松坂桃李主演「あの頃。」・・・今泉監督が描くアイドルの恋愛と卒業
「日本のアイドルって、特殊な文化」
──そして作品として感じたのは、これは「裏と表」の話というところ。大学文化祭のシーンで、アイドルヲタクを蔑むように見る人たちに向かって恋愛研究会。が「アイドルの表面しか見ていないからヲタクに偏見を持つ」と言い放つ。あとコズミンは病気になっても、Twitterという表面で陽気さをアピールする。だけど裏では闘病で苦しむ。あと、そもそもアイドルは表と裏があると言われるもの。
そういう部分で言うと、ひとりでいる時間とみんなでいる時間というものがあるかなって。まさにコズミンが、みんなといる時間では絶対に弱音を吐かないし、そもそも嫌なヤツでみんなを見下しているし、病気になっても元気に振舞っている。コズミンが泣くのはひとりの時だけなんですよね。
──そうですよね。
一方で劔はどこかで状況を俯瞰している。後から「恋愛研究会。」に混ざったんで。仲間とほどよい距離感を保ちつつ、でも自分もそこに入っているから、そのあたりでの表と裏の顔はあるかもしれません。
劔自身、夢を追って音楽をやっていたけどダメで、でもアイドルを好きになることで忘れられた。「夢中になれるからそれでも良いじゃん」となるけど、そんなとき、いまおかしんじさんが現れる。で、危機感をいだく。そういう気持ちってだれだってありますよね。
──いまおかさんの役がまさに鍵なんですよね。
あと、アイドルとヲタクの関係性が表だとしたら、ヲタクがアイドルについてしゃべるイベントを自主開催していて、そこに集まっている人たちの様子が裏面みたいに思えます。
──恋愛研究会。のトークイベントですよね。実在するイベント会場の「白鯨」は味園ビルのなかにありますが。すべての雰囲気含めてサブカル的でアンダーグラウンド感がある。
いろんな表層がある。そこってみんなが嘘をつかないでいられる場所な気がするんです。映画を作っているなかで考えたことがあるんですが、ずっと俺は恋愛映画を作ってきたけど、今回の作品をやりはじめたとき「恋愛映画のなかで表現する『好き』とは違うな」って。
──そう、そこなんですよ。
「推し」という言葉が市民権を得ていますけど、でもアイドルに対するヲタクの愛情は、恋愛とは違うものだと意識していました。もっと純粋で無償の愛に近い気がしたというか。
幼稚園、保育園の頃の好きに近いというか。一方通行ということではないけど、お互いに性的感情で結びつくのではなく、ヲタクも何かをもらうために応援しているわけではないというか、もっと純粋なところで応援している。あの距離感はとても純度が高い気がしますね。
──今泉さんの恋愛映画のなかで、もっとも純粋性が高いかも。
『愛がなんだ』で、あれだけ相手への想いが強い物語が一度出来ていたのが大きかったです。あの作品をやっていなかったら、『あの頃。』のこの真っ直ぐさをどれだけ表せただろうかって。
一方で、AV女優、風俗嬢など性的な側の話もありますよね。その話があることで、いかにヲタクがアイドルを性的に見ていないかが際立った感じがします。説得力が生まれたと、後々に観て気づきました。
──それこそ最近、アイドルの恋愛の是非が話題になりましたよね。アイドルの恋愛が発覚して、処分されて。これって以前からある話ですけど。
良し悪しはありますよね。いろんなファンの方が「それで辞めさせるの?」、「せめて卒業まで待てば良いのに」などの意見もあって。辞めさせることでだれも得はしない気がするんですけど、でも難しいですね。何が正解か分かりません。
ただ、純粋に感じるのは「アイドルだけが特別になっちゃうのは難しすぎる」ということ。アイドルである前に人である、というのは確かにそう思う。「そりゃあ、恋愛くらいはしているんじゃないかな」って。海外のアーティストは恋愛もオープンにしていますし。そう考えると、日本のアイドルってそれだけ特殊な文化なんですよね。
──恋愛が見つかったアイドルは脱退するのが定番。ちなみに『あの頃。』には「やめる」、「終える」ということも題材としてあります。石川梨華さんのモー娘。卒業の場面、そして毎年卒業を目の当たりにする高校の先生の存在、あとヲタ卒や生命の終わりについて描かれている。その一方で、実際のモー娘。はグループ名に西暦を付けて、アイドルはいつかいなくなるものだと思っていたけど、永遠性も芽生えてきたと考えます。
もし今、モーニング娘。が存在していないなかで映画にしたら、それは当時を懐かしむものになっちゃう。でも現在も続いているし、何なら映画を観てから今のモー娘。のライブを見にいって欲しかったりする。
この映画がきっかけで新規ファンが出来たらすごく良いこと。あとそういう「アイドルは更新していくもの」という点でいくと、終盤の道重さんのとある言葉に繋がるんですよね。
──まさにその通りです!
瞬間、瞬間が楽しかったら、あの頃を振りかえっても楽しくなる。そのためにはやっぱり、今を楽しまないといけない。そして、そんな今もいつか未来になったら、あの頃になっちゃう。そんな未来のために、我慢せずその瞬間を楽しめば良いと思うんです。
──そういった部分を含めて、終盤の道重さんの言葉が物語をすべて包み込んでいるんですよね。
あの言葉は俺が書き足したんです。ホン直しをしているとき、あの言葉をリアルタイムで目にしました。全体を貫くものがあったし、しかも具体だから物語に強度が生まれる。「この言葉を入れましょう」って。あの言葉は聞いたときは、この物語とのリンクに驚いたし、道重さんのこと、とても尊敬しています。
──終わらないアイドルやグループはきっと出てくるはず。恋愛や結婚をしてもやめずに全人生をアイドル活動に捧げる人がいてもおかしくない。
サッカー選手のカズさん(三浦知良)とかいますけど、いろんな人が出てきても良いと思うんです。AKB48でも長く続けている方がいますし。前例がないことに挑戦している人はそれだけで格好良いし、その功罪はもしかしたらあるかもしれないけど、間違いなくだれかの希望になると思います。
──石川梨華さんがハタチでモー娘。を卒業したのは象徴的で、確かに10代のアイドルにとってはハタチを過ぎたらひとつの区切りという雰囲気もある。でも、アイドルにおける年齢的なボーダーラインの意識は少しずつですけど薄くなっている気がします。
年齢で区切ることなく続けるのは、選択肢が広がって良いと思います。それにモーニング娘。がマジで200年とか続いたらすごいですよね。老舗のうどん屋、漬物屋みたいな。誰かがプロデューサーを継いでいったりして。そうなると歌舞伎や能のようになる可能性がある。いつの時代か「能、歌舞伎、浄瑠璃、モーニング」と呼ばれたりして。
──映画の内容の部分ですが、映像化したことで原作以上に面白味があったのが、登場人物のSNSの使い方。アイドル現場で集まる人たちのコミュニケーションが、時代とともにSNS中心の交流になっていくという、
自分の映画ではSNSを絡めた話はあまりやったことがなかったんですよね。携帯画面やPC画面はあまり絵にならないし、そもそもmixiやTwitterはあまりにも時代が限定されるから現代劇では使いたくなかったので。
でも今回は過去の特定の時代の話というのが決まっていたので、恐れずにやれました。ただ、改めていろいろ調べました。今ってTwitterの「いいね」はハートマークだけど、あの時代は星マークだったこととか。アイコンも今は丸だけど四角だったし。でもSNSって不思議ですよね。目の前にいない人たちとの交流がそこにあるので。
──今泉映画にSNSがあまり登場していないということを、話していて今気づきました。
結構、避けていたんですよ。『愛がなんだ』がもし今を舞台にした話だったら、絶対にテルコはマモちゃんのTwitterを追っかけているはず。ただそういうシーンを入れ始めると、話がえらいことになりそうで・・・。
三浦大輔監督の『何者』(2016年)みたいに主題のひとつならない限り、基本的にSNSは映画との相性は良いとは思っていないんです。
──これはネタバレに近いんで、映画を観ていない人はこの先は読まない方が良いですけど、病気になってからのコズミンの物語が抜群。癌の影響で現実の焦点は合わないけど、二次元ははっきり見えるという。最期までヲタクとして『卒業』を迎えるんですよね。
体が弱って、頭のなかに性欲はあったとしても、実際にセックスなどができなくなっていく。その過程で、生身の人間や三次元より、どんどんファンタジーとか二次元とか、そっちに引かれていく。原作を読んで「これはぜひやりたい」と、冨永さんにも伝えましたね。
──そしてコズミンのラストシーン。仲野太賀さんの名演もあってグッときました。
あのラストシーンは当初、脚本になかったんです。もともと脚本では、橋の上の劔の場面で終わっていた。でもこれは現場で、「フィクションや嘘になるかもしれないけど、それでもこうした方が良いんじゃないか」と思って。最後までハロプロに触れていてほしくなってしまった。ちょっと甘すぎたかもしれないんですが。ラストまでじっくり観てほしいです。
『あの頃。』
2021年2月19日(金)公開
原作:劔樹人『あの頃。男子かしまし物語』
監督:今泉力哉 脚本:冨永昌敬
出演:松坂桃李、仲野太賀、山中崇、若葉竜也、芹澤興人、コカドケンタロウ、ほか
配給:ファントム・フィルム
(C)2020『あの頃。』製作委員会
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