まひろの燃え尽き症候群を救った、周明の存在【光る君へ】

2024.12.6 18:30

『光る君へ』第46回より。まひろ(吉高由里子)を見つめる周明(松下洸平)(C)NHK

(写真6枚)

吉高由里子主演で『源氏物語』の作者・紫式部(ドラマでの名前はまひろ)の人生を描く大河ドラマ『光る君へ』(NHK)。12月1日放送の第46回「刀伊の入寇」では、まひろが都を離れた本当の理由が、久々に再会した周明を通じて明かされることに。当時まだ日本ではめずらしかったと思われる「燃え尽き症候群」のリアルと、周明が再登場した意義について考えてみた。

■ まひろを励ます周明だったが…第46回あらすじ

越前滞在時に、まひろを脅迫した宋の薬師見習い・周明(松下洸平)と、大宰府で偶然再会したまひろ。周明はまひろに恨まれていると思っていたが、まひろは「もう20年もの年月が流れたのよ」と受け流した。周明は、藤原隆家(竜星涼)から藤原道長(柄本佑)の出家を聞かされて顔色を変えたまひろを見て、彼女の想い人が道長だったことを察する。そして松浦に向かうまひろを、船の出る船越まで送ることを申し出た。

『光る君へ』第46回より。道長(柄本佑)の出家を聞かされて顔色を変えるまひろ(吉高由里子)(C)NHK

道中で休んでいるとき、まひろは周明に、道長から書くことの喜びを与えられたものの、今は自分が終わってしまったように感じること。さらに「終わった」ということを認められないと告白。周明は「これから違う生き方だってできる。書くことはどこででもできる」と励ました。船越に到着すると、周明はまひろに「大宰府に戻ってきたら話したいことがある」と告げるが、そのとき異国の賊たちが船越を襲撃。まひろと周明、そして従者の乙丸(矢部太郎)は命からがら逃げ出すが、周明は胸に矢を受けて倒れてしまう・・・。

『光る君へ』第46回より。まさかのラストシーン (C)NHK

■ 砂浜を走るまひろ、解放された喜びと思いきや…

前回の第45回で旅に出て、宮仕えと道長との関係から解放されたぜキャッホー! と言わんばかりに砂浜を駆け抜けていたまひろ。これが自由をつかんだ喜びというものか・・・と思っていたら、脚本の大石静はブログで「まひろは都という鳥かごから飛び立ったとも言えますが、そんなさわやかな気持ちでもないと思うのです。その本音は46回で語られます」と気になる一文を記していた。その問題の第46回で語られたのは、もしかしたら日本の作家としては初なのでは? という「燃え尽き症候群」ともいえる心境だった。

15年もの月日をかけて書き上げた『源氏物語』。自分の経験と感性と教養のすべてを込め、周囲からも高い評価を得て、自分の想い人とその娘・彰子(見上愛)の幸せにも貢献した。しかしそれほど時間も内容も濃い仕事をしたら、それが終わったとたんに、仕事以外の人生が空っぽに思えたり、生きる張り合いが一気になくなる・・・という経験をしたことがある人は少なくないはず。しかし多くの人は「あ、これが燃え尽き症候群って奴か、なるほど」と納得して、少し気が軽くなったのではないだろうか。

『光る君へ』第46回より。まひろ(吉高由里子)の話を聞く周明(松下洸平)(C)NHK

だが、この言葉が生まれる前の人は「・・・この満たされない思いは一体なに?」と、自分の気持ちに決着を付けられず、不安を増長させたはず。しかも、当時としては前代未聞の大長編を書き上げた唯一の人間だから「その気持ち、わかるー」と同調してくれる人もいない。

そう考えると、まひろのあの海岸の疾走は、自由の喜びではなく「漠然とした不安」を振り払うためだったのかもしれない。短絡的に「うれしいんだねそうだろうね」と受け止めてしまった自分を反省したと同時に、その底なしの不安を周明に打ち明けるときの吉高由里子の表情も絶妙だった。

■ 自分を「藤式部」として見ない久々の存在・周明

そういった不安の解消は、現在だったら心理カウンセラーにでも相談するだろうが、その絶好の相手がまひろの前に現れた。そう、越前時代に国際ロマンス詐欺を仕掛けた周明だ。詐欺目的で近づいたものの、実際はまひろにフォーリンラブしちゃっていた周明。当時は宋人にも日本人にもなりきれない焦りから生まれる、頑なさが印象に残った。しかし大宰府で薬師&通時として重宝され、安定した居場所を見つけた今は、本来のやさしさを取り戻したのか、グッと相談しやすい空気感となっていた。

『光る君へ』第46回より。まひろ(吉高由里子)と再会し、笑顔を見せる周明(松下洸平)(C)NHK

またまひろにとっても、自分を「藤式部」として見ない他人に会うのは久々だったはず。道長は自分をまひろとして見てくれるが、今のむなしさの原因がほぼ道長くん由来とあっては、相談するわけにもいかない。そんなときに眼の前に現れた、自分のことをほぼ肯定してくれて、大作家先生という色眼鏡で見ることもなく、そして「俺のことを小説にしたら?」とかすっとぼけたことを言ってくる男性は、この重苦しい胸の内をひけらかすのにピッタリの存在だったのだろう。

大宰府で周明が再登場するというのは、割と多くの視聴者が予想(願望とも言えるが)していたが、作家としても人間としても空っぽになったまひろの器に、再び水を流し入れるような存在になるとは。直秀(毎熊克哉)が、当時の虐げられた庶民の姿を代表する存在だったとしたら、周明はまったく知らない土地からやってきて、まひろの想像もしていなかった扉を開いていく水先案内人として描かれたキャラクターだったのかもしれない。

『光る君へ』第46回より。まさかのラストシーン (C)NHK

だからその周明が、ラストで凶弾ならぬ凶矢に倒れるのは、単に主人公が好意を持ってる男性が死んじゃう! というショックだけでなく、再び開きかけたまひろの新しい世界が、無惨に閉ざされてしまうのか? という絶望もある。来週は周明の生死の行方だけでなく、道長の妻・倫子(黒木華)が、道長の想い人がまひろだったことに、とっくに気づいていたと言わんばかりの予告の言葉が、非常に気になるところ。どうやらまひろの残りの人生、吉高由里子がXなどで予告している通り、まだまだ波乱がありそうだ。

『光る君へ』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。12月8日放送の第47回「哀しくとも」では、「刀伊の入寇」の対応について朝廷の意見が激しく分かれる一方、大宰府から戻ったまひろと道長の再会が描かれる。

文/吉永美和子

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