ヒューマン中村、「R-1」準優勝から10年…40歳で決意の上京
2013年準優勝を含め、6回もの『R-1グランプリ』決勝進出を誇る、至高のピン芸人・ヒューマン中村。ただ、2021年から設けられていた「出場資格10年目以下」の芸歴制限が撤廃され、久々のエントリーとなった2024年大会では、準決勝で涙を飲んだ。
そんなヒューマン中村が一念発起し、所属している大阪の「よしもと漫才劇場(通称:マンゲキ)を卒業、6月より活動拠点を東京へ移す。芸歴20年、40歳の挑戦は果たして吉と出るのか、それとも──。
取材・文/田辺ユウキ
■ 2024年の決勝で「奮い立った」
──6月から拠点を東京へ移されるこのタイミングで、ヒューマンさんにとって思い出深い場所である「味園ビル」(大阪市中央区)のテナントが年内で終了するとの報道がありました。
そうなんです、めちゃくちゃお世話になったので切ないです。(テナントの)「白鯨」は2011年、自分で会場を押さえて、お金も出しておこなった初単独の場所でしたし。その年『R-1』の決勝へ初めて行ったけど、もう次の『R-1』が迫っていて「ネタがない」と自分の中でいろいろ抱え込んでいたなかで単独を打ったんです。
そのときに、来てくださった25人くらいのお客さんを前にして「この人たちは自分の味方なんや」と息を吹きかえすことができました。あの日がなければ今の自分はいないので、ほんまに青春やったなって思います。
──ヒューマンさんは「道頓堀ZAZA HAOUSE」(大阪市中央区)でもライブをよく開催していらっしゃいました。「白鯨」も「ZAZA」もそれほど大きい会場ではありませんが、お客さんの顔がちゃんと見えるところ・・・という部分が共通している気がします。
ピンネタって密室芸みたいなところがあるので、「白鯨」や「ZAZA」のサイズがいちばん伝わりやすいんです。特に僕のネタは、あまり動いたり派手だったりしないので。100人までのキャパの会場が合っている気がします。
──なるほど。
フリップネタって、会場のキャパが大きくなるとフリップのサイズも大きくしなきゃいけない。でもフリップが大きすぎるとめくるときのリズムが狂っちゃうので、会場のサイズ感はかなり気になります。「NGK(なんばグランド花月)」や『R-1グランプリ2024』の準決勝の会場(有楽町朝日ホール)など大きい会場では、いつも使っているフリップは小さく見える。だからサイズを変えなきゃいけないですし。
──『R-1グランプリ2024』の準決勝では、「フリップを作り直したけど、それでも他の芸人のフリップネタを見ていたら、自分のものが小さく感じた」とおっしゃっていましたね。そもそも、久しぶりに出場した『R-1』に対して「距離を感じた」とコメントされていました。
2021年に芸歴制限が設けられて、自分はその対象から外れたときから「『R-1』に関してはもう現役じゃない」と油断していたところが正直あったんです。だから急に「また出られますよ」となっても、自分の中で整えられなかった部分がありました。だけど、ルシファー吉岡さんのように、急に出場資格が復活して決勝へ行って結果を残した方もいらっしゃるので、言い訳はできないです。
──あと、たとえばフリップネタもかつては紙芝居形式が主流だったけど、近年はモニターに映し出すなどいろいろ進化していますよね。
準決勝では紙のフリップネタをやりましたけど、たしかに「古いことをしてるな」という気持ちになりました。お客さんの空気もそんな感じだった気がします。そういう意味でもいろいろ食らうものがありましたね。あと、実は2024年大会でラストイヤーにしようと考えていたんです。でも決勝戦を観たとき「このなかに入りたい」と思えたんです。奮い立つものがありました。
──おっしゃるように芸歴制限がなくなったことで、自分でラストイヤーを定める必要性が出てきますね。
これが結構しんどくて・・・。じゃあ、優勝するまで一生出続けるのかとなるとそれはまた違う。賞レースのためにネタに力を注ぐのって結構、寿命を減らすんです。ずっとやり続けられるものではない。6月に東京へ行って新しい家に住むことになりますが、自分の中ではその家の更新時期まではやろうかなって。だから2年ですね、2026年までは『R-1』に向けて生きるつもりです。
■ 上京は「挑戦と自分にとっての終活・就活」
──ヒューマンさんが東京進出を考えたのはいつ頃なんですか。
2023年にマンゲキのメンバー6組が東京へ行ったときです。みんな実力者で、後輩ですけど尊敬できる芸人ばかりでした。あの人たちと同じ劇場でお笑いができていた状況がうれしかったんです。そのメンバーが東京へ行ったことで、「もっとあのメンバーとお笑いがやりたい」と思えて、勇気をもらえたんです。自分は『R-1』で準優勝した10年くらい前から「東京行きはどうだ」と言われていたけど、踏ん切りがつかずに大阪でやってきたので。
──なぜ踏ん切りがつかなかったんですか。
準優勝したときも劇場ではオーディション組でしたし、当時は大阪でやり切った感じがなかったんです。『R-1』の決勝へ行っても「今の大阪での環境があるからやれているんだ」と感じていて。環境を変えることで結果が出なくなることを恐れていました。
芸歴制限で出られなくなってからは、大阪でいろいろお仕事をいただけるようになり「大阪での仕事がもっと増えるかもしれないし、もうちょっといよう」と。だけどレギュラー番組をたくさんつかめなかったことなどもあり、「やっぱり芸人としてなにかを変えなあかん」となりました。ただ、NHKさんでナレーターのお仕事(ニュース きん5時)をずっといただいていたこともあり、そういう経験はもっと生かせるはずだと思って。2023年に「東京へ行こう」と。
──東京への憧れはもともとあったんですか。
全然ないですね(笑)。だけど今は漫才劇場のメンバーとして出番をいただいていますが、10年後を想像したとき、もう若手ではなくなっているからそこに自分の居場所はない。先のことを考えたとき、東京の方が仕事の広がりがまだまだあるんじゃないかって。
もともとコンビをやっていたけど解散してピン芸人になったとき、「とりあえず1年だけやって芸人を辞めよう」と思っていたら『R-1』の決勝へ行けて・・・。「じゃあもうちょっとやってみよう」がずっと続いてここまできたんです。その気持ちは今も変わっていません。だから東京には、芸人としての挑戦と、あと自分にとっての終活・就活がまじっています。もしかすると東京でずっとやっていくべき仕事がほかにも見つかるかもしれないですし。
──東京でもいろいろ模索するワケですね。
ひとつ言えるのは、自分はネタを追求するしかないこと。東京へ行くことでこれまでとは違ったアイデアが生まれるかもしれないし、あともっと一人コントを仕上げていきたい。そしてネタの単独ライブも、先ほどは「100人までのキャパの会場が合っている」と話しましたが、これからどんどん大きい会場でやれるようになりたい。
東京へ行っても何者にもなれない可能性はありますが、なにかを試さずに芸人を辞めることだけはしたくないです。なにより、こんな自分をテレビ、ラジオなどで使ってくださった大阪の関係者の方々に恩返ししたい。そのために東京でがんばりたいです。
◇
5月19日には所属する「よしもと漫才劇場」で単独ライブ『其々模様』を開催。開演は夜9時、当日2300円ほか。また31日には同劇場にて、Dr.ハインリッヒ、ロングコートダディ、ツートライブ、黒帯、カベポスター永見、フースーヤがヒューマンを取り囲み、東京へ送り出すライブ『マンゲキ芸人 取扱説明書』がおこなわれる。
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