2020年下半期に見逃していない? 観るべき邦画の評論家鼎談

2021.1.2 09:15

大伴恭一演じる大倉忠義、今ヶ瀬渉を演じる成田凌。©水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会

(写真8枚)

田辺「『眠る虫』は『映画を観ている』という実感に満たされた」

斉藤「スポーツを扱った映画なら、『のぼる小寺さん』も外せない。主演している元モーニング娘。の工藤遥がすごかったけど、古厩智之監督は若い力を引き出すのが天才的に上手い」

春岡「あの小寺さんというのがどういう人かよく分からないんだけど、周りの人たちが、登る小寺さんを見て、初めは『あれ、なに』って気になるだけだったのが次第に憧れに変わっていくのが伝わってくる。空気感みたいなものなんだけど、うまいよな」

斉藤「あれはキャスティングの勝利なんですよね。表情の変化をちゃんと捉えて、長回しを恐れずじーっくり見せる」

春岡「小寺さんが荷物を届けるために学校の壁を登るところなんて、抜群だった。『危ないからやめろ』と後で先生に言われたりするけどさ」

工藤遥演じる小寺さん、と伊藤健太郎演じる近藤。©2020「のぼる小寺さん」製作委員会  ©珈琲/講談社

斉藤「野球が題材で、地味だったけど素晴らしいのが『アルプススタンドのはしの方』。グラウンドを一切撮らない、という意味で演劇的ではあるんだけど、見ている分にはそれほど思わない。観客席が充分ドラマティックだからね。試合経過も全部伝わるし」

田辺「アルプススタンドの生徒たちとグラウンドで闘う野球部員の恋愛関係も暴かれていくという。ミルクマン斉藤さんが言うように確かに地味。ただ着眼点の良さが印象的でした。城定監督はピンク映画も手がけていますが、同じくピンクも撮っている、いまおかしんじ監督の『れいこいるか』が傑作でした!」

斉藤「いやぁ、見事だったね。夫婦のある種の年代記。『れいこいるか』というタイトルがダブルミーニングになっていて、監督らしいやさしさがある作品。でも全部、裏面が痛い。しかも関西ローカルのキャストがほとんどを占めていて。そして、ピンク映画では全然ないんだけど、根底にはちゃんとセックスがある」

田辺「あの序盤のセックスシーンがあまりに辛い。『痛い。痛い』ってやつ。すべての根底が阪神淡路大震災にあり、どこまでいってもメチャクチャ悲しいんだけど、でも奥さんの方は結局そんなに変わらない。ずっと男が好きでね。お互いに気づいていることがあっても、忘れている風でいたり。東日本大震災への繋げ方も『そうきたか』と」

斉藤「『れいこいるか』では音楽を担当した、下社敦郎監督の『東京の恋人』も素晴らしいよ。ホンマに惜春の映画。昔、映研で一緒だった二人が30歳を超えてからもう一回神奈川の沖波浦で再会する。東京がほとんど出てこないのよ。で、再会してから二晩、セックスしまくって別れる話。明らかにロマンポルノを意識している」

春岡「昔、ちょいとワケありだったけれども、分別がつく歳になったときに会っちゃったってやつね」

斉藤「恋人に会う前に、昔の先輩と会ったりしてさ。そいつがまた、かつては賞を取ったりしていたけど、今はどうしようもないヤツになっていて(笑)。AV女優さんだけど川上奈々美は演技がこれほど素晴らしけりゃこれからどんどん使われると思うなぁ」

田辺「金子由里奈監督の『眠る虫』は、個人的には今年もっとも驚愕した1本。まさに音の映画ですね」

斉藤「タイトルシーンにホーフマンスタールの全集とかちょいと映るんだけど、一夜の幻想みたいなね。ちょっと内田百閒とかあんな感じがする。続々と傑作を生み続けているMOOSIC LAB(音楽と映画を掛け合わせるプロジェクト)の出品作でもあるんだけど、音と映像を結びつけたという意味ではすごいレベルかな。主人公が現れない時間を延々と音だけで高めていくスゴ技!」

田辺「挿入歌も含めて音のバランスが絶妙でしたよね。あと、ひとつひとつのショットもいちいち素晴らしい。バス車内を固定カメラでずっと撮り続けたり、暗闇にポツンと止まる引きの車体の画だったり。家のレイアウトとか。言葉、台詞を全部映像と時間の経過で表現していて、『映画を観ている』という実感に満たされる」

斉藤斉藤「しかも映画についての映画なんだよね。記憶と記録」

春岡「まさに本広克行監督の『ビューティフルドリーマー』みたいだな。撮れなかった映画の再映画化。あれも良かったよ。押井守へのオマージュどころじゃない、『ビューティフルドリーマー』そのもの」

斉藤「本広さんにしてはだいぶ実験作。リメイクじゃないんだけど押井作品を観ていなかったらよく分からないんじゃないか、という疑念は残るけど(笑)。主演の監督役を演じる小川紗良自身が、映画監督でもあり女優でもあるというメタ構造の核にもなってるしね。あと、すごいインディーズで言うと和歌山の田辺・弁慶映画祭で2019年にグランプリを獲った『おろかもの』も、今年のベストテンに入る出来」

田辺「笠松七海、村田唯が劇中で結ぶ関係性は笑いましたよ。あと、どちらも表情の芝居がうまい。何より沼田真隆の脚本がおもしろい」

斉藤「主演の笠松七海ってちょっと江口のりこと重なる風貌なんだけど、微妙な表情を操るすごい演技なんだよね。結構間近の兄の愛人と共闘関係になるんだけど、全編サスペンスフルなのにずっと笑えて、しかも最後にはとてつもない爽快感を与えてくれる」

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