ナベベが笑った!おむすび、復興への思いとギャルマインド
連続テレビ小説『おむすび』(NHK総合ほか)2024年内最後の週となる第13週の週タイトルは、「幸せって何なん?」。結(橋本環奈)と、野球の道を閉ざされて自暴自棄になる翔也(佐野勇斗)のカップルの仲が危機に瀕している。そんななか歩(仲里依紗)がL.A.から帰ってきて、結と翔也に援護射撃をしそうな雰囲気だ。
ところで12月25日に放送された第63回では、渡辺(緒形直人)のちょっとした変貌ぶりが目を引いた。歩が渡辺に「普通の靴をギャル靴にカスタムする」という仕事を託して渡米してからおよそ2年。渡辺の確かな仕事ぶりがギャルたちの評判を呼び、今や渡辺靴店はギャル靴で人気の店となっていた。
かつて娘の真紀(大島美優)が憧れていたギャルの「好きなことへのこだわりの強さ」に共感し、彼女たちから力をもらって、渡辺が屈託なく笑う。渡辺はギャルたちからは「ナベベ」の愛称で親しまれ、本人はまんざらでもない様子だ。
■ 「ナベベ」の笑顔は歩にとって「驚き」ではなく「おかえり」
こんなにも多幸感にあふれる日常が渡辺に訪れるとは。この作劇について制作統括の宇佐川隆史さんに訊くと、「『いつの間にこんなに明るく?』という感想を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが」と前置きしたうえで、こう続ける。
「真紀も、そして妻もまだ生きていた頃の渡辺のことは、ドラマの中では描いていませんでしたけれど、『さくら商店街』で暮らしたみんなは知っている。妻と娘を立て続けに亡くした後は心を閉ざし、頑固な堅物になっていましたが、はじめから頑なな態度だったわけではありません。ましてや歩と真紀は、物心つくかどうかの頃からの幼なじみ。おそらく愛子(麻生久美子)と真紀の母も、仲の良いママ友だったのではないかと想像できます。家族ぐるみでの長い付きあいだからこそ、63回の渡辺の様子を見た歩は『驚き』というより、本来の渡辺に戻ったことへの『おかえり』という思いがあるのだと思います」
■ 神戸の靴産業の復興のきっかけとなったエピソードを参考に
さらに、渡辺という人物に託した思いがもうひとつあるのだという。宇佐川さんは、「もともと神戸は靴産業がさかんな都市です。長田区には、当時流行していた『アムラー』が履く厚底ブーツを作る腕利きの職人さんが営む靴屋さんがあり、震災の後、厚底靴の大量発注を受けて店を立て直したのだそうです。それをきっかけのひとつとして神戸の靴産業が活気を取り戻したという逸話を、渡辺の造形とエピソードを作る際に参考にしました。第63回で渡辺が見せた笑顔には、そうした神戸の復興の歴史への思いを託しています」と語った。
■ 今あらためて「ギャル」というテーマについて振りかえる
折り返し地点をむかえる『おむすび』をここまで見てきて、「ギャルの掟・三箇条」に集約される「ギャルマインド」が実はこの物語の根幹を担っているということに改めて気づかされる。震災のトラウマに苦しんだ結や歩や渡辺、そして『さくら通り商店街』の人々の「心の復興」を通じて、「好きなことを貫いて、今を思い切り楽しむ」というギャルマインドが、そのままこのドラマが訴える幸福論として浮かびあがってくる。
これについて宇佐川さんは、「ギャルという題材は、朝ドラにとって一見異質だったかもしれません。けれど私たちは決してファッションとして、上部だけでギャルを扱いたくなかった。私たちが取材でお話を伺ったギャルの皆さんへのリスペクトを、ドラマをご覧になった皆さんにも感じていただければ、という気持ちで作っていますし、それは『不寛容から寛容へ』という願いでもあります。ギャルマインドを物語の中心に据えることで『相手を属性や見た目で判断しない』『相手にも、自分にも心があるのだ』という、ものすごく当たり前ことを、きちんと描いていこうと思いました」と振りかえる。
■ 「どうすれば幸せに生きられるか」という普遍的なテーマ
また、ここまで「ギャルマインド」が物語に深く関わるという基本発想が最初からあったのかとたずねてみた。
宇佐川さんは、「『平成を舞台に、ギャルを扱う』という土台が決まった頃、私たちはギャルについて理解する『旅』に出るような心持ちでした。ギャルには『何かある』。『それが何なのか、かわかるまでとことん知ろう』と覚悟を決めて取材を進めるなかで、『どうすれば幸せに生きられるか』という、とても普遍的なテーマにたどりつきました。脚本家の根本ノンジさんも、こうした普遍的なものを伝えたいという思いがありましたので、そこから『今を思いきり楽しんで生きる』『自分の「好き」を貫く』というギャルマインドが、結と歩から周囲の人々に伝播していく、というストーリーが固まっていきました」とコメントした。
年内の放送はあと2回。はたして週タイトル「幸せって何なん?」の答えを、結と翔也はどこに見つけるのだろうか。
取材・文/佐野華英
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