SNSに囚われた女性と写真家「人から見られないと自分は存在しない」
「『砂の女』という映画があって、気付く人は気付くだろうと」
──写真家を演じる永井秀樹さんは『青年団』の人なんですね多分主演は初めてだと思うんですけど、少なくとも映画ではなかなかの強烈な存在感ですね。お顔からして。
そうですね。僕は永井さんを和製ジェイムズ・ステュワートだと思っています。ジェイムズ・ステュワートが典型的なアメリカ人なのに対して、典型的な日本人。そういう人ってあまりいないんですよ。
何か個性を持ってたりするんですが、永井さんはあまりクセが強くないんですよね。パッと見たときに普通の人だなと感じさせるのはすごい才能だと思うんですけど。それはアメリカ人が見ようが、ドイツ人が見ようが普通の人なんですね。とても貴重な存在感ですね。
──うーん、普通の人か、って言われればちょっと違う気はするんですけど(笑)、原日本人感はありますね。90分間、ほとんど映されっぱなしだと嫌でも印象に残りますよね。しかも白ずくめで。
演じる彼はカメラを持ってる存在ですけど、実際の彼自身は常に撮られてるわけですね。常にカメラの注目を集める存在というのは、観客が常に彼を覗いている・観察しているという感覚になる。
観客は彼を覗きながら好奇心と支配欲を同時に満たす歓びがあるという風な気もしますね。昆虫観察も同じで、好奇心と支配欲を同時に満たすものだと思うので、もしかしたら映画の歓びというのはそこにあるんじゃないかと(笑)。
──ヒッチコックじゃないけど、彼は観察者ですからね。女性に対しても昆虫と同次元で観察してるという。でも少なくとも最初のほうは性欲の有無さえ分からない。ひょっとしたら、いや間違いなくあの歳まで童貞だったんじゃないかという。
(笑)。彼は童貞ですね。これは童貞映画です。
──あはは、やはり。『髪結いの亭主』はじめパトリス・ルコント映画の主人公たちを思い出させもするんだけど、ルコントの場合は女好き、セックス好きですからね、ほとんどが。
表の顔では高貴な顔をして、裏で女を買っている(笑)。
──ところで、主人公2人の名前がほんの1カットだけ出てきます。「平間械」と「岸今日子」。明らかにネーミングの意味が隠されてるように思うんですけど(笑)。
本当は名前なんてなくてもいいんですけどね(笑)。平間という苗字は平間至さんという写真家の方がいて。僕のなかでは「平間」といえば写真なんですよ。「荒木」といったらいろいろありますけど(笑)。
──あはは、そなんだ。「械」というのはもちろんメカですよね。
そうです。親が写真屋なんできっと機械好きだろうと。それに彼が森に行って、カマキリのメスがオスを食っているのを見て、なんか機能が戒められているというので機械の械にしてるんです。
岸今日子は『砂の女』(1964年)という映画があって、気付く人は気付くだろうと(笑)。
──あはは。監督、結構あけすけなんだ(笑)。岸田今日子から「田」を取っただけ。
『写真の女』なんてタイトルにした時点で、もうそこは隠しようがないです。『カメラを持つ男』なんてタイトルにしたら隠そうとしてるなと思うんですけど、明らかに『砂の女』に影響を受けてますよと。
──なるほど、分かりやすいですね。確かに『砂の女』的。男女の役割は逆転気味ですけど。
『砂の女』というのは、(岸田今日子演じる)女の家に(岡田英治演じる)男が転がり込んで。
──女蟻地獄ですよね。あっちは昆虫採集に行った男で、こっちは昆虫撮影に行った男で。
こっちは男の家に女がやってくるんですけどね。『砂の女』の岸田今日子はすごくシンプルなんですよ。毎日砂を掻いて、水を飲んで、飯を食って生きている。そういう単純さのシンボルとして描かれているような気がするんです。
そこに男が、社会的な運転免許証とか戸籍謄本とか持ち込んでくるけれど、そういうのがなくても俺は生きているということを感じさせるという映画。
──それを逆転したところもあるけれど、『写真の女』は単にそういうわけでもないですよね。
そうですね。『写真の女』はそれをひっくり返したような映画で、男が女の複雑さに惹かれていくんですね。自分が何者かということが、(インスタグラムで)人から見られないと確信できない。
でも私を見ているという人は匿名の群衆で、それが本当に実在するかどうかは分からない。そもそも自分がそうした曖昧なものの上に立っている。だから女性のキャラクターに大きな違いがあると思います。今はきっと男女間のパワーバランスも変わっていますから、それを現代的に描いてみたんですね。
──ところで、監督はCMの演出もやってられるんですか?
はい、普段はほとんど。
──CMは短い秒数で情報量を入れないといけないぶん、かえってサイレント映画的というか、言語的ではない要素が沢山あると思うんですけれども。
CMはとっても物事を記号的に表現しようとするんですね。例えばジュースのCM。とりあえずはジュースをおいしそうに見せないといけないので、ジュースをおいしいとはどういうことかと考えていくと、夏の暑い日に喉が渇いてて、喉がからからの時に飲むのが一番おいしい。
それはだれの記憶にもあると思うから、それを表現しようとするんです。太陽がギラギラ照ってて、役者の顔に水をいっぱい吹き付けて、判りやすく喉をフレームの真ん中にフレームインしてぐっと飲む。1秒のなかに人の記憶を呼び起こすような風景が全部詰まってるんですよね。
背景もそうだし、フレーミングもそうだし、そういう物事を記号的に2~3秒見ただけでそのジュースのおいしさを表現する技術はCMはトップクラスだと思いますね。
──でもその技術こそが説明過多に見えてしまうこともあるでしょ?
そうなんです。そういう技術がCMで身についているからこそ、それが押しつけがましくならないようにするほうが実は難しいような気がしましたね。結構CMディレクターが映画作ると分かりやすすぎるんですよ。
映画としての歓びが無くなっちゃうんですね。想像する余地がなくなって、映画を見終わったあと、ご飯でも食べながら語れないんですよね。その塩梅は気をつけました。
──スタッフさんはあまり見覚えのない方ばかりなんですけど、CMでのチームなんですか?
そうです。西村喜廣さんだけが普段から映画やってる人で、非常に教えてもらいました。制作段階から、作ったあとどうして公開すればいいんだろうと思って。そしたら「自分で電話かけたらいいんだよ」とか。
──あの人もどちらかというとインディペンデントに近い映画作りをしてるから。
西村さん、実は元CM制作会社出身で、それを辞めて映画業界に入ったたくましい人なんです。僕が映画業界に行って思うのは、スポンサーとか、タレント事務所とか、プロデューサーからいろいろ言われてもキレない技術がある(笑)。そう言う意味では忍耐強い。
──責められ強い(笑)。
お仕事だから仕方ないんですけれども、自分がひとつヒット作を作っちゃうと、みんな同じようなのをやってくれと依頼される。でも型にはめられるとさすがに嫌だなと思うんですよ。
そう思いつつも自分を壊したくないっていう気もあるんですね。せっかく相手が好意を持って来てくれるわけだから。
──でもお仕事なんだから、それは仕方ないですよね。仕事が来ないよりずっと良いですしね(笑)。でも個人の生き方として、人の求めるようなものにならないといけないというのは窮屈極まりないような。それこそ私の存在意義はなんなんだと。ひとつ、そこからの解放を描いている訳ですもんね、この映画は。
解放とも言えますし、一人だけに見て欲しいからその人を大事にするっていうね。
──ある意味、自ら囚われの身になる、っていうようなね。それこそ『砂の女』のように。
解放とも言えるし、強烈な束縛とも言えるし。
──結局、谷崎潤一郎的なマゾヒズム愛になるわけですかね。メスに食われるカマキリに官能の頂点を感じる童貞男のお話は。
『写真の女』
脚本・監督:串田壮史
出演:永井秀樹、大滝樹、猪俣俊明、鯉沼トキほか
配給:プラミッドフィルム
(C)2020「写真の女」PYRAMID FILM INC.
関西の映画館:第七藝術劇場(2月27日〜)
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