十鈴さんというのはよく分かりますね(笑)。
ただ、あの時代の女性って「男と戦うんだ」というのを剥き出しにしているじゃないですか。でも、今はそういう時代じゃないと私は思っていて、カッコよさには共鳴しつつも、もっとお互いを受け入れてしなやかに生きていきたいと思っているので。ラストシーンのカット割りも『浪華悲歌』のオマージュなんですけれども、最後のカットだけ正面の顔を後ろ姿に変えてみたり。女性は戦いながら悩んでいる。でも、同じように男性も悩んでいるんだというのを見せたかったんですよね。
──『浪華悲歌』のラストって、山田五十鈴が道頓堀橋の上を1人で歩いていくんですよね。白いトレンチコート着て。
橋の上で佇んでいて、最後のカットで正面を向いてカメラの直前まで来てパッと切れて「終」って出てくるんです。それがすごくカッコよくて。最初、そうしようと思って(撮影の)高間賢治さんにも撮ってもらったんですけれども、熊堀演じる私の顔が最後にどーんと出ると、熊堀がワタベに勝ったみたいに思えてしまうのは不本意だし、残念だなと思って。これは男と女の勝ち負けの話じゃないし、パワーゲームの話じゃないので、ここはあえて切りました。
──それに溝口映画の道頓堀川はドブ川みたいにゴミだらけで汚いけど、こちらの高瀬川はすごく綺麗だしね。なんせ映画の奇跡が起こるくらいだから(笑)。
そうなんですよ。なんせ神様が舞い降りてきてますからね(笑)。
──前回『欲動』でインタヴューしたときも話題に出ましたが、あの舞い降りてくる鷺は偶然なんですよね。
自分で演技してるから判らなかったんですけど、カットの声をかけたらスタッフ一同、大喝采。「すごいものが撮れましたよ~!」って言われてモニターチェックしたらあれが(笑)。
──ラストシーンで、ワタベと熊堀サトミが再会するわけですが、原作では最後にセックスしてますよね。でも映画ではそれがないですよね。
それはあえて。すごく悩んだんですけど・・・。
──でもこの映画にはそれが似合ってますよ。ここまで熊堀サトミ像が超然としてしまうと、あそこでセックスしてしまったらいささか俗に墜ちてしまう気がする。
そうですね。小説だと細かい描写もできますし、朝香先生の明確な意図があると思いますが、ラストを小説通りにすると、私がやりたい絵にならない感じがして。2人が最後に肉体関係を持つことで話を回収するのは、映画的にはテーマがぶれる気がしました。熊堀はたぶんワタベのことが好きだったと思うんですよ。再会はしても、そこに溺れずに別々に地に足をつけて、でも、彷徨いながら今後どうなるか判らない背中を見せたいな、と。変えちゃったり、膨らませたりしたので、朝香先生がどう思われるのか心配でしたが、ご覧になってすごく喜んでくださって。原作者の方に認めていただけたのが、もの作りをする人間としてやっぱりうれしかったですね。
──やはり、あの鷺の登場によって画面が凜とした空気に満ちるから。
そうです。あの鷺のシーンでふたりはゼロに戻ったというか、もう1回スタート地点に戻ったような、そんな感じがあるのではないかなと。
──うん、ありますよね。鷺がやってきて、世界をさっと掃いて去って行く、まさに奇跡的なチャラですよね。偶然だったかも知れないけど、きっと神様に祝福されているんだと。
ええ、映画の神様に見守られた映画ということで(笑)。
杉野希妃
1984年3月12日生まれ、広島県出身。慶應義塾大学在学中にソウルに留学。2006年、韓国映画『まぶしい一日』宝島編主演で映画デビューを果たす。2012年の『おだやかな日常』(内田伸輝監督)が、『沖縄国際映画祭クリエイターズ』ファクトリー部門で最優秀ニュークリエーター賞と最優秀主演女優賞、日本映画プロフェッショナル大賞の新進プロデューサー賞を受賞。
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