2021年上半期、注目の邦画は?評論家による映画鼎談

2021.9.4 18:15

左から、春岡勇二、ミルクマン斉藤、田辺ユウキ

(写真13枚)

「ドキュメンタリーを超えたドキュメンタリーみたい」(春岡)

春岡:個人的にすごく好きな映画なんだけど、いわゆる「絶対1位」みたいな映画でいくと西川美和監督の『すばらしき世界』。役所広司はいま1番良い時季にいるんじゃないかな、役者として。あと、この映画の仲野太賀が良いんだよなぁ。

※編集部注/『すばらしき世界』・・・社会復帰を試みる、刑務所から出所したばかりの元殺人犯・三上(役所)。その様子を番組にしようと企てるテレビマンが近寄り、ある事件が起こるというストーリー。

斉藤:太賀は自分のスタイル決めていなくて、映画によってどんどん変えてくる。それこそ『あの頃。』とか。彼がいなければ日本映画が回らないような、そんな役者になってきた。役所広司は走りながら「シャブより気持ちいい!」なんて思わず口走っちゃう(笑)。つまり、覚醒剤漬けのヤクザ・五味(役所)を描いたヤクザ映画『シャブ極道』(1996年)の成れの果て感があるのよね。

映画『すばらしき世界』主演の役所広司 (C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

田辺:この映画は終盤はちょっとわざとらしさがあるじゃないですか。お葬式が終わって、みんなが集まって違う方を見るとか。あと、出てくる人がみんなやさしいところとか。でも「人のことを見捨てない」という内容がとても良いんですよね。六角精児、北村有起哉とか。

春岡:この映画の役所広司は、改心する人じゃない。あの人は悪いことをしている意識がないんだから。それでいて決して悪い人でもない。法律に触れることをやってしまうけど、1番真っ当だったりする。

斉藤:刑務所に入ることになる事件とか、勤務先の施設で障害者をあざける同僚を見てムラムラ怒りがこみ上げるとか、すべて正義漢的動機なんだよね。だから、見ていて燃えるところがある。だけどアンガーマネジメントがきかないんだなあ。

春岡:橋爪功、梶芽衣子の夫婦も良い。役所広司の身元引受けをするけど、孫がやって来たら当然、そちらの方を優先してしまう。そういうくだりをちゃんとやりよるんだよ、西川美和監督は。

田辺:『すばらしき世界』のように善悪として括れない世界を描いた作品として、傑作だったのが『海辺の彼女たち』(藤元明緒監督)。あれだけの長回しなのに無駄がない。在留カードを偽造してもらってお金がなくなり、線路沿いに歩いて帰るシーンなど、どの画にも力がある。

※編集部注/『海辺の彼女たち』・・・日本で働く3人のベトナム人の女性たちが主人公。パスポートを失ってしまった彼女たちは不法就労となり、切実な問題に直面する・・・という社会問題を描いた作品。

在留カードや保険証の偽造で金を要求されるけど、それだって決して悪いわけではなく。いや、悪いことなんですけど(笑)。そういうものを作る側としては特急作業で追加料金をもらうのは間違っていない。主人公たちの目線で見たらそりゃ苦しい事情になるけど。

斉藤:この映画には基本的には悪人が出てこない。主人公たちを追い詰めた、姿を現さないブラック企業のやつらを除いてはね。姿を見せる人間のなかには悪人がいなくて、裏の仕事している人間もそれなりに理由がある。

春岡:悪人としては、主人公の女性のひとりを妊娠させてほったらかしにしてる、故郷の男もいるよな。まあ悪人というよりダメな奴なんだろうけど。あれだけ電話でやり取りをしているんだから、そこは見過ごせなかったけどね。それにしても藤元監督は一気に進化してびっくりした。前作の『僕の帰る場所』(2018年)も良い出来だったけど、「こうなったか!」と。ものすごく上手い映画だよ。

左からアン、フォン、ニューが不法労働者となり日本で稼ぐために漁港で働く。(C)2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

斉藤:映画を作るチームががっちり出来ている。だから鰯を選別するシーンも、実際にその時間へ行って、現地の人たちが実際に作業しているなかで撮り切ることができる。藤元監督に聞いたけど、ちょっとでも変な動きしたら漁港の人に怒られるんやって、魚は鮮度が大事だからね。音声さんとか大変だと思うのよ。そこはチームワークができているから、なるべく怒られないように進行できるとか。

田辺:満員の地下鉄に乗る場面もよく撮れていますよね。カメラを引いて撮っちゃうと周りの反応が映り込んでリアリティが失われるから、あの密集度のなかでかなり寄って撮ってるんですね。

春岡:全体的に、ドキュメンタリーを超えたドキュメンタリーみたいなドラマになっている。あとね、主人公の女性たちが可哀想には描かれていなくて、一生懸命生きているように映し出されている。可哀想なんてのは感傷でしかないし、大きなお世話なんだよね。

斉藤:入管制度問題とかちゃんと突いてくるけどさ、『僕の帰る場所』もそうだけどすべてちゃんと下調べしたうえで、問題意識も入れながら、しかしただ可哀想な女性の話にはしたくない意思が伝わってくる。

春岡:『僕の帰る場所』は、監督個人が自分を置き換えていたようなところもあった。もちろんそれもすごくおもしろかった。でも今回はかなり客観的に、東南アジアから日本へやって来て一生懸命働いている女性たちを捉えていて。それは現場でちゃんと撮っているから。今年は『海辺の彼女たち』を差し置いては語れないところがある。

『すばらしき世界』

『すばらしき世界』 監督:西川美和
Blu-ray & DVD 2021年10月6日発売 ※レンタルDVD同時リリース
発売・販売元:バンダイナムコアーツ
(c) 佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

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