伊藤沙莉だから実現した…虎に翼・主人公は「完全当て書き」

2024.5.3 08:16

これまでの朝ドラのどの主人公にも似ていない寅子 (C)NHK

(写真4枚)

■ 伊藤沙莉だからこそ実現した、寅子という主人公

──第13回で、寅子がよねの身の上話を、本人不在のところで第三者から聞き出すのは「違うと思うんです」と断るシーン。第14回で、よねの壮絶な半生を知った寅子が何か言葉をかけたいのだけれど、「同情と謝罪」「発破をかける」「議論に持ち込む」というパターンを脳内でシミュレーションして「どれも違う」と思い至るところなどは、一昔前の朝ドラ主人公の行動パターンに対する「批評」になっていました。猪爪寅子という、唯一無二の「朝ドラ主人公」を造形するにあたって、いちばん気をつけたところはどんなところでしょうか。

モデルの三淵嘉子さんに近づけるというよりも、吉田さんのなかの「こういう主人公 だったらいいな」という部分を多分に盛り込んでいます。そしてやはり、伊藤沙莉さんが寅子を演じてくださることがとても大きいと感じます。伊藤さんを主演にと決めたのはまだ企画の初期段階で、物語の大きな流れについて考えているタイミングでした。なので寅子は、吉田さんから伊藤さんへの完全なる当て書きということになります。

寅子は「はて?」と言いながら、わりと物事をはっきり言う主人公ですが、「どこまで踏みこめるか」については、伊藤さんだから、ここまでできているのだと痛感します。「伊藤沙莉さんが演じる寅子がこの台詞を言う」ということをベースに、そこを信頼して、「視聴者のみなさんは受けとめてくださるだろう」と想像して作っているところがあります。

足を怪我したよね(写真中央、土居志央梨)を住み込み先のカフェへ送り届ける寅子(左、伊藤沙莉)と香淑(右、ハ・ヨンス)(C)NHK

──これまでの朝ドラで見たことのなかった表現としては、寅子の生理が、大学を4日休むほどに重いという描写(第11回)や、ソフトな表現ではありましたが、よねが弁護士を名乗る男から性被害にあったという描写(第13回)などがありました。この意図は?

吉田さんと私と、何人かのディレクターを含むチームで台本の打ち合せをするんですが、「こういう描写をしないほうがいいんじゃないか」とか、逆に「これは絶対に入れなきゃダメだ」という感じで議論になったりはしませんでした。「ごく自然に」というか。

吉田さんから「こういう流れでどうですか」という案が出て、「そうですよね」「そうなりますよね」と。ドラマのテーマとしても、台本の作りとしても、女性のキャリアを描く作品ですし、ディレクターのなかにはもちろん女性もいるので、「当然こういうことも描くだろう」という感じでした。

■「自分事」と思ってもらえる朝ドラになれたら

──尾野真千子さんがつとめる、本作のナレーションも特異です。1980年代あたりの朝ドラではナレーションが非常に多弁でしたが、ここ最近の朝ドラの潮流としては「野暮になるのでナレーションをなるべく控えめに」という傾向にありました。『虎に翼』はこの「朝ドラあるある」を「逆利用」したと言いますか、ものすごい量のナレーションで、「物語の回し」「解説」「説明」のほかに、寅子のモノローグまでも請け負ったりと、大忙しです。このナレーションの「立ち位置」はどこなのでしょうか。

「変幻自在なところにいる声」という感じでしょうか。憲法を読み上げたり、判例の説明をしたり、時代についての解説をしたり、時には寅子のモノローグとして心情を語ることもある。これもひとえに、尾野真千子さんだからこそ実現できたことだと思います。

裁判の話が入ってくるので、ただでさえ情報量が多いのですが、さらに情報を足している。でも、情報が多くても視聴者のみなさんにはちゃんと受け取っていただけるのではないか、と思っていまして。たしかに、初期の台本への意見として「ナレーション多すぎない?」という議論もあったのですが、これはこれで、ドラマのキャラクターとしていいんじゃないかな、という結論に至りました。

──第1回で家出を試みた寅子が、その理由として「梅丸少女歌劇団に入りたかった」と語り、前作『ブギウギ』(2023年後期)にまつわるキーワードが出てきて、朝ドラファンとしてはうれしかったのですが、これはどなたのアイデアなのでしょうか。

モデルの三淵さんが、とても歌劇がお好きだったという資料が残っていまして。「推し」のブロマイドもお持ちだったそうです。そんなこともあり、台本打ち合わせの時にスタッフから「『ブギウギ』とつなげるのはどうですか?」「あ、いいですね」と、アイデアが出てきました。

父・直言(岡部たかし)が贈賄の容疑で逮捕され、物語は新たな局面を迎える (C)NHK

──最後に、視聴者にメッセージをお願いします。

私はいつもドラマを制作する際、「現実と地続き」であることを意識して作っているところがあります。この作品をご覧になった視聴者のみなさんが、何か少しでも「自分事」として捉えられる部分があればうれしいです。フィクションであり、エンタテインメントではありますが、見ていただいた方にとって、ちょっと立ち止まって、世のなかについて考えるきっかけになれば、こんなに幸せなことはありません。

物語はまだ序盤、寅子の歩みは始まったばかりですが、これから寅子が弁護士となり、裁判官となるところまで、寅子と一緒に歩んでいただければ幸いです。

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