2020年上半期に見逃していない? 観るべき邦画の評論家鼎談

2020.7.24 20:15

主人公の少年・絆星を演じる上村侑。2020『許された子どもたち』製作委員会

(写真5枚)

「普通は作り手が遠慮しちゃう場面も・・・良い意味でサバけている」春岡

田辺「今年のなかで、HIKARI監督の『37セカンズ』は驚きがありました。映画としての推進力がものすごい!」

春岡「タイトルの意味が、主人公の女の子が生まれたとき『37秒間息が止まっていた』って。それで脳性麻痺になったという。脳性麻痺の主人公・ユマを演じた佳山明、母親役の神野三鈴、あと渡辺真起子も会心だったね。2020年の映画賞をみんな獲っても良いよ」

田辺「ユマの初体験の相手になりそうだった男娼役・奥野瑛太もおもしろかったですよね。『最初に(障がい者だって)言っておいてよ』とか言って萎えて何もせず、『通常は2万円なんだけど、ちょっと負けておくよ』って。それでユマが『いくらなんですか』と聞くと、『うーん、1万8千円!』とか。男のしょうもなさも程よく出ていてね。奥野の台詞回しの間合いも良ければ、それを受ける佳山明のリアクションも上手」

春岡「奥野瑛太は、去年の『凪待ち』でも『タロウのバカ』でも、頑張っていて、いまチンピラをやらせたら日本一だと思うな(笑)」

斉藤「ユマが漫画を持ち込む週刊誌の編集長(板谷由夏)もそうだけどさ、みんなまっとうに現実的でクールでドライ。アシスタントのユマの給料を搾取する女性漫画家(萩原みのり)も含めてね。ユマだって、誰かにすがって生きていこうなんて思っていなくて、ハードボイルドだし」

田辺「編集長の言葉が効くんですよね。『あんた、セックスしたことあるの? ないよね? やらなきゃエロ漫画は描けないよ。やったらまた来てね』って」

春岡「あれでユマの背中が押されて、セックスをする理由ができたよな。漫画を描く仕事のためにやらなきゃいけない。母親だって、ユマにつきっきりで姉の面倒が見られなくなって、旦那とも夫婦関係を失敗させて離婚とかさ。いわゆる日本の教育的なところではない映画だってことが良い」

田辺「お姉ちゃんが、『妹が脳性麻痺だと知って、会うのが怖かった』と言うんですよね。タイで先生をやっている人だけど、そういうことを言ってしまうところも含めて、日本の教育的ではない映画」

『37セカンズ』で、脳性麻痺の主人公・ユマを演じた佳山明。©37Seconds filmpartners

春岡「いまだに障がい者のセックスを映画で描くことはタブーだとか言っている人もいるけどさ。そういうことじゃないでしょ? 『37セカンズ』は主人公の女の子が実際に脳性麻痺ということもあるだろうけど、映画を観ると説得力が全然違うよ」

斉藤「うん、やっぱりそれが大きい。障がい者の性を描いた映画はそれなりにある。この作品もセックスというところに物語の軸を置いた部分は正解だし、反対にそれだけじゃあないんだよね。ユマが経済的にひとりだちするためのひとつの通過点にすぎないともいえる。NHKのドラマ版は、ユマが、タイへ行って生き別れた姉に会う前に終わっちゃう。だから、そこもちゃんと決着をつけている映画版の方が断然良い。あと、母親がユマを風呂に入れるシーンが抜群じゃなかった?」

春岡「今まで観たことがないような素晴らしいシーンだよ。ユマの身体をグッと持ち上げるところとか。映画としても肉体性がある。普通はこういう場面は作り手が遠慮しちゃうもの。でも、良い意味で映画自体がサバけている。母親も過保護でやり過ぎているけど、変なベタつきがない」

斉藤「Netflixが本作をいち早く世界配信したし、さらにHIKARI監督はアメリカのユニバーサル・ピクチャーズで新作映画も作るという。海外でもちゃんと評価されているんだよね」

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