巨匠イエジー・スコリモフスキ監督が描く不条理な現代社会
「心地よさを追い出すための刺激」(イエジー・スコリモフスキ)
──で、この映画には具体的な時間を示す時計のようなものは現れないので、観客はポイントとなる各種のノイズやサウンドでもって、シャッフルされる時制を脳内で再構成するしかありません。5時を告げる鐘の音や飛行機が通り過ぎる爆音、ガラスの割れる音などですね。監督の今までの作品と同様、サウンドも綿密に作り込まれています。
映画というものは観るだけのものではないので、音は非常に大事な構成要素です。それはよく無視される部分でもあるのですけれども、私の映画において音というものは、映像と同格と考えています。眼のためだけではなく、耳のためのものでなければならない。代表的な例となると『ザ・シャウト/さまよえる幻響』(1978年)でしょうが、あなたの言うとおり、それは今までの私の映画を観れば理解してもらえると思います。
──もちろん効果音だけではありません。例えばですが、ホットドッグ屋のシーンで永久下降音や永久上昇音といった音のトリックが使われて心理的な不安定感を煽っています。
『イレブン・ミニッツ』では普通の映画とはちょっと違う目的で音を使っています。どういう目的かというと、人に刺激を与える・・・というよりも、少しイラつかせようとしているんですよ。映画を観るときにある意味もたらされる「心地よさ」を追い出すための刺激ですね。音によって、これから予測する以上の悲劇が起こるよという心理を喚起するような、そういう仕掛け、仕組みを使っています。
──観る者は、それぞれの登場人物の背景をどうしても探ろうとするものですが、この映画の場合、その説明がかなりの部分ほっぽり出されている感があります。先ほどのホットドッグ屋ですが、彼の過去はほとんど説明されない。しかし突然、少女に唾を吐きかけられた彼の背後にあるポスターに「CHILD ABUSE(児童虐待)」と書いてあるのを観客が見つけて、初めて彼がどういう人物だったのか察せられます。
映画全体は偶然の出来事の連鎖です。個々の登場人物が過去に行った行為、少し前にした行為、その少し後にした行為・・・それらはすべて11分後との悲劇とは無関係で、悲劇に繋がるものではない。それが偶然というものの特徴でしょう?
──なるほど。善行であれ悪行であれ、因果律とは無縁だと。
その偶然の連鎖のなかで、個々のキャラクターが全く同じような重要性を持つわけではありません。例えば、画家が登場します。その画家はあるシーンの主人公にはなるけれども、全体としてみると、彼がどういうキャラクターなのかはっきり定義する必要は全くない。
バスに乗っているということは彼にはあまりお金がなさそうだなと、そのことさえ伝わればいい。キャラクターすべてを同じ方法で表現するという意図は最初からありませんでした。完全に定義せずに、スケッチ程度でそのまま残しておくキャラクターもいます。そんな多様なスケッチの組み合わせとして観ていただければ。
──「世のことわり」みたいなものとは無縁としても、この映画のなかでは「超自然的な何か」が垣間見られるところがあります。例えば、質屋のシーンでいきなりモニターの画面が点いて、何者かが「何も改めることはできない」と語るとか。
あるいは、登場人物のひとりである映画監督が「空に不思議なものを見た」と言い出したり。ビル街を浮遊する大きなシャボン玉もそうだと思うんですけれども、何か不穏な、この社会にぽつんと出現する不穏な兆候を象徴的に入れこんでいるように思うのですが。
象徴的な表現や仕掛け、仕組みというのはもちろんたくさん採用してますが、押しつけがましくしたくはなかった。確かに「黒い点」がこの映画には数カ所で出てきます。紙に絵の具が落ちるというのも、警官がモニターに浮かんだ染みを消そうとするのも、まあ実際にありがちな話ではありますが。
ただ「空に不思議なものを見た」というのはちょっとレヴェルが違うけれど、実際に何が見えたのかということまでは言いたくない、というところですね。実際、私たちは本当に何が見えているのか、よく分かっていないのです。まあ、霊柩車は2回くらい出てきますが、死のイメージを押しつけるような使い方はしてないつもりですよ。
映画『イレブン・ミニッツ』
2016年8月27日(土)公開
監督:イエジー・スコリモフスキ
出演:リチャード・ドーマー、ボイチェフ・メツファルドフスキ、ほか
配給:コピアポア・フィルム
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