あの日を境に生活が変わった?演劇祭での受賞はどんな影響が
今年で3年目を迎える『関西演劇祭』のフェスティバル・ディレクターを務める板尾創路が、「関西の演劇って、実際どうなん?」を探っていく対談連載。第3回は、2019年に「優秀脚本賞」「優秀演出賞」をW受賞した野村有志(オパンポン創造社)と、2020年に「ベストアクトレス賞」の佐野あやめ(劇団乱れ桜)を交えて、演劇祭の思い出や受賞後の反響、そして今後の希望などについて明かしていく。
取材・文/吉永美和子
「なんらかの賞を与えるのは必要」(板尾創路)
──受賞をきっかけに「吉本興業」に所属して、大きく活動の場を広げられたおふたり。野村さんは、個人ユニット「オパンポン創造社」で17年に渡って活動していますが、やはりこの受賞で大きな変化はありましたか?
野村:朝ドラ『おちょやん』(NHK)に出演したり、ドラマの脚本を書かせていただいたりと、いろいろ新たなスタートが切れています。ただそれが、こんなに険しい道だとは思ってませんでした(笑)。コロナ禍もあって、思い描いていた道とは全然違うものです。
板尾:野村君の作品は、すごくパワーとオリジナリティがあり、骨太の笑いもメッセージもあって、すごくよかったです。それで僕のコント番組『板尾イズム』(LINE NEWS VISION)の作家として入っていただいたんですが、とてもいい仕事をしてもらってます。
野村:ええええー? 本当ですか! うれしいです。
──佐野さんは、今年の夏から東京に拠点を移されたそうですね。
佐野:上京するきっかけがずっと欲しかったんです。17歳から関西のあちこちの舞台に出て、関西ではもうやり尽くしたという感じがありまして・・・。それで「東京に行きたいなあ」と思ったときに、「この演劇祭で賞を獲ったら、きっかけがつかめるんじゃないか?」と思って、(ベストアクトレス賞を)獲るつもりで出てました。
板尾:「劇団乱れ桜」自体、すごく完成度が高かったんですけど、とりわけ佐野さんの輝きがすごかったのが、今も印象に残っています。やっぱり舞台に立つスキルというか、作品の世界観にどうきれいにハマるのか? という術(すべ)をちゃんと付けている。
佐野:それで今は東京で、すでに何個かお仕事をいただいて、オーディションもいっぱい受けている所です。
板尾:こういう話を聞くと、おふたりに賞をお渡しして良かったなあと思いますね。
──逆に、受賞がプレッシャーになったりはしなかったですか?
野村:プレッシャーより、安堵感の方が大きかったです。僕はいろんな演劇祭に参加しているんですけど、それは、副賞で「劇場費無料」というのが結構あるから。そうでないと、公演はほぼ自分の財布でやってるから厳しいし、いつも「これが最後かな」という恐れがチラついてます。だから受賞したときは「あ、次につなげることができた」と、ホッとしました。
佐野:私もプレッシャーはないですね。受賞は誇らしいし、オーディションのときでも、審査員が『関西演劇祭』をご存知だったら、印象に残りやすくなるのがプラスになってます。
板尾:受賞が彼らの背中を押して、ちょっとずつでも登っていくきっかけになっていたらうれしいですね。やっぱりなにか肩書があると、使う方も安心感があるので、演技でも作品でも、なんらかの賞を与えるのは必要なんだなと、改めて思いました。
「ティーチインって、ほかの演劇祭にはない」(野村有志)
──野村さんは先ほど言われた通り『CoRich舞台芸術まつり』でもグランプリを獲るなど、いろんな演劇祭に参加されています。『関西演劇祭』ならではの面白さは、何かありますか?
野村:やっぱりティーチイン(注:上演の直後に、審査員や観客がその場で感想や質問をする時間)って、ほかの演劇祭にはないですね。しかも審査員が西田シャトナーさんや行定勲監督など、観ていただきたい方々ばっかりで。そういう方たちに審査していただけるのも、僕的にはすごくうれしいものがありました。
佐野:私は一度、ほかの演劇祭に参加したことがありますけど、そうやって直接(審査員から)話を聞くのは初めてだったので、地獄でした(一同笑)。私、演技をしてるときだけ緊張しないという体質なので、ティーチインでは素に戻っちゃって、すごく緊張しましたね。
野村:わかります。すごく特殊な環境です。
佐野:特に羽野晶紀(関西演劇祭2020実行委員長)さんから「もっと視野を広くした方がいいよ」と、直接アドバイスをいただけたのが衝撃でした。「あ、(劇団だけでなく)個人にも言ってくれるんだ!」って。それを聞いて、あとですごく自主稽古しました。
板尾:それって女優さんとして、ちゃんと見てくれはったってことやね。ダメ出しというより「もっと良くしたい」という気持ちがあったんやと思いますよ。
佐野:その後の上演では「とにかく視野を広く」ということを、頭に入れながら演じたから、あのおかげで賞を獲れたのかもしれないです。
野村:僕は逆に、演劇祭の間は「誰がなんと言おうが、最後まで自分がやりたいことをやる」という気持ちでいました。だからティーチインも「うるせえ」ぐらいの姿勢で(笑)。そうでないと、自分が崩壊してしまいそうだったんです。やっぱり舞台って、すごく微妙なバランスで成り立ってるから、ひとつが揺らぐとすべてが狂いかねない。
板尾:まあ僕も、本当は「人さまの作ったものにどうこう言うのって、何さまやねん」って思いながらやってる所はあります(笑)。
野村:でもおっしゃっていただいたことは、後日自分のなかに取り入れたし、板尾さんに東京で観ていただいた舞台でも、アドバイスをありがたくちょうだいした部分が、たくさんありました。
板尾:僕もそうだけど、やっぱり俳優も人間なんで、本能的に自分が気持ちのいいようにやりがちなんです。でも、観ている人にもそれが気持ちいいか? って言ったら、そうでない場合が多いと思う。その辺を指摘されたり、演出してもらえるのはありがたいし、自分なりに「こういうことかな?」と模索するのも楽しい。それによって、自分のスキルも上がっていくからね。
野村:でもティーチインって、客として観ている分には、ただただ面白いです。自分と審査員の解釈の違いとか、「この質問をどう返すのか?」とか、あれ自体がエンタメみたいになってます。だから観客の立場としては、みんなが思ったことをムチャクチャ言って、バチバチの雰囲気になってほしいけど、(舞台を)やってる立場だとやさしくしてほしい(一同笑)。
板尾:やっぱり、そのとき観て感じたことを、すぐに相手にぶつけられるっていうのは、すごく純粋でいいと思います。お互いの熱が冷めないうちに「これはどうだったんでしょうか?」と考えることで、より次につながるものができるんじゃないか、と。だからお客さんは、苦言とか批判に手を挙げるのは勇気がいるでしょうけど、もっと正直にぶつけてくれていいと思います。変な空気になったら、僕たちがサッと違う球を投げますんで(笑)。
「私がもっと東京で人を呼べるように」(佐野あやめ)
──野村さんも、佐野さんのように、受賞を東京進出のきっかけにしようとは思わなかったですか?
野村:一度ぐらいは行ってみようかなとは思うんですけど、僕の家が今までの公演で使った小道具やパンチ(注:舞台に敷く保護シート)などがたまって、ゴミ屋敷以上のゴミ屋敷になってて、引っ越しが大変というのが・・・(一同笑)。
板尾:そんな理由で(笑)。でも東京って、実力があれば必然的に上にあがっていけるけど、大変シビアで、客観性があって、自分がすごく見えてくる場所でもある。その結果「自分は俳優に向いてない」とか「書く方があってる」などの答えをハッキリ出してくれるんじゃないかな。その一方で、京都の劇団「ヨーロッパ企画」みたいに「仕事がしたかったら、東京から京都に来てくれる」という姿勢でずっと関西にいるのも、すごい覚悟だなあと思います。
野村:ヨーロッパさんは、僕はまだ雲の上の話という気がするんですけど(笑)、でも大阪に拠点を置きながら東京でも活動することは、今は全然可能だと思うんです。まだ自分を俯瞰で見れてない可能性もありますけど、まずは毎年東京公演をしていこうとは考えてます。
佐野:うちの劇団も、東京公演がやれたらなあと思います。私がもっと東京で人を呼べるようになれたら、劇団員を東京に連れてきて、さらに大阪でも凱旋公演をやりたいというのが、ひとつの夢です。
板尾:そうやね。行ったきりにならないで、関西でも定期的にやっていただきたい。別に脅しじゃないけど(笑)。演劇祭をきっかけに、いろんな人がそれぞれの場所でパワーを付けて、関西の演劇が盛り上がることで『関西演劇祭』も続いていけばいいなあ・・・というイメージが、僕にはあるんです。
佐野:そうですよね。私は関西で、野村さんと一緒にオパンポンの舞台に出たいです(笑)。
板尾:なるほど。そういうのもいいですね。
──第3回に向けて、出演する劇団や、観客にアドバイスはありますか?
野村:そんな偉そうなこと言える立場じゃないです!(笑)でも「有名になりたい」「いい作品を作りたい」とか、人によってゴールは違うけど、それぞれのやりたいことの幅は広がる場所だと思います。だからみんなが全力でぶつかって、ピリピリした演劇祭になればいいですね。でも1回目に受賞した僕がもうちょっと売れたら、もっと盛り上がると思うので、まずは僕が頑張ろうと思います。
佐野:もし賞を狙ってるなら、すごく長いオーディションの審査だと思えば、よりスリルとスパイスを感じられると思います。賞を獲ったら「合格」みたいな。あと、観客だったら「どの人が賞を狙ってるんだろう?」という視点で見たら、楽しめるんじゃないかと思います。
板尾・野村:(狙ってるのは)みんなや!(一同笑)
板尾:去年のティーチインで、「吉本新喜劇」のチケットが取れなくて、「今、こんなイベントをやってますよ」って教えられて、なんの予備知識もなくフラッと観に来た・・・という人がいまして。その人が「とっても楽しかったです。こんないいものを観られてラッキーでした」みたいに言ってくれて、すごくうれしかったですね。
──それは主催者冥利につきますよね。
板尾:観客としては、それぐらい構えずに観に来ても「ああ、面白かった」と思えるパッケージにできてるんかなと、自信になりました。観る方もやる方も、いろんな思いを持って参加することができる演劇祭だし、それによっていっそう盛り上がるんちゃうかなって思います。
『関西演劇祭2021』は、11月20日から28日まで「SSホール」(大阪市中央区)にて。チケットは一般3000円、学生2000円、配信チケット1600円ほか。
参加団体:劇想からまわりえっちゃん、劇団不労社、劇団5454(ランドリー)、劇団レトルト内閣、試験管ベビー、創造Street、project真夏の太陽ガールズ、メガネニカナウ、猟奇的ピンク、笑の内閣
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