こんな見方もあったのか、板尾創路と行定勲が語る演劇評
『関西演劇祭』のフェスティバル・ディレクターを務める板尾創路が、「関西の演劇って、実際どうなん?」を探っていく対談連載。最終回となる第5回は「演劇を観る」ことにフォーカスし、同演劇祭の審査員のひとり・行定勲監督を交えて話を訊いた。
取材・文/吉永美和子
演劇には独特の鑑賞の仕方があると思われがちで、気おくれする人も多いはず。そこで今回は、熱心な演劇ファンでもある映画監督&演出家の行定監督とともに映画やお笑いとの比較をまじえて、さまざまな視点で語りあった。
「良い台詞があると『いい脚本だなあ』と思う」(行定勲)
吉永「私は、関西小劇場を中心に年間100本以上は観劇しているのですが、演劇の良し悪しって、脚本がかなりのウエイトを占めて、なおかつ基準としてわかりやすい、と思ってます。たとえばお笑いや映画でも、脚本が良ければ勝ったも同然、みたいなところってありませんか?」
板尾「どうやろうなあ? 脚本って結果のような気がする。演劇でも映画でもコントでも、誰がやっても面白くなるものもありますよ、確かに。でもそれって、あまり僕は魅力を感じない。たまに漫才でも『面白いけど、別にこいつらじゃなくてもできる』って思うものがあるんですよ。何かその人の個性というか、ゆがんだ考え方とか人間性がにじみ出て『こいつらじゃないとできない』と思わせる漫才に、面白さを感じますね」
行定「僕は、良い台詞があると『いい脚本だなあ』と思います。映画と演劇があきらかに違うのは、台詞に重きが置かれているか。映画って、そこに託された感情や真実を全部台詞で言ったら、説明になってしまいがちなんです。でも演劇は、それを非常にリリカルな言葉で表現することで、世界を広げていく。たとえばシェイクスピアが、何百年も繰り返し上演されるっていうのは、やっぱり台詞の力ですよね」
吉永「そうですね。言いたくなる台詞のオンパレードです」
行定「人間の普遍性をはらんだ台詞だから、どんな時代やどんな場所にも置き換えられる。でも、それをちゃんと別ものにコーティングできているか? を判断しようと思ったら、脚本だけでは観ないですよね。たとえば森田芳光監督は、黒澤明監督の『椿三十郎』をリメイクするとき『台詞を(オリジナルと)一言一句変えない』って言ったんです。映画のリメイクって、たいがい(脚本を)変えるじゃない?」
板尾「確かに多いですよね」
行定「でもあえてそのまま使うことで、違う監督が撮ったら、全然違う角度で作品が見えてくることがわかる。『それが面白いし、見どころになるんだ』と、熱く語られました(笑)。それって先ほど言われた『脚本が面白ければ勝ち』の否定ですよね」
吉永「あー、本当ですね。シェイクスピアも、演出家と俳優が違うと、嘘みたいに『別物やん!』ってなりますし、上手く使いこなせなくて失敗する例もあります。さっき板尾さんは『こいつらじゃなくてもできる』笑いを否定されていましたが、そういう意味では『台詞が良いけど、誰がやっても同じにはならないのが、良い脚本』と言えるのかもしれません」
行定「しかも誰もが『やってみたい』と思えたら、すごい強度があるんじゃないですかね? 本当に素晴らしい脚本は、1回上演されて誕生した瞬間に、ひとり歩きを始めますから」
板尾「多分、歌と一緒ですよね。『歌ってみたい』って」
行定「そうそうそう、まさにそれ。いろんな歌手が歌いたい歌があるのと同じです」
吉永「漫才でも『これやってみたい』って思うネタはあるんですか?」
板尾「僕はありますね。あまり名前は言えませんけど(笑)。でも心底面白い笑いって、やっぱり漫才師の生き方が反映されることって、絶対あるので。やすきよ(横山やすし・西川きよし)さんの漫才だって、あのおふたり以外がやっても、あの味は出せないと思います」
行定「掛け合いが難しいですよね。誰か別の人の漫才をやるって、あまり聞いたことがないのはそれですかね」
板尾「歌でも、やっぱりこの人が歌わないとダメってものがあるじゃないですか? 矢沢永吉の歌も、多分永ちゃん以外には歌えない気がする(笑)」
「周りが笑ったり感動したりするのが相乗効果」(行定勲)
吉永「演劇と映画の違いで言うと、演劇の世界をテーマにした行定監督の『劇場』(2020年)を観たとき、映画は『人間へのクローズアップ』が、演劇は『空間をダイナミックに使えること』がそれぞれの強みだ、と改めて思いました」
行定「あの映画は『演劇』『映画』それぞれにしかできないことを併せ持たせないと、『劇場』というタイトルでやっちゃいけない、という気持ちがありました。ラストシーンでは、フィクションが突然現実にさらされて『あ、今観ているのは物語だったんだ』という仕掛けをやりましたけど、そうやって突然違う次元に飛べるのは、映画ではなく演劇の手法ですよね」
吉永「昔見た芝居の仕掛けで、衝撃を受けたことがあって。それは現実とフィクションをないまぜにしたような物語だったんですけど、その世界に取り込まれてしまった気分になりました。『いや、君たちも同じ空間にいるんだよ。他人事じゃないんだよ』という経験ができるのが、演劇の面白さなんだなあと、そのときすごく感じましたね」
行定「舞台と客席には境界線があるけど、それがどんどんはみ出して観客をどれくらい巻き込めるのか? ということを、舞台の演出ではいつも意識するんですよ。はっきりと『ステージ上での物語です』と区切る人もいるけど、その境界線をはみ出してくる光とか、音とか、役者の言葉とかで客席に訴えかけてきて、『これはあなたのことなんだよ』と突きつけてくる。そこに演劇の面白さを感じるし、それができればいいなあと思ってます」
吉永「お笑いのライブもそうじゃないですか? というか、あれこそ客席の笑い声がなかったら成立しない世界じゃないかと」
板尾「そうだと思います。こっちだけが楽しめばいいってもんじゃないし、お客さんもボーッと観るもんでもない(笑)。舞台上から巻き込んで、お客さんの笑いがあって、そのリズムが上手くいくと、その空間に何かがポッと生まれてくる。それがやっぱりライブの、劇場の面白さっていうもんじゃないですかね」
吉永「昨年、いろんなジャンルでリモート・ライブが流行ったじゃないですか? 1番やりにくそうだなあと思ったのは、やっぱりお笑いでした(一同笑)」
板尾「いや、本当に! 漫才はふたりでやるけど、客がいないと本当に『もうひとりがいない』ってぐらい重症です(笑)。ひとりでもいいから、誰かその場でちゃんと聞いている人に向けてやる。それだけで違うんですよ、絶対」
吉永「でも観ている方も、客席で大勢の人の熱を感じながら観るのと、ひとりでスマホの画面で観るのとでは、全然余韻が違うんですよね。映画館で映画を観るのもそうですけど」
行定「あきらかに違いますよね。やっぱり周りが笑ったり感動したりするのが、相乗効果になる。しかも演劇の場合、1回きりしかない瞬間。たまに『え、今日観に来たの? 昨日来てほしかったなあ』って言われて、『この感動を返せ!』って思ったり(一同笑)」
吉永「ありますねー。逆に初日に行ったら『実はまだ完成してないから、3日目ぐらいに来てほしかった』とか(笑)」
行定「演劇あるあるですよね。でもその一度しかない瞬間を、みんなで見届けるわけだから、やっぱりなかなか贅沢な催しだなあと思います」
「舞台の人って『声』がすごくポイント」(板尾創路)
吉永「行定監督は、役者を使う立場として『舞台で面白い人』と『映像で面白い人』って、違いがあったりするんですか?」
行定「うーん・・・、あんまりその差を感じたことはないですね。映画って『死んだ時間』がいっぱいあって。たとえば、誰かがしゃべってるのを聞いているという演技をしても画面上からは切り取られてしまう、とか。でも演劇だと、聞いている側の人たちも、芝居から逃れられることがないんです。僕はそういうときって、中心でしゃべる人をほとんど見ずに、聞いている人の顔を一生懸命観てる」
吉永「わかります! 演劇ならフレームアウトした人の感情も見ることができますもんね」
行定「突っ立って聞いてるだけの人もいれば、キャラクターを作っていろいろやる人もいて。そうやって、なにかを受けているときの俳優のリアクションをくまなく観られるのが、演劇のすごく好きなところです。だから映像でも、舞台経験者はそんなときのリアクションに芝居っ気があるし、その場の空気を作るのがすごく上手い。だけど下手な映画って、だいたいしゃべってる人ばっかり撮っちゃう(一同笑)」
板尾「あー、やりがちですよね」
行定「ひとりで上手い芝居をしている役者には、なかなか『上手い』って言いたくないけど、モブとして全体のバランスを作ってくれる・・・、『あ、その位置でやりたいと思ってくれるんだ』みたいなことがあると、演出家としては『上手いから助かるわ』って(笑)。そういう人がいっぱいいますね、演劇の世界は」
板尾「僕が最近思うのは、舞台の人って『声』がすごくポイントじゃないかって。劇場って、席が舞台から遠かったりとかで、役者の顔がちゃんと見えないことがありますけど、それでも声が良い人がやると、ちゃんとお芝居がわかる。それが若い人か年寄りか、いい人か悪い人か、なにをどう思っているのか。そういうのを声だけでも表現できる人はすごいし、声は大事だなあと思うんですね」
吉永「それって大劇場の歌舞伎とかミュージカルだと、本当に顕著ですよね。こっちがボリュームを調整できるわけではないし、声の良し悪しは確かに舞台ならではの、役者の上手さをはかる大きなポイントかもしれないです」
板尾「でも僕は、役者として『上手い』って言われてもあまりうれしくないし、上手くやろうとは思わないんです。『上手い』じゃなくて『何かわからんけど、良かった』って言われたら、それはうれしいですね」
行定「たとえば唐十郎さん(注)の芝居なんて、いまだに容易には理解できないんですけど(笑)、役者が語る台詞もムードも空気もすごく美しくて、忘れられないんですよね。でもそういうのって、難しいんだろうなあ。今はみんな、理解できてしまうことばかりやってるから。たとえ観客が誤読をしても、それでもなにか形になるというので良いんだよ、と思うんですけどね」
注釈:唐十郎は、1960年代中期〜1970年代前半のアングラ演劇を牽引した劇作家・演出家で劇団「唐組」主宰。神社や公園に紅テントを設営して公演をおこない、その型破りな戯曲が話題を集めた。
「『なんじゃこりゃ?』は若いときしかできない」(板尾創路)
吉永「この連載が掲載される頃には『関西演劇祭2021』も終盤というタイミングではありますが、今後の関西演劇シーンへの期待や希望をお聞かせいただければ」
板尾「関西の演劇というより、舞台をやっている人はもっとめちゃくちゃやって良いと思う。なにかすごい手法を使っていたりとか、『これが俺の演出だ!』みたいな、強烈な個性の演出家の元でやってる劇団に、文句を言いながらも刺激されたい(笑)」
行定「板尾さんは毎回ティーチインで、笑いを交えながら、遠回しにキワキワの指摘をするんですよ。『あれ、いるかなあ?』みたいに言っても笑いが起こるし、みんな素直に『そうですねえ』ってなるから、あれはすごいなあと思う」
吉永「ティーチイン芸、ですね」
行定「それで言うと、僕が1番よくないと思うのは、既視感があるもの。憧れたものを自分なりに、現代っぽくエモくアレンジして、しかもそれが上手だったりして。それはね、映像においてもほぼ同じ。だからこれは板尾さんと同様だけど『なんじゃこりゃ?』っていう独自性が欲しい。言い方は悪いけど、まだ全国区ではないじゃないですか?」
吉永「そうですね。これからの若い劇団ばかりですものね」
行定「スポンサーが付いたら集客も考えないといけないし、そうなるとある程度自由はあっても『望まれるスタイル』というものが生まれるわけで。そういういろんなものがくっついてくるから、僕や板尾さんみたいな人たちは簡単には作れない」
板尾「そうそう。『なんじゃこりゃ?』は若いときしかできないから、そういうことをやってほしい」
行定「容易には解釈できなくて『考えてみたんだけど・・・あれってどういうこと?』って、困惑するようなティーチインがやりたい(笑)。でもそういうのを(演劇祭プログラマーが)選んでないのかもしれないですけどね、もしかすると」
吉永「『なんじゃこりゃ?』が、審査のまな板に上がってないのかもしれない」
行定「ありえますよね。演劇祭とか映画祭は、プログラマーのセンスが問われるので、それをプログラマーの人に言いたい(一同笑)」
吉永「『もっと変な奴を連れてこい!』と。せっかく関西を舞台にやるわけですから」
行定「そうですよね。審査員の西田シャトナーさんの『惑星ピスタチオ』なんて、やっぱり初めて観たときは『なんじゃこりゃ?』でしたよ。身体性も含めてね。そういう人が、また生まれてほしいです」
吉永「そのシャトナーさんは、昨年インタビューしたときに『関西の小劇場界で、そろそろ伝説の奴が出てきそうな時期』と予言されていたので、期待したいですね」
板尾「連載もこれで最後ですが、本当にいろんな人とお話ができて楽しかったです。観劇する最初のきっかけは『推しが目当て』とかでいいから、もっとみなさんに劇場に来てほしいですよね。そして『関西演劇祭』も3回目まで来て、完成形に近づいてきていると思うので、去年よりワクワクしています。今は期待感しかないですし、ここまで来たら続けていきたいですよ。もっとね、長く」
『関西演劇祭2021』のオンライン配信は11月26日・27日に実施され、チケットは1600円。会場は『SSホール』(大阪市中央区)で、チケットは一般3500円、学生2500円ほか。
参加団体:劇想からまわりえっちゃん、劇団不労社、劇団5454(ランドリー)、劇団レトルト内閣、試験管ベビー、創造Street、project真夏の太陽ガールズ、メガネニカナウ、猟奇的ピンク、笑の内閣
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