「幸せな国」ブータンの現状描く「自分の国の美しさ忘れてしまった」

2021.6.6 08:45

左が瞳が印象的なペン・ザム。本名もペン・ザムだ。(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

(写真6枚)

「フィクション映画、でもほとんどはドキュメンタリー」

──まさに主人公のウゲンは物質主義の世界(=都会)で教師になりますが、本音を言うとブータンを出てオーストラリアに行きたいと思っている。そうした青年が究極の僻地であるルナナで、自然や人間から、もしかするとブッディズム的な教えに繋がる何かを得ることによって変わっていくわけですよね。監督の世代を含め、ウゲンのように外の世界にばかり関心が向く若者は多いのでしょうか。

そうですね。この映画はブータンの現在を伝えています。つまり西洋世界に大きな影響を受けて憧れるがあまり、自分の国の美しさを忘れてしまったウゲンのような人がたくさんいるんですね。

その一方で、希望があるなと思うのが、(村一番の歌い手)セデュに代表されるような伝統を大切にして生きている若者たちもいることです。ウゲンとセデュは、現代のブータンの若者の2つの側面を表しているんです。

──セデュに代表されるように、この映画は音楽が大きな力を占めていると思います。例えばウゲンがヘッドフォンで聴いているのはロックであったり、店に行くとレゲエが流れてたりする。で、ルナナに行くとセデュの『ヤクに捧げる歌』というトラディショナルな歌が新しい世界へと導く、というふうに。そして最後はなんとも切ない『ビューティフル・サンデー』(笑)。音楽で心の変遷が描かれている。

今回の映画を通じてとても大きな学びがありました。それは「予算がないなら、なるべく著作権がかかるような音楽は使ってはいけない」ということです(笑)。

ウゲンはバーでほんの数秒、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(サザンロックの先駆的バンド)の曲を歌っていたんですけれども、ものすごく使用料が高いんですね。ほかにも西洋的な曲はいろいろ使っていたんですが、高くて払いきれないので編集で変更しました。

今回俳優デビューした、ミュージシャンであるシェラップ・ドルジ(右)が、主人公のウゲンを演じる。(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

──ちなみに、ウゲンがずっとヘッドフォンで聴いていたのはブータンのポップスなんでしょうか。

そうです、ブータンのロックポップソングと言った方がいいんでしょうかね。実は私、ジブリのファンで、とりわけ宮崎映画の大ファンなんですけれども、サントラも大好きなんです。

実は久石譲さんに手紙を書いて、あまりファンだったのでリクエストだけ出してみました。でも多分、目にも触れなかったんじゃないかなと思うんですけれども、返事がなかったので自分たちで作りました。僕は良く出来たと思いますよ。

──今回は監督が作られた音楽の方が合っていたと思います。久石さんは久石色があまりにも強いので、どの映画も彼の色に染まってしまいがちなので(笑)。

でも最後の『ビューティフル・サンデー』だけはウゲンの口が合わないので目をつぶって、泣きの涙で使用料を払いました。音楽というのはどんなストーリーテリングにおいても大事な役目を果たしていて、いろんなレベルの感情を伝えてくれると思います。

──まさにその通りですね。しかも、いかにも白々しい『ビューティフル・サンデー』のあとで、セデュから教わった歌を歌うのが今後の展開の可能性を広げますよね。しかし観客の多くは、ウゲンとセデュの関係が気になると思うのですが、それを見事にはぐらかせしている(笑)。

ブータンで観客の小さい子が泣きながら私のところに来て、「なんてあなたは意地悪なの?」って(笑)。でも、ちょっと示唆するくらいの方が見ている人の感情に訴えるんですね。納得いくエンディングだと、観た人はすぐに忘れると思います。

──また、ペム・ザムというメチャクチャかわいい女の子がやはり非常に大きな役割をしていますね。ウゲンの動きは、何よりもあのペム・ザムの瞳の力にあったと思うんですよ。なんでもあの女の子は、本当に映画に描かれたような離婚家庭に育ってるんですってね。ほかの出演者も、実際の村での境遇のようなものが活かされているんでしょうか。

ほとんどの人がそのまま自分自身を演じてるんです。素人さんから演技を引き出すには自分を演ってもらうしかないと思ったんですね。

ウゲンも俳優ではなくて、ミュージシャンになるために学校をドロップアウトしてオーストラリアに行くためビザを待っている人だったり、ルナナの村長さんもあれが彼の生活、ペム・ザムも離婚家庭でお父さんは飲んだくれなんですね。

村への道中の途中、プラスティックだけのテントに住んでるおばあさんも本当の話。なので、これはフィクション映画ではありますが、ほとんどドキュメンタリーみたいでもあるんです。

作家でもあり、写真家でもあるパオ・チョニン・ドルジ監督。(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED

──そういえば、この映画の原題を見たときに『Lunana: A Yak in the Classroom』ってのが、なんてユニークなと思って。「『教室の中のヤク』って、いったい何!?」って思ったんですよ。実際に教室で飼われることになるノルブという巨大なヤクが出てきますが。

なにしろビジュアルが特異ですしね。正直な話をしますと、私は無名の映画作家です。なので、ものすごく馬鹿げたタイトルをつけると「これ何だ?」って人々の注目を集めて見に来てくれるかなという意図もありました(笑)。

もうひとつは、「ヤクの歌」というのがこの映画の心、魂になっているんですね。実際ヤクの歌が最初にあって、その周りを囲むようにストーリーを作り上げていきました。実際、ウゲンがヤクであり、ヤクがウゲンであるというところで円環が成立すると思ったんです。

『ブータン 山の教室』

監督:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、 ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム、ほか
配給:ドマ

関西の上映館:シネ・リーブル梅田(6月11日公開)、シネ・リーブル神戸(6月11日公開)

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