濱口竜介監督、柴崎友香の小説を映画化

2018.9.6 16:00
(写真3枚)

前作『ハッピーアワー』が数々の国際映画祭で絶賛され、その名を世界に轟かせた濱口竜介監督。そんな彼が、芥川賞作家・柴崎友香による原作『寝ても覚めても』に惚れ込み、その映画化で満を持して商業映画デビューを果たす。同じ顔をした2人の男と、その間で揺れ動く女の8年間を丁寧に、そしてスリリングに描く本作について、濱口監督に話を訊いた。

取材・文/春岡勇二

「言っていることと、本当に言いたいことは違う」(濱口監督)

──原作は、柴崎友香さんの同名小説ですが、監督の方から企画として提出されたというのは本当ですか?

そうです。前作の『ハッピーアワー』(2015年)を作っている頃に、本作のプロデューサーと次回作について話し合っていて、双方からこれはどうかなっていう小説を持ち寄ったんです。そこで僕がこの原作を提出したら、プロデューサーサイドも「これ、おもしろいね」っていうことで、わりと順調に決まりました。

──柴崎さんの原作のどういったところに惹かれたのでしょうか?

まず、柴崎さんの文体ですね。よく言われることですが、非常に視覚的というか、見たままのものが描写されていて、僕にとって心地よく肌なじみがいいんです。この原作もそうで、見たままのものが描かれている、つまりはリアルな世界の話だと思っていたら、突然、主人公とまったく同じ顔をした人物が現れるという。

──東出昌大さん演じる丸子亮平と、そっくりの顔をした鳥居麦ですね。

そうです。双子といった設定でもない限り、基本的にありえない展開がドドンと差し挟まれて、一挙にフィクション度が増すというか、世界の見え方が一瞬にして覆される瞬間がある。それが面白かったですね。あとはラストの展開でまた驚かされて、映画にしたいと思ったんです。

──映画のラストの展開を観て、こちらも驚きました(笑)。具体的なことはもちろん書けませんが、あの展開は原作通りですか?

ヒロインが行動に出る状況を多少変えていますが、行動の軌跡は原作をきちんと踏襲しています。あの展開は映画でも「肝」だと思っているので。

──先ほどのお話で、リアルな世界だと思っていたものが一瞬で覆されるのが面白いというのがありましたが、この映画のなかには東日本大震災が採り込まれて描かれています。この2つに関連した、監督の想いみたいなものはあったのですか?

震災は、日常というのはいつでも突如断ち切られるという、ひとつの象徴として提示しています。震災以降、今の日本は日常を取り戻した雰囲気がありますが、これも間違いなくいつでも断ち切られてしまうものです。そして、それはどこかで必ず起こるという考えが、震災以降の僕にはあります。原作を読んだときに、ずっと続くと思っていたものが急に無くなる、そういった思想が書き込まれているなと。それは、僕のもともとの価値観とつながるものでしたから、映画化できると思ったんです。

© 2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会 / COMME DES CINEMAS

──あと今回は、「恋愛」が作品の大きなモチーフになっています。監督は資料で、原作のことを「恋に落ちることの魔法か呪いのような不思議な力を真に迫って描き切った恋愛小説」と語っています。今回、恋愛を題材にされたことに理由はありますか?

恋愛もまた、我々の生活にとって大切なその一部であり、しかも生活を一変させてしまうものでもあるということですね。男でも女でも、恋愛によってキャラクターが変わってしまうなんてことは普通に起こりうる。だから、恋愛を題材にすれば変わることをリアリティを持って描けるわけです。また、ちゃんと恋愛することは必ずしも社会のルールにあてはまらない、むしろ逸脱しがちです。恋愛によって社会的に失敗する人なんて枚挙に暇がないですよね(笑)。

──監督にとって、そういう人は魅力的なのでは?

まさしくそうです(笑)。恋愛というのは、人が自分の感情に率直になれる力を与えてくれるものだと思うんです。たとえそれで社会的に失敗しようとも、自分の感情に率直な人は魅力的だと思います。

──監督のこれまでの作品を観ていると、自身の感情を大切にしている人を描こうとしているのはわかります。ただ一方で、そういう人たちを含めて、どこか存在が不安定で、確かにそこに居るという実在感に乏しい人間たちが多いような気がするのですが、実際のところはどうですか?

どこか存在に不安のある人間たち・・・。それは意識したことはないですね。ただ、登場人物のセリフを書くとき、「今、この人にこういうセリフが出てくるってことは、この人はこう思っていないんだな」とか、「こういうことを言うってことは、この人はこういう人じゃないんだな」って思いながら書いていることは多いです。人って、言いたいことを言っているわけではなくて、その時々の立場や自己保身の考えから、言えることを言っているのに過ぎないというところはありますよね。言っていることと、本当に言いたいことは違うんです。

映画『寝ても覚めても』

2018年9月1日(土)公開
監督:濱口竜介
出演:東出昌大、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知、ほか
配給:ビターズ・エンド、エレファントハウス

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