吉田恵輔監督「何者にもなれない人の努力を肯定したかった」
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ボクシング仲間である瓜田信人(松山ケンイチ)と、チャンピオン目前の選手・小川一樹(東出昌大)。(C)2021『BLUE/ブルー』製作委員会
『ヒメアノ〜ル』(2016年)、『犬猿』(2018年)などで知られ、「これまでの長編映画はハズレなし」と言っても決して過言ではない吉田恵輔監督が、約30年に及ぶ自らのボクシング経験とそこで出会ってきた人たちをモデルに描いた映画『BLUE/ブルー』が、4月9日から公開される。
本作は、試合では連戦連敗ながら所属するボクシングジムではトレーナーとして欠かすことができない存在・瓜田信人(松山ケンイチ)と、彼の盟友でチャンピオン目前の選手・小川一樹(東出昌大)、このふたりを中心にボクシングという競技に翻弄される人々の姿を映し出している。
今回は思い入れが深いボクシングをどのように映画として描いたか、吉田監督に話を訊いた。(※吉田恵輔監督の吉は、士の部分が土)
取材・文/田辺ユウキ
「東出さんは良い意味でナルシスト」
──吉田恵輔作品といえば「意地悪な笑い」がいつもありますよね。でも今回はそこまで意地悪ではなく、笑いのテイストも少し違う気がしました。
ボクシングを題材にしようと考えたときから、いたずらに傷つけてはいけない気持ちがありました。結果、俺の映画史上もっとも透明感がある作品になりました(笑)。
──これまでの作品もピュアはピュアだと思うんです。でも、ピュアの向かい方が違う。
ボクシングを30年もやっているといろんな人と出会ってきたし、いろんなこともあったから、そういうものに対しては自分の意地悪度合いが減ってきますよね。次作はその反動でめちゃくちゃ意地悪になっていますね。
──とは言っても、後半の瓜田(松山)と小川(東出)のやり取りはいかにも吉田監督らしい。「え、そんなことを彼らに言わせちゃうんだ!」という。松山さん、東出さんの間合いが素晴らしいんですよね。
松山くんは役の理解度が非常に高かったですね。瓜田はモデルがいるんですけど、その存在を理解した上で自分なりの瓜田像をつかんでいて、僕らの理解を超えてきました。
撮っているときは、そうは感じなかったんです。でも編集をしていると、ひとつひとつの場面の芝居に「どれもすごく意味合いがある」と思った。松山くんが演じると「こういう人が実際にいたんだ」という説得力が出ました。
──一方、東出さん演じる小川はパンチドランカーで、スッと物忘れしちゃう。あの記憶の飛ぶ場面がどれもめちゃくちゃ良い。
東出さんは良い意味でナルシストな気がしました。この映画って肉体的な部分でもナルシズムの塊な作品だと自分では考えています。
筋肉を見せる、強く見せるってある種のナルシズムなんだけど、それを自信たっぷりにできる人って本当に強く見えたりするんです。街で喧嘩になっても自信満々だと相手は引いちゃうんですよね。そういうナルシズムからくる強さみたいなものが、東出さんと役がぴったり合ったというか。
──でも試合シーンは決して鮮やかではない。そこがほかのボクシング映画とは違うんですよね。
確かに。僕は「ボクシングを題材にした映画」を作ったつもりですが、多くの場合「ボクシングの入っている映画」かなと思うんです。これはどちらが良い、悪いでという話ではなく。恋愛や人間の成長のなかでボクシングと出合っていく物語はたくさんある。
でも『BLUE/ブルー』ってボクシングの内部の話じゃないですか。ジム経営とか、どういう風にボクサーたちが過ごしているかとか。そういう点を嘘なくやっている。だから大きくいえば「ボクシング業界を描いた映画」ではないでしょうか。
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──細かいネタが多いですよね。
そうそう。たとえば軽量にしたって、オーバーしたら再計量があるのはみんな知っているだろうけど、再々計量もあることとか。マウスピースの作り方やバンテージをチェックするくだりもそう。
あとこれは実際ダメなことなんですけど、瓜田がリングサイドで応援する場面がありますよね。あれって、前座の試合だけ観戦して帰るお客さんがいるから、その空いている席に勝手にボクサーが座っちゃうんです。
──そうだったんですか。
瓜田はそういうことだって知っているし、そのうえで「誰もいないから座って観よう」みたいな裏設定があるんです。ボクシングの映画でもよくある場面ですよね。でもあれって実際は、怒られちゃうんですよね。
──それは知らなかったです。
あと試合に勝ったとき、選手がコーナーポストにのぼって「勝ったぞ」とアピールするじゃないですか。でも試合が終わったと同時に足腰が悲鳴をあげて、言うことを聞いてくれない場合が多い。
コーナーポストにのぼりたくても、足にきちゃっているから気持ちと体がついていかなくて、ずり落ちたりする。俺はそういう様子がすごく好きなんで、映画にも入れていますね。
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──ありましたね、その場面。生々しく描いているからこそ、ボクシング映画として本来美しく見えるところが、美しくないという(笑)。
ボクシングの映画の描き方って、ほとんどやり尽くされているのではないでしょうか。たとえば、登場人物が負けるシーンって大体はKOですし。でもカット(試合中に相手のパンチで目尻などを切ること)による出血で試合を止められて負けるとか。この映画ではそういうことをやっていますからね。
──確かに。
しかもカットで負けるってボクサー本人が一番悔しいんです。パンチで倒されたら「やられた」となるけど、カットって痛いわけじゃないから。まだやれるのに試合を止められるので、消化不良でずーっとモヤモヤして過ごさなきゃいけない。もっとも嫌な負け方なんです。
でもそういうのって映画の物語にするとものすごく地味な勝負のつき方になるから、誰もやりたがりませんよね(笑)。
──あの場面、バッティングじゃなくてパンチによるカットでしたっけ?
そうです。パンチでカットするんです。頭と頭がぶつかるバッティングだとその時点で判定に入るんですけど、パンチによるカットだとKOになります。あと、その場面だけだと映画を観ている人は内容が分かりませんよね。だからアナウンサーが説明するシーンを入れているんです。
──ボクシング映画でアナウンサーの存在はこれまで盛り上げ役だったけど、そういうキャラクター設定があったのかという!
そういう細かいネタで勝負をしないとダメだと思ったんです。ボクシングを経験したことがない人の書いた脚本は、物語の厚みで勝負してくる。
いわゆる感動を重ねてくるから、映画を観ている人にはめちゃくちゃ気持ち良いんです。でも俺のボクシング映画はそうじゃないぞと。
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