今泉力哉監督「自分たちの隣に寄り添う」
「これが正しい、という答えを決めつけない」(今泉監督)
──『サッドティー』は、「ちゃんと好きとはどういうことか」をテーマに、二股している映画監督など、12人の恋愛を追いかけていましたよね。
あの作品では、プロデューサーの直井卓俊さん(SPOTTED PRODUCTIONS)に仮編集版を観てもらって、当初は男女2人きりの別れ話の場面が、1カット10分で、2回連続、流れる構成にしていたんです。でも直井さんに「それでは、観る人が長く感じるのでは?」と指摘され、最初の別れ話を3人にしたんです。コミカルにするために。『愛がなんだ』はその経験を生かして、観る人の長さの感覚と疲労を考えたところはあります。それこそ、人物名の文字テロップとかはそのひとつの工夫ですね。
──『愛がなんだ』のあの終盤シーンの特徴として、1度はふたりが近い距離でしゃべっていて、でもテルコが一旦席を立ち、戻ってくるときにマモルと少し距離を空けますよね。
あれも僕の演出ではないです。岸井さんのアイデアですね。あともうひとつ指摘したいのが、マモルが「うどん、ちょっとちょうだい」と食べて、「やさしい」と言う部分。あの「やさしい」もテストが終わって本番直前に成田さんにぶち込んだセリフで。「食べてから、やさしいと言ってください」って。それは、食べたうどんの味もそうだし、うどんを作る行為に対してもそう。俺が思っていた「やさしい」とは違ったニュアンスが出てきたんですけど(笑)、でもそれも良かった。想像していなかったのは、テルコが普通にうれしそうなんですよね。ニヤけちゃっているし。
──で、おそらくまたテルコは沼にはまっていくという(笑)。でも実際、今泉さんはリアルに充実している「リア充」には興味がないですよね。でも、そもそもリアルに充実している恋愛とは何なのか・・・ってところですけど。
リア充の恋愛を撮ってみようと考えたりはするんです。学生時代とか、友だちのなかでも、誰かと付き合って、恋人を思いやるがあまり、それ以外の周囲との関係がどんどん疎かになり、魅力がなくなっていく人たちとか結構いましたし。それで別れてしまって、最終的に人としての魅力も残っていない。そういう友だちを何人か見ていて。そういうリア充ならやってみたい(笑)。
──今でもまだ「結婚」がリアルに充実した恋愛のひとつの指標ではあるかもしれません。でも、この映画では「結婚は安定にはならない」と言う。この作品における充実した恋愛というのは、結婚も当てはまらない。ということは、『愛がなんだ』の恋愛は何を拠りどころにしているんだろうという問題があります。
そのあたりの伝え方は気をつけていたんですよ。というのも、「結婚」が一番の幸せだという考えを今提示しても、嘘になるじゃないですか。まさに、数ある選択肢のひとつですよね。少し前にゼクシィのCMのコピーで、「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」ってのがあって。ものすごくいいなと思って。
──なるほど。選択肢ですか。
つまり、「これが正しい」という答えを決めつけないこと。LGBTをはじめ、たとえ個人として理解できないことがあったとしても、存在として当たり前のように認められる社会になって欲しい。僕の映画は、分かりやすい悪人を作らずに揉め事を起こしていきたいんですけど、逆を言えばどんな人や物事でも肯定したい意識が自分にはあるんだと今回改めて思いました。だから、敵対するキャラクター・すみれ(江口のりこ)が出てくるけど、彼女には何も非がない。実はテルコと似ているんじゃないかとさえ、原作を読んだときから感じていました。
──ふたりでマモルについて話す場面もありますしね。もうひとつ気になったのが、キレイにする、磨くという行為。掃除のシーンもありますし、テルコは銭湯をブラシで磨き、テルコの親友・葉子(深川麻衣)の母親は、机にこびりついた醤油のシミをずっと拭いている。
特に意識をしていたわけではないですが、物事の消せなさの象徴的行為にはなりましたね。机の汚れって、今さっき付いたように見えて、実は過去からずっとあるんですよね。それがなかなか消せない。改めて映画を観ると、何かの物事への執着に感じますね。僕の前作『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018年)でコインランドリーや洗車のシーンがありましたけど、そういった場面は、対人であったり過去であったり、自分が感じている自らの汚れの浄化の比喩です。「映画にコインランドリーの場面は相性がいい」と言われますが、つまりそういうことかなって。
──あ、『パンバス』では主人公の男女が、バスの車内に乗り込んでそのまま洗車機で洗われますもんね。
でもそういうことを安易にやるのは、本当は怖いんですよ。だって『水』をよく扱っている作り手といえば、すでに黒沢清をはじめ、多くの方がいるわけだし。映画に多くの水の描写があってイメージを喚起させていく。それってもう手垢が付きまくっていますよね。僕自身は過去の映画から影響を受けて、自分の映画を作ることへの否定もあるんです。映画からのみ映画を作っている人ってまだ多いから。とは言っても、結局はなんだかんだでオマージュは結構やっていますね。
──オマージュ、ですか。
『愛がなんだ』でも、ナカハラの「幸せになりたいっすね」というセリフは、山下敦弘監督の『どんてん生活』(2001年)へのオマージュですし。まあ、誰にも気づかれないですけど。テルコのラップシーンは、ヴィンセント・ギャロ監督の『バッファロー’66』(1999年)のボーリング場のシーンのオマージュです。
──いや、でも要素としてそういうものがあるけど、やっぱり一方通行の恋愛映画として、今泉力哉節がかなり押し出されていますよ。でも、この映画を観た人に恋愛をして欲しいと思ったりします?
いや、もうそれはご勝手に。最近、とある女性から映画の感想メールをいただいたんですけど。その女性は、2〜3年セフレの関係だった男性と一緒にこの映画を観たらしいんですけど、観た後でその男性から「今まで本当に俺は良くないことをしていた。ちゃんと付き合おう」と告白されたというメールで。そういう感想はうれしかったけど、でもひとつ言いたいのは、そういう相手って多分変わらない(笑)。一瞬喜んだとしても、「あまり期待しないように」と伝えました。映画を観たタイミングのテンションだからそうなっているけど、「やったー!」となると後々怖いから、「あまり喜びすぎないでね」と。
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