最後の日本兵を映画化、フランス人監督が描いた理由とは?
第二次世界大戦の終戦を知らされず、フィリピン・ルバング島で約30年間戦い続けた、実在の日本兵である故・小野田寛郎さん。そんな小野田さんの壮絶な30年間を描ききった映画『ONODA 一万夜を越えて』でメガホンを取るのは、フランスの映画監督、アルチュール・アラリだ。アラリ監督がどんな思いを馳せ、小野田さんを描いたのか、リモートで話を訊いた。
取材・文/ミルクマン斉藤
「道徳的に彼を善し悪しで理解できない曖昧さがある」
──小野田さんの帰還は僕が小学生のときで、当時日本のマスコミは小野田さんのニュース一色になったことを今でもよく覚えています。ただ監督はまだお若いし、生まれる前の話ですよね? フランスでも小野田さんのことは一般に知られているんでしょうか?
そういうわけではなく、僕が小野田さんの物語を知ったのは父がきっかけです。映画の題材を探しているときに、フランスでも報道されたという父の記憶を聞いてこの話を発想したんです。いずれにしろ、僕の世代ではあまり馴染みのある話ではないですね。
──当時は「えらいもんだ、よく頑張った」みたいな空気がなんとなくありました。でも僕の世代は昔も今もよく分からない(笑)。彼の行動にはどうしても、ある種の愚かしさのようなものがあると思いますが、アラリさんはそこを決して馬鹿にしたりせず、非常に真摯にアプローチされていると思います。監督は小野田さんのどこに惹かれたのでしょうか?
今おっしゃっていただいたことが近いかなと思います。道徳的に彼を善し悪しで理解できない曖昧さがあると思うんです。彼の経験したことは普通の人が経験することではないですし、彼の経験のなかにある種の不条理があると感じていて。
戦争は終わったのに「ずっと留まれ」と上官に言われたことを信じ続けてそこにいたこと。常軌を逸したことなんですけど、彼のなかでは理論整然としていて、論理的な行動であって。30年もその島に潜んでいたというパラドックスというものがあると思うんです。
小野田さんを単純に善としても悪としても語れないのはそこにあって、だからこそ僕は面白いと感じた。つまり、そのパラドックスというのは国とか文化とか言語を超えるもの。日本人だからここまで出来たとか、そんなものじゃない何か普遍的なものが潜んでいるように感じたのが、小野田さんに惹きつけられた理由だと思います。
──見終わってから作品の資料を読んだんですけれども、監督は最初は海洋冒険ものが撮りたかったと。例えば作家のコンラッドとか、スティーヴンソンとか、名前は挙げられてなかったけどハーマン・メルヴィルとかの海洋小説。それでなんだかしっくりきたんですね。
僕のなかではとても重要なインスパイアの源だったので、そういったところの影響はあると思います。
──何かに取り憑かれて、強迫観念のようなものが自分の行動規範になってしまったような。異文化のなかに囲まれここで生きていくには、あるいは抜け出すにはどうすればいいか、そういう冒険ものの要素がこの映画には感じられますよね。
あるひとつの、自分が信じきったもので構築された世界が小野田さんにはあった。でもその世界観は、ラジオなどから得る(終戦後の)情報と、頭のなかで起きていることとの二面性が生じる。1枚の紙の裏表のような、具体性と非具体的な思考のレベルが通底しているというのが、小野田さんの物語の特殊性かなと思います。
──1番面白いのはそこだと思うんですよね。陸軍中野学校(エリートたちのスパイ学校)でマインドコントロールされたと言うのは簡単ですが、そこには収まらないものが確かにある。例えば小野田さんはラジオを手に入れて時事ニュースを聞くも、それらをフェイク・ニュースだと思っている。いや、正確には思いたがっている。そうした自分の世界以外のところで起こっている事実を否定しようと、自分から望んで孤独に生き抜いた。そういうところが1番面白いんじゃないかなと。
おっしゃるとおりだと思います。小野田さんの主観性というのは彼のなかで矛盾している。今まで教育されたものにコントロールされて、主体性なしに盲目的に実行してるだけではなくて、自分の主体性は持っているんだけど、それ自体が自分にとっての罠になってるんですよね。
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