京都らしいと話題、銭湯に謎の下足札「作者不明の方がいい」
「京都の銭湯で見た木細工めちゃ良かったな」というkenchanさん(@kenchantokyo)によるツイートが、10.7万いいねを超えるほどの大反響を呼んでいる(11月15日現在)。
投稿に添えられた写真には、銭湯で靴を預けるときに使う「下足札」が並んでおり、その形は「人の足」や「排水口のフタ」など、どれも独特なものばかり。「見てるだけで楽しい」「このセンスの良さ、天才!」など絶賛の声が多くあがっているこの下足札は、一体どういった経緯で作られたのか。作者の池田精堂さんに、札が飾られている銭湯のひとつ「平安湯」(京都市左京区)にて話を訊いてみた。
自然な流れで手に取ってもらいたかった
──SNSでかなり拡散されてましたが、このような反響は予想されてましたか?
僕、ツイッターはしてなくて。だから連絡をいただいたときはまさに寝耳に水でした。札を作ったのは2015年で・・・現在は作家活動のほかにインストーラー(美術作品の設置や照明の設定などをおこなう仕事)でも忙しくしており、当時とは生活も変わりました。
──話題の下足札は『京都銭湯芸術祭2015』というイベントに出品された作品なんですよね。
そうです。家にお風呂がなくて銭湯通いをしていた頃に思い付きました。機会があれば挑戦したいなと考えていたところ、ちょうど募集要項を見かけて応募しました。
──ご自身の銭湯通いが元になっているんですね。札はここ、「平安湯」に加えて、「旭湯(投稿にあった銭湯)」と「新シ湯」の京都に計3箇所にあるとか。それぞれの銭湯で違いは?
種類はすべて同じなんですが、下足箱の数や位置がそれぞれ違うので、順番などは変えています。「平安湯」さんには、それらに加えて男湯にあるライオンをイメージした札を作りました。
──なるほど。形でいうと、17番の「足」が話題になっているようです。
個人的には、抽象的な形の方が「何?」と思わせる余地があって面白いかなと考えてたんですが・・・。具体的なモチーフだと、どうしても造形の上手・下手に目がいきがちになりますから。
──すべてに特定のモチーフがあるわけじゃないんですね。
見た目というより、ポケットに入れたときや指先で触ってみたとき「気持ちいい」とか「手に収まりやすい」とか、刺激を感じられるものが多いです。いわゆる「美術作品」は、基本的に触るのはNGですよね。僕は常々、できれば触ってみてほしいと感じていました。でも「触ってください」と提示するのは違うし、無理強いみたいになってしまう・・・そうではなく、自然な流れで手に取ってもらいたかったんです。
作者不明の方が面白いかな、と・・・
──「京都らしい作品」という声もありましたが、何か参考にしたところはありますか?
江戸時代に使われた留め具・根付を参考にした部分もあるので、むしろ江戸文化の方が近いかもしれません。また、ひらがなの「ぬ」と「わ」の形の札があるのですが、これは東京の銭湯文化が元です。「ぬ」は「湯を抜いた」、「わ」は「湯がわいた」を表しているんだとか。地域の違いはありますが、面白いのでエリアを無視して盛り込みました。
──札の材料となる木にもこだわりがあるんですよね。
よく乾かされ水分が無い、変形が少ない木を使っています。「濡れタオルの上においても大丈夫か」や「脆すぎないか」などを見つつ選びました。色や形にばらつきがでるように選んだので、桜や樫、ブナなどさまざまな種類があるはず。
──まさに「銭湯芸術」ですね! 実際に札を見ると、年季が入っているのがまたいい味をだしていますよね。
そうですね、多くの人に触られることによって、色合いも形も変わっていきます。僕は2年ほど前に「旭湯」さんで見た以来ですが、そのころと比べてもてかりが出てるし、久しぶりに見ると「角が取れてる」なぁと。時間の蓄積があらわれるのも、良いところです。
──制作はどのように進めていったんでしょうか。
自作した「デュプリケーター」という手動の3Dコピー機で作り、あとは手彫りで仕上げます。150枚ほどの札を、約3週間で作りました。
──そういった制作方法も含め、世間からすると謎が多い作品だと思います。
実は、謎は謎で置いておきたい気持ちもあって・・・。作ったときに友人から「裏に名前を書いた方がいい」とアドバイスしてもらったこともあるんですけど、気が進まなかったんです。作者不明の方が面白いかな、と思っていました。
連絡をいただいてからSNSの反応を見てみると、「こんなの彫ってしまうなんて、銭湯の店主さん暇だったのかな」なんて言ってる方もいて、それがすごく面白くて。答えは僕のような美術に関わる人間が作ったわけですけど、それは少し夢がさめちゃうような。事実と違っても、想像をふくらませていくのが面白いですよね。
美術館に飾られる作品ではできないこと
──分かるような気がします。これほどの札だと、欲しがる人もいるんじゃないでしょうか?
冗談交じりで「持って帰っていいか?」って人もいるそうです(笑)。でも、札だけを持っているのはまた違うんじゃないかなぁ。あくまで「下足札」として、ここにあるのが、完成形かもしれない。
──久しぶりに札を見てみて、続編の意欲などはいかがでしょうか。
銭湯とはまた違う場所で、自身の活躍の場を探しています。大学時代はプライベートなテーマを作品に込める人が多く集まっていました。自身もそうだったのですが、ある時「で、自分はなんでそれを展示会で人に見せる必要があるのだろう」と考えてしまって。
そして、誰かの生活の一部になったり、誰かがいて自分がいて・・・という関係性がないと面白いことを考えられないことに気づきました。そして、そういう作品を作るなら、活動の場が美術館やギャラリーじゃなくてもいいんじゃと思うようになったんです。
──「生活の一部」というとまさにこの下足札のことですよね。
元々、長年銭湯に通っているような人たちをターゲットにしてたんですよ。僕も銭湯には4、5年通っていましたが、そのときは「下足箱の真ん中に靴を入れる」という自分ルールがありました。
そういうルーティンが崩れることってなかなかないはず。でも、この下足札にすることで「今日はこの場所を使おうかな」なんて人もいるかもしれません。誰かの生活習慣を変えるというのは、美術館やギャラリーなどの空間にある作品にはなかなか難しいことですよね。
◆
取材をさせてもらった「平安湯」も、個性的な下足札にぴったりなユニークな銭湯だ。下足札が気になった方は、一度お風呂やサウナを楽しみがてら、立ち寄ってみては。「平安湯」の営業時間は昼3時〜夜1時、木曜休。
取材・文/つちだ四郎
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