仏の名匠デプレシャン監督「映画は奇跡を呼ぶことができる」

2023.9.27 21:30

6年ぶりに来日した、フランスの名匠アルノー・デプレシャン監督

(写真6枚)

◆「映画だから可能な奇跡とも言えます」

──個人的なことですが、僕にも家庭的な確執が長くありまして。なぜそこまで憎み合うのか、距離を置くようになったのかよく分からなくなっちゃってるんですよ。本作でも、そこに至る根源をはっきりしないままに描いていますが、それはそれでとても正しいなと僕は感じるんです。

怒りや憎しみなどネガティブな感情というのは、絶対に人間のなかに存在する。それは愛の不幸な表情だと言えます。それは時間を無駄にすることでしかないから、早く止めにしなければならない。とはいえ、実人生ではそんなに簡単に止めることはできないけど、映画ではそんな奇跡を呼ぶことができるんです。

──なるほど!

実生活でもそれが完全に不可能というわけではないけれども、映画の力がそれを可能にしてくれるのを見せてくれます。例えば、この映画のなかでルイ(メルヴィル・プポー)がスーパーマーケットに行くと、そこで長い間会うことも口をきくこともなく、いろんな思考を巡らせていながら近づくことができなかった2人がそこで出会う。

そこではすべてのそうした思考や感情なんて関係なく、その相手が存在している、他者が存在することをはっきりと2人は知る。誰もいないスーパーマーケットで対峙して、2人が限りなく同じであり、限りなく違う2人の人間であるという明白な事実を知るわけですね。それこそ映画の奇跡と言えるのではないかと思います。

映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』 ©︎ 2022 Why Not Productions – Arte France Cinéma

──まさにそうだと思います。あれ以降の展開は、本当に美しい。正直ちょっと泣いちゃったんですけれども。

そして同時、滑稽でもありますよね(笑)。

──そうなんです。それが監督の作品の素晴らしいところで。いつもどんなにシニカルで、そんなにシリアスな状況であろうとも、どこかコミカルなところを忘れない。

誰もが死する存在であって、そして彼らの両親が亡くなったときに、ようやく彼女は弟に「会いましょう」と書いた紙切れを渡して、和解へと進んでいく。カフェのシーンで「あなたに許しを請うわ。でもなぜなのか分からない」というセリフはとても美しいけれど、映画だから可能な奇跡、可能な行為とも言えます。

「映画だから可能な奇跡」とアルノー・デプレシャン監督

──でも映画といえども、そうした奇跡は滅多にありません。しかし監督は、ほとんどすべての作品でそうしたミラクルを起こし続けています。

ハハハ、それは頑張って仕事をしているからなんです(笑)。

──不躾にメッセージを押しつけるようなことを監督はされないですよね。

それはそうだと自分でも思っています。

──僕はそれがとても愛おしい。とりわけ今回は、マリオンとメルヴィルという2人の演技が強烈で。マリオンのすごさ、美しさは当然存じ上げてますが、メルヴィルが今まで以上に素晴らしい。

メルヴィルは歳とともに、俳優として、また人間として深いものをどんどん芽生えさせてきたと思うんですけど、今回のこのルイという役によって彼は今までにはなかったような俳優としての深みを勝ち得たと思うんですね。・・・と本人も言ってくれました。ひとつ逸話をお話ししても良いですか?

──もちろん、お願いします。

映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』

2023年9月15日公開
監督:アルノー・デプレシャン
出演:マリオン・コティヤール、メルヴィル・プポー、ほか
配給:ムヴィオラ

  • LINE
  • お気に入り

関連記事関連記事

あなたにオススメあなたにオススメ

コラボPR

合わせて読みたい合わせて読みたい

関連記事関連記事

コラム

ピックアップ

エルマガジン社の本