石井裕也監督「恋愛の先すら描いている」

2013年の『舟を編む』で多くの映画賞を受賞し、2017年の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』でキネマ旬報ベストテン第1位を獲得。34歳にして日本を代表する映画監督となった石井裕也監督。その新作『町田くんの世界』が6月7日から公開される。しかも主演は、ほとんど演技経験のない新人を起用。初の少女マンガ原作でさらなる石井ワールドを展開させていく監督に話を訊いた。
取材/春岡勇二
「もっと広い意味での愛、恋愛の先」(石井監督)
──映画『町田くんの世界』は、勉強も運動も苦手だが、そこぬけにいい人の町田くんがひとりの少女と出会い、持ちまえのやさしさで周囲の人々を変えていきます。原作は2016年に手塚治虫文化賞・新生賞を受賞した安藤ゆきさんの同名コミックですが、その出会いについて教えてください。
これはプロデューサーからの提示ですね。常々、自分の世界を広げられるものを探しています。僕にとってこの原作はまさにそうでした。10代の読者におもねった内容でなく、人を好きになること、また人を好きになることが分からないというのがテーマになっていて、これって僕らも分かったふりをしているけれど、実は誰も分かっていない。だから、映画になるなと思いました。
──いわゆる「恋愛マンガ」として単純に高校生の恋愛を描いているのではなく、それ以前の、人が人を好きになるのはどういうことかを描いていると。
それもそうだし、自分以外の他者を思いやったり、他者に想像を馳せることの意味や苦悩も描いています。もっと広い意味での愛、恋愛の先すらも描いていると思います。
──恋愛の先というものと真正面から向き合う気になったのは、前作『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』を撮ったことが影響していますか?
どうですかね。ただ「恋愛そのものを描く」ということに関しては、10代、20代のころにははっきりと拒絶していました。「恋愛を描く」って、ちょっと極端な言い方になってしまうんですが、なんだか「資本主義のキャンペーン」に加担することになるんじゃないかと思い込んでいました(笑)。
──資本主義のキャンペーンですか(笑)。
恋愛って、煽れば煽るだけ金儲けできる、そう思っていたんです。そのための「恋愛礼賛」みたいなものが若い頃は大嫌いで(笑)。でも、その一方で、恋をすることは当たり前にあって。今でもキャンペーンの片棒を担ぐつもりはないですが、人としての普遍である恋愛にも向き合わなくては、という思いもあった。だから、この原作なら素直に人が人を好きになることと向き合える、そう思ったんです。
──向き合う気になったのは、30代半ばという年齢も関係していますか?
それもあるでしょうね。それと、さっきの質問ですが、前作を撮ったことも、やはり関係あるかもしれません。あれをやっていなければ、今作は撮っていなかった気がします。
──2本続けて恋愛映画を撮るとか、少女マンガ原作を撮ることなどに関しては、気にされることはなかったですか。
そんなのは全然気にならないです。やはり原作が恋愛そのものではなく、人が人を好きなることや人を思いやることを描こうとしていたことが大きいです。

──主役である高校生の男女を、オーディションで選ばれた、ほとんど演技経験のない2人が演じているのも話題です。まず、主人公の町田くんを演じた細田佳央太(ほそだ・かなた)さん、彼を選んだ理由から教えてもらえますか。
僕はやっぱり、男の人は心がキレイじゃないといけないと思うんです。彼は何百人といる参加者のなかで、人として真っ直ぐなのはすぐに分かったし、それにどこか物憂げで寂しげでもあった。なにかを常に探しているというか。彼はきっと「映画」みたいに打ち込めるものがないと駄目な人なんじゃないか、逆に言うと「映画」さえあれば本気で生きられる人なんじゃないかっていう、そういう勘が働いたんです。
──極論かもしれないですけど、欠落感のある人ほど心の純度が増している、みたいなことってある気がします。ヒロインの関水渚(せきみず・なぎさ)さんはどうでしたか?
僕が女優さんに求めるのは、未知なる生物のような、なにか刺激を与えたときにどう反応するかわからない、そんな魅力なんです。彼女にはそれが感じられました。
──この映画で言うと、ピュア過ぎる少年と未知なる生物的少女が出会っておこる化学反応を狙ったということですね(笑)。
そうですね。あと、2人に共通していたのは、やはり周囲の人とは違っていたってことです。ほかの人たちは、例えば同じブランドの靴や洋服を身に付けていたんですが、2人は違った。いい意味で周囲に馴染んでいなかったんです。一緒に映画を作るというのは、一種の共犯関係を築くようなものですから、この2人とならそれができると思いました。
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