1話につき200時間…坂東祐大『怪獣8号』音響へのこだわり
■ 意識したのは「なかなか地上波では流せない音」
──音楽的にはロックもあれば、ベース・ミュージックなどの鋭角的なダンス・ミュージック、現代音楽的な展開もみせるクラシックの要素も混在していて、かなりハイブリッドなものになってますが。
そうですね。アニメじゃないとなかなかここまで幅の広いことはできなかった気はしますね。毎回ここまで力を入れれるかと言われたらちょっと不安です(笑)。
──坂東さんのソロ作品としてこのアルバムが出てきたら、聴き手は仰天しますよね(笑)。
『怪獣8号』だからやってみたというか、遊ばせてもらった作品ですね。
──サウンド面で今回初めてやってみたことなどはありましたか?
そういう点では、世間的に僕はシンセとかまったく使わないイメージだったらしいんですけど、実はすごく好きで。今回のアルバムでは、プログラミングなどもほぼ自分でやっていますね。
──おー、シンセ類も坂東さんご自身がこなされていたとは意外でした。
なんか『大豆田とわ子と三人の元夫』の時にアコースティックな感じは頑張り切った感があったので、今回はやったことがないことをやってみたい、というのがあって。そこで『怪獣8号』の話をいただいたので、いろいろ振り切れたことができるなというのはありました。
──純粋に音楽作品として聴くと、例えが少し古いですけどエイフェックス・ツインがオーケストラなども取り入れた時期の音源や、かつて芸能山城組が手がけた『AKIRA』のサントラに通じる印象を受けたりしましたが、今作を作るうえで参照にした音楽作品などはありましたか?
これはいろんなところで言ってるんですけど、映画『ブラックパンサー』の音楽は通常のルドウィグ・ゴランソンが手がけているフィルムスコアのパートと、ケンドリック・ラマーたちが制作したコンセプチュアル・アルバムの2種類があって、その間をシームレスに行き来するんですよね。構造的な部分では、ああいうのを週間アニメでやりたかった。
サウンド面で言うと、ベタかもしれないけどトレント・レズナーとアッティカス・ロスが映画音楽でやっている、ロックの人がやっているアンビエントミュージックにビートがあるのかみたいな曲はかなり勉強しましたし、ジョニー・グリーンウッドがすごく攻めたギターとかを入れているような、ロックの人がやっている映像作品の音楽みたいなものはすごく好きです。曲調というよりは、トーンや音色かもしれないですけど。
──なるほど。トレント・レズナーやジョニー・グリーンウッドに通じるトーンというのは、よくわかります。ロックと言っても、全体的にオルタナ的な尖った音が特徴的ですし。
それをジャンプ作品でやったら面白いだろうなと思いました。エキセントリックなギターとか普段はそんなに使えないけど、「怪獣だから攻めれる!」みたいな。なので、岡田拓郎さんとかにすごく変なギターばかり演奏してもらって(笑)。クリームの泡立て器を使って演奏してもらったりもしたし、なかなか普通は地上波では流せない音を意識的に入れようとしていました。
──確かに。アニメのサントラ盤とかではなかったら収録を見送られそうな、かなりアヴァンギャルドな曲も紛れ込んでいますよね(笑)。
だから、サントラの皮を被った結構アヴァンギャルドな作品なんですよね(笑)。でも、それがやりたかったことですね。
■ ゴジラ音楽へのリスペクト、「低音とビート」がテーマ
──坂東さんが作る音楽は、『大豆田~』の時も現代ジャズやタンゴなどの要素の取り入れ方が素晴らしくて、最初は現代音楽の方だとは気付かずに聴いて惹かれていたんですが、今回の『怪獣8号』もロックやダンス・ミュージックの消化の仕方に違和感がないんですよね。
やっぱり伊福部さんの音楽をどこかしらで意識しなければいけない瞬間があって。でも、単純にゴジラのテーマをなぞっても仕方がないので、何なのかなーと考えてみると「低音とビート」だなと思ったんです。ビートがちゃんとカッコいいもので、低音がちゃんと鳴っていることが一番大事だということを最初に決めて、そこから考えていった感じですね。ロックだけじゃなく、ビート・ミュージックの人達とも一緒にやってみたのも、その方針があったからです。
──伊福部さんが作ったゴジラの音楽へのリスペクトとして「低音とビート」というテーマが根底にあったと。
低音がちゃんとカッコよく作れるかは、今回とても大事だったですね。そのためにモニタースピーカーを買い替えたりもして。
──クラシック~現代音楽畑の人がビート・ミュージックを取り入れた作品って、正直やや取って付けたようになることが多いんですが、『怪獣8号』は低音の鳴りも容赦ないですね(笑)。
やっぱり、その筋の人が聴いてもちゃんと納得できるものにはしたかったですね。ただ表面だけみたいなものはやりたくなかったし、ビート・ミュージック色の強い曲ではRISA TANIGUCHIさんと一緒にやらせてもらったのも、そういうところですね。
──このアルバムを聴くと、本編アニメの全12話も音響設備の優れたクラブやライブ・スペースでの爆音上映会などで改めて楽しみたくなってしまいますね。
今回はエンジニアの佐藤宏明さんが、本編だけでもスピーカーだけで5種類、数種類のヘッドホン、iPhone、Mac Book、家のテレビなどのあらゆる端末で聴いて、なるべく誤差がないようにMAでのマスタリングしてくれているので、1話につき200時間くらいかかっているんですよ。
──そこまでやるともう「音響アニメ」ですね・・・。
ホントに「低音音響アニメ」です(笑)。それで言うと、特に第6話とかがオーディオ・ドラマ化していて、映像ナシで聴いてもオーディオ・ドラマとして成り立っているレベルだと思います。僕も普通に何回も皿洗いとかしながら映像を観ないで聴いたりしていました。
◇
最後に少し補足しておくと、ダクソフォン奏者としてクレジットに名を連ねている内橋和久の演奏は、劇中に登場する「怪獣9号」の鳴き声などに使用されているとのこと。
ほかにも、チューバ奏者の橋本晋哉がマウスピースの部分にバリトン・サックス用のリードを付けて吹いた音を加工した音なども効果音として使われているとのことで、そこにもコントラバスの音を加工してゴジラの鳴き声を生み出した伊福部への現代的な手法でのリスペクトが感じられる。
また、音楽と効果の境目がないような作り方も、21年に公開された映画『DUNE 砂の惑星 PART-2』(音楽はハンス・ジマー)に代表されるような近年のSF映画における音楽の使い方のトレンドを踏まえたものとのことで、さまざまな観点から興味深いサントラ作品となっている。
『怪獣8号のテーマ』や劇中歌『Scream』など全64曲を収録した坂東祐大によるアニメ『怪獣8号』のオリジナル・サウンドトラックは6月26日発売。また6月29日の第12話「日比野カフカ」の放送でアニメ第1期の放送が終了したが、放送内にて「続編製作決定」が発表された。第1期は各種動画サービスで配信中。
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