キャメラが捉えた原点と現在、くるりの名曲が生まれる瞬間
1996年に立命館大学の音楽サークル「ロック・コミューン」に所属していたメンバーで結成され、初期のオルタナ・ロック路線から、ポスト・ロック、テクノ/エレクトロニカ、クラシック、ブルガリアなどのヨーロッパ周縁の音楽や南米各国といったワールド・ミュージック、最近ではハイブリッドな新世代ジャズからも影響を受けつつ独自消化しながら、常に新しいサウンドを提示してきたくるり。
音楽的な変遷とともに、これまでに何度かメンバー・チェンジをおこなってきた彼らだが、通算14枚目のアルバムとして10月4日にリリースされる『感覚は道標』は、2002年に脱退したドラマーの「もっくん」こと森信行を約20年ぶりに迎え、代表曲の『東京』や『ばらの花』を生み出したオリジナルメンバーで制作したものとなっている。
◆ニューアルバム、映画、そして、「おんぱく」の10月
また、同時にそのアルバム制作の様子を追いかけたドキュメンタリー映画『くるりのえいが』が10月13日に公開されることが決定しており、10月8・9日には京都の梅小路公園・芝生広場にて毎年恒例のフェス『京都音楽博覧会2023』(通称:おんぱく)も初の2デイズで開催となる。くるりファンにとって、この10月は忘れられない月となりそうだ。
ごく一部のコーラスなど以外は3人だけで作り上げた『感覚は道標』は、映画のなかでもメンバーたちが話しているように『同窓会セッション』的なものとはなっていない。20年ほどの時を経て、当時よりもはるかに演奏スキルもソングライティング力も向上させ、さまざまな経験も経てきた現在の3人だからこそ鳴らすことのできたバンド・サウンドが、瑞々しくもリアルに詰まっている。
◆オリジナルメンバー・森信行との邂逅
ただ、久々に森が加わったことで、最近のボーカル&ギターの岸田繁とベースの佐藤征史の2人体制では聴かれなくなっていた要素や、長らく封印していたチャンネルが開いたような部分が顔を出しているのが興味深く、『ばらの花』を想起させるリフやアレンジを故意に散りばめた楽曲や、『TEAM ROCK』以降もトリオ体制で続けていればこういう進化形もあったかもしれない・・・という曲も含まれているのは、初期からのファンにはグッと来るところ。
その一方で、ファンク的なリフに一部ではなぜか南アフリカのコーサ語まで飛び出し、トゲのあるリリックとともに異色のノリをみせるナンバーや、森が叩き出すサンバ的なビートに乗せて軽快にグルーヴする楽曲など、自ずと世界各国の音楽の要素を取り入れてきた近年のくるりと重なるようなアプローチもあって、曲調は実に多彩。
また、ヴィンテージな楽器や機材を使ってレコ―ディングされ、開放的な伊豆スタジオの空気感までも伝わってくるような録音の良さも特筆モノで、バンドで音楽を生み出していくことの魅力をあらゆる側面から再認識させてくれる。
◆バンドならではの面白さ、そしてマジック
そんな『感覚は道標』のレコ―ディングの様子を追いながら、初期の3人の映像(若い!)も挟みつつ、くるりというバンドの原点と現在を伝えてくれるのがドキュメンタリー映画『くるりのえいが』だ。
20年ぶりに岸田、佐藤、森の3人がスタジオに集うところから始まり、セッションを重ねながら曲作りを進め、途中、地元・京都のライブハウス「磔磔」公演などでバンドの結束を強めてアルバムを完成させるまでを記録した内容は、淡々としているが、アルバムを聴くだけでは窺い知ることのできない制作過程、録音環境の雰囲気、各メンバーの心の動きなどをスクリーン越しに伝えてくれる。
仮歌状態で歌いながら演奏される楽曲に、やがて歌詞やコーラスなどが加わって曲の輪郭がハッキリとしてくる過程など、普段は見ることのできない貴重な場面が満載なのはもちろん、伊豆スタジオという場もアルバムに大きく作用していることがよくわかるはず。
最近ではデジタル機材やリモート録音などの発達によってレコ―ディングの概念も従来とは大きく変わりつつあると思うが、個性の異なる3人が同じ場所に集まってひとつの作品をクリエイトしていくというバンドならではの面白さや、そこからしか生まれることのないマジックが存在することに改めて気付かせてくれるだろう。
◆初の2デイズで開催、くるり主催の「おんぱく」
そして、冒頭で書いたように幅広いくるりの音楽的関心やアンテナの鋭さを反映した独自のラインアップで2007年から続けられてきた『京都音楽博覧会』も、今年は初となる2日間での開催。すでに2日通し券と槇原敬之らが出演するDAY1はソールドアウトとなっているが、ジャンルや国籍を越えた顔ぶれが一線に並んだDAY2こそ、この音博でしか味わうことのできないサウンド・ジャーニーが堪能できるものとなっている。
特に、岸田が熱烈なファンであることを公言し、遂に出演が実現したティグラン・ハマシアンは、旧ソ連圏のアルメニアで生まれ育ち、ジャズ・ピアニストとして卓越したテクニックをもつ一方で、主にワープ系の電子音楽やハイブリッドな変拍子メタル、北欧ジャズ、そして中世以前にまで遡る自国アルメニアの教会音楽や伝統音楽までも取り入れながら、現代ジャズ・シーンで異彩を放ち続ける才人。関西で彼のトリオ編成でのライブが実現するのは今回が初でもあり、あらゆる意味で度肝を抜くステージとなるのは間違いない。
また、クラシック・ピアノ界の新星として注目を高め、2022年には『フジロック・フェスティバル』にも出演した角野隼斗も、YouTubeチャンネル(かてぃん名義)でのゲーム音楽やポップス、オリジナル曲までも奔放に弾きこなすジャンルレスな投稿などで、クラシックだけにとどまらない活躍をみせる逸材。
トリを務めるくるりも、8月におこなわれたツアーでもバックを固めた石若駿(ドラム)、松本大樹 (ギター)、野崎泰弘(キーボード)に加えて、コーラスに加藤哉子、そしてオリジナル・メンバーの森が加わったスペシャルな編成で登場することがアナウンスされており、ツイン・ドラムを含むレアなセットに期待が高まる。
文/吉本秀純
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