中国映画の新世代が共演、映画「シスター」はなぜ秀作なのか
◆オープニング1分でわかる、巧みな映像表現。
冒頭、スタッフ名が記された字幕が終わらないうちからサイレンが響き、ファーストカットが映し出されるとトラックが横転している。そこから流れるように数カット、周囲には荷物が散乱している。どうやら乗用車も大破しているようだ。
車内には夫婦と幼い男の子の3人が映った写真が残っている。騒然とする交通事故の現場だが、妙に冷めた空気がすでに手遅れなことを伝えてくる。少女が1人、呆然と立っている。主人公のアン・ランだ。映画『シスター 夏のわかれ道』、開巻からここまで1分弱。映像で語る腕の確かさが、すでに見てとれる。
◆「一人っ子政策」の影がもたらした、家族の姿。
事故で両親を亡くしたアン・ランのもとに、幼稚園児の弟ズーハンが連れて来られて物語は動き出す。姉弟ではあるのだが、アン・ランは弟にその実感がわかない。なぜなら、会ったことがなかったから、というのが映画が進むとわかってくる。そこに中国が1979年から2015年まで実施した「一人っ子政策」の影がある。
1組の夫婦に子どもは1人だけ、そう定められたなかで、アン・ランの父親は男の子を望み、女に生まれた彼女を望まぬ子としてないがしろにしてきたのだ。だから彼女は早くに家を出て1人で生きてきた。そして、政策が廃止され、2人目の子が許されて生まれたのがズーハンというわけだ。
疎まれ続けた姉と、望まれ愛情を注がれて育った弟。事故車内に残された写真もそれを裏付ける。そんなアン・ランに、姉なのだから弟の面倒を見るのは当然と周囲の者は言う。だが、医者になるための進学を目指す彼女は、弟を養子に出すと宣言する・・・。
◆気鋭の才能、30代の女流監督イン・ルオシン。
家を継ぐのは男子。中国ではいまだ男性尊重思想に基づく家父長制が根強いという。それは日本も同様だが、中国ではもうひとつ「一人っ子政策」が生んだひずみが女性への抑圧に加わる。本作の監督イン・ルオシンと脚本のヨウ・シャオインは、ともに政策実施中の1986年生まれの女性コンビ。
彼女たち自身が味わってきたことが作品に反映されていることは想像に難くない。また、劇中ではアン・ランの伯母の姿に投影されている、一世代上の女性たちの悔しさや悲しみも、抑制を効かすことで逆に鮮やかな印象にして物語に織り込んでいる。30代半ばの2人、気鋭の映画人と呼ぶに相応しい才能の持ち主だ。
◆演出が引き出したチャン・ツイフォンらの名演。
俳優たちの演技もいい。アン・ランを演じたチャン・ツイフォンは、子役時代から活躍し、岩井俊二監督が中国で撮影した『チィファの手紙』(2018年)にも出演している。現在、北京電影学院在籍中で、実年齢は役の年齢よりも5歳若いというが、実年齢相応の見た目が、抑圧を跳ね除けて自分の目指す道を進むべきか、肉親への情愛を優先すべきか悩む姿に、よりリアリティを与える結果になっている。
弟ズーハン役のダレン・キムはこれが映画初出演だが、自然体で感情豊かな演技は驚異的。監督の指導がよほど適確だったのだろう。さらに伯母役のジュー・ユエンユエンと叔父役のシャオ・ヤン。てきぱきとした動きのなかに家族の犠牲となって生きてきた悲しみを滲ませる伯母、賭け事ばかりしているダメ男だが家族には熱い想いをもつ叔父。この主要4人の演技が総て演技賞クラスだ。
◆人生か、家族か。その答えはそれぞれの胸の内。
そして、もうひとつ書いておかなければならないのが、撮影のパク・ソンイル、編集のシュ・チェンというスタッフワーク。アン・ランとズーハンが一緒に横たわったベッドで、姉の思いを聴いたあと、暗闇のなかに残るように浮かび上がらせた、ズーハンのあどけなくも決意を秘めた顔。あるいは、アン・ランが恋人と別れる食堂のシーンに短く何度も挿入されるカットバックのテンポ。どちらもいい仕事だ。
自分の人生か、家族か。家族への複雑な思いを抱いてきた女性に突きつけられる選択。映画の舞台はたまたま現代の中国だけれど、この選択に悩むのは、日本も、世界中の若者も同じ。イン・ルオシン監督も最終的にオープンエンディングにしたと語るように、答えは観た人間がそれぞれの立場で考えるしかないのだろう。それでも、間違いなく、現代中国映画のレベルの高さを示す秀作だ。
文/春岡勇二
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