ウィズコロナの「今」を喚起させる、戦時下の日常描いた3冊

2020.6.6 09:15

ウィズコロナの「今」を喚起させる、戦時下の日常描いた3冊

(写真4枚)

コロナ禍による自粛生活も段階的に解除されつつあるが、繁華街から人が消え、スーパーやドラッグストアに行列ができ、毎晩のニュースで今日の感染・死者数が読み上げられるのが日常となっていた一時期には、「戦時下の日常」ってこんな感じ? と奇妙な感覚に陥った人も少なくないはず。

そんな今を喚起させる、戦時下の日常を描いた3冊を、書評連載を長年手がけるライター井口啓子さんが紹介します。

◆非常時も変わらない人間の営み『あとかたの街』(おざわゆき)

戦争中といえば、辛く悲しいエピソードばかりが語られがちだが、戦況が悪化して空襲が街を襲うまでは、人々は不安で不自由なりにも平穏な日常を過ごしていたという。『傘寿まり子』の著者が名古屋大空襲を体験した自身の母をモデルに描いた『あとかたの街』は、そんな戦時下の庶民の暮らしぶりをリアルに描いたマンガだ。

『あとかたの街』(おざわゆき/講談社)

物資がなくなり、綺麗な着物は着れなくなった状況下でも、工場のあまり糸や古着を使って国民服を可愛いらしく仕立て直すシーンには、SNSで次々に流れてくるアイデア満載の手作りマスクを重ねずにいられない!

疎開先の三女へのお土産に(食料は差し入れ禁止なので)炒り豆を入れたお手玉を作ったり、みかんの皮を干して砂糖漬けにしたお菓子を作ったり。どんな状況下でも手に入るものを工夫して、曇りがちな日々に少しでも彩りをもたらそうとする人々の姿に、生きるってそういうことだよな~としみじみ。緊急事態宣言解除後も、まだ続きそうなウィズコロナ生活を楽しく乗り切るヒントをもらえるはずだ。

◆読めば外食&娯楽欲がそそられる!『ロッパ食談 完全版』(古川緑波)

それにしても、長きに渡った自粛生活。人間これといった娯楽がないと食に走ってしまうもんだなーと実感した人も多いのでは? そんな人にオススメしたいのが『ロッパの非食記』(現在絶版)。稀代の喜劇スター、古川緑波が戦前戦中戦後の日々の食について綴ったものだ。

ロッパ食談 完全版(古川緑波/河出文庫)

男爵家に生まれた美食家で、今でいうB級グルメをこよなく愛した大食漢だったロッパ。その食への執着は驚くべきもので、特に食糧難の東京を美食を求めて彷徨う戦争末期の記録は、帝国ホテルのグリルに「影武者」を連れて行き、2人前をひとりで平らげ、「辛かろうが、許せ」とのたまうなど、悲壮ななかにも一種のユーモアが漂う。

行きつけの店屋の前で、「又閉まっている! 何たる東京! ああもう生きててもつまらない!」と嘆く描写や、劇場閉鎖の命令を受け、「娯楽と享楽を混合しているので、腹が立つ」と憤る描写などは、今読んでこそ深く共感できるというもの。

残念ながら『ロッパの非食記』は現在絶版だが、今も入手可の『ロッパ食談 完全版』でも、富士屋ホテルで全メニューを平らげた話など、苛烈な食い意地を披露。「生きること=食べること」なのだという人間の本質をあっけらかんと突きつける1冊だ。

◆コロナで露呈した日本のヤバさ『光る風』(山上たつひこ)

これまで政治には関心がなかったという人も、コロナ禍にともなう政府のさまざまな対応には、さすがに日本ヤバくね?と危機感を抱いているはず。そこで読みたいのが『光る風』。再び軍国主義の道を歩もうとしている1970年以降の仮想日本を舞台に、ある青年が権力に抗いながらも無惨に敗北する姿を、公害問題、安保闘争、ベトナム戦争など、当時の社会情勢をリアルに盛り込みながら描いたマンガだ。

『光る風』(山上たつひこ/小学館クリエイティブ)

「愛国心」という言葉をふりかざしながら、人々の自由や権利を奪い、狂気へと突き進んでゆく政府と、それを狡猾に操る巨大な権力。いとも簡単に洗脳され、人間性を失ってゆく人々という構図は、現在の「不要不急」と「自粛警察」を、そこはかとなく彷彿させる。

ちなみに本版は、1970年に執筆された作品を戦争法案が強行されようとしていた2015年に緊急改定復刻されたもので、現在絶版だが、『アマゾン キンドル アンリミテッド』ではなんと無料で読むことができる。

「おれたちの時代はあやまちを ゆるされないんだ! なぜなら これとまったく おなじあやまちをくりかえすなんて 人間のすることじゃない!」という青年の叫びを、今一度、真摯に受け止めたい。

文/井口啓子

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