石井裕也監督、韓国で撮影した作品で「ぶっ壊せた」

2021.6.28 20:30

映画『アジアの天使』を手がけた石井裕也監督

(写真7枚)

「『いまのままでいいじゃん』という作品は、自分の興味ではない」

──そういえば著書のなかで、韓国スタッフのあいだでは日本のAV男優・しみけんさんが大人気で、日本スタッフと共通の話題になっていたとか。

そうそう、韓国の若いスタッフがしみけんさんの作品をたくさん知っていたんです。しみけんさんは彼らの性知識を広げてくれた人だそうで、みんなリスペクトしていました。しみけんさんが両国の架け橋になるのがおもしろかったし、「クールジャパンよりしみけん」と誰かが言っていました。いいエピソードだと思います。

──ほかに韓国のスタッフと組んでメリットに感じたことはありますか。

良くも悪くも予定調和にならないですから、いつでも不確かなものを扱っているという意識がありました。それが映画におもしろい形で作用したと思います。すごくいい経験でしたね。日本での撮影は、別に決めなくていいところまで自然に決まっていってしまうことがありますから。ルールや慣習みたいなものがすぐにできてしまうんです。

──なるほど。

あと、日本だとスタッフと俳優がお互いの立場を慮(おもんぱか)り過ぎるところがある。空気感や現場のリズムが、互いへの気遣いのなかで作り上げられていく。でもそれが足かせになる場合もあるんです。もっとデタラメなほうがいいこともある。韓国で映画を撮ったことで、日本の良さと悪さに気づけました。つまり今までやってきたことを全部、一旦ぶっ壊せたんです。

1人息子を抱えて渡韓した剛(池松壮亮)(C)2021 The Asian Angel Film Partners

──そういう意味では池松さんらの芝居をフラットに見ることができたんじゃないですか。

池松くんたちも、そういう場で芝居することは刺激になったのではないでしょうか。彼の演じる剛の地に足がついていない感じがうまく表れていましたし。日本で同じことをやっても、あの感じは出せないはず。

──石井監督は著書で「日本の海外合作は妥協点を見つけて作っているのではないか」と問題提起もされていました。今回はじめて海外での映画づくりを手がけてみて、日本映画にいま必要なものはなんなのかなど、気づいたことはありますか。

僕がこんなことを偉そうに答えていいのかは分かりませんが、ただ海外の映画祭で審査員をつとめたとき、ほかの審査員が「どうして日本映画はこんなに幼稚なんだ」と言っていたことが印象に残っているんです。「日本映画の登場人物は、どうしようもない自分を肯定してくれるものだったり、『自分はいまのままでいいんだ』というものが多い」と。

確かに僕も、もっと広くて複雑な世界や人間性を捉えて人は成長していくものなのに、「このままでいい」というムードが日本映画の物語には多いように感じていました。

──石井監督の作品は、グズグズやっている主人公が、日本社会と接点を持ち、何者かに変化していくものが多いですね。『川の底からこんにちは』(2009年)はまさにそうですが。

きっとこれからもっと大変な時代になっていくはず。僕はそういう状況のなかで人間がどういう風に生きていこうとしているのか、純粋に興味があります。生きていく姿勢、態度です。それを探すためにも映画を作りたい。だから「いまのままでいいじゃん」という作品は、あってもいいとは思うけど、自分の興味ではないですね。間違いなく、このままでいいわけはないんです。だからこそ『アジアの天使』は海を渡って撮ってきたんです。

映画『アジアの天使』

2021年7月2日(金)公開
監督:石井裕也
出演:池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョー ほか
配給:クロックワークス

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