歩とナベさん、涙と笑顔の再出発!あの台詞が生まれた理由

5時間前

『おむすび』第85回より。笑顔でギャルピースする孝雄(緒形直人)(C)NHK

(写真3枚)

連続テレビ小説『おむすび』(NHK総合ほか)、今週は第17週「Restart」が放送され、震災で真紀(大島美優)を喪い心に傷を負った者どうし、歩(仲里依紗)と孝雄(緒形直人)の再出発が描かれた。

孝雄が経営する「渡辺靴店」を含む「さくら通り商店街」の一角を取り壊して、ショッピングセンターを建設する計画が持ち上がった。孝雄は、この家を壊したら亡き娘・真紀の思い出まで消えてしまうと抵抗。しかし一方で、仕事の忙しさにかまけて真紀の月命日を忘れるようになっていた。さらに、真紀の声も忘れ始めていると、自分を責める孝雄。

そして、孝雄を気遣う歩もまた親友である真紀のことを忘れてきていると、自責の念に駆られる。そんな歩に向かって、82回で愛子が言った台詞にハッとさせられた。

「忘れるってそんなに悪いことじゃないと思うけど。だって、そのぶん自分が前に進めてるってことでしょ?」

愛子の言葉と、歩が探し出した真紀の声が入ったカセットテープをきっかけに、歩と孝雄は再び前を向く。孝雄は老朽化した自宅兼店舗を売却し、東京で心機一転、靴職人として新たなスタートを切ることを決めた。歩は「ギャルの力で日本を元気にする」と奮起する。旅立ちの日、孝雄は真紀の墓前で「あんたはあんたの人生を歩め」「ギャルやったら笑わんかい」と歩を励ました。

震災で受けた心の傷は、簡単なことではない。一歩進んで二歩下がり、繰りかえし描かれた歩と孝雄の葛藤と、未来への希望について、制作統括の宇佐川隆史さん、真鍋斎さん、第17週の演出を担当した盆子原誠さんに訊いた。

■ 太極軒のマスターを演じる堀内正美の言葉から生まれたセリフ

歩と孝雄が新たな一歩を踏み出すきっかけのひとつとなった「忘れるってそんなに悪いことじゃない」という愛子の台詞は、どのようにして生まれたのだろうか。盆子原さんはこう語る。

「太極軒のマスター・明石太一を演じる堀内正美さんはご自身も阪神・淡路大震災で被災しながら、NPO法人阪神淡路大震災『1.17希望の灯り』の代表として、さまざまな被災者支援活動をおこなわれてきました。堀内さんが、ご自身と交流のある被災者の方にかけた言葉がこの台詞の元になっています。

その方はご家族を震災で亡くされ、月命日には必ず残された家族でいっしょに食事をすると決めていたのに、忙しくて忘れてしまったことがあり、とても悔やまれていたといいます。そこで堀内さんは、『忘れるっていうことは、傷が回復してるということ。亡くなった方を悼む気持ちももちろん大切だけれど、自分たちが日常に一歩近づいて暮らせるようになったということだと思う」と言葉をかけたそうです。僕がそのことを脚本家の根本ノンジさんにお話ししたところ、出てきたのが愛子のあの台詞でした」

『おむすび』第82回より。母・愛子(写真右、麻生久美子)と話す歩(左、仲里依紗)(C)NHK

■ 年月が経っても傷は癒えない。その気持ちにだけは嘘をつかないように

長く描かれてきた孝雄の苦悩について、盆子原さんは「神戸の東遊園地で毎年おこなわれている『1.17のつどい』に何度か参加させていただいたのですが、30年が経った今でも、涙ながらに思いを吐露される方々を目の当たりにして、衝撃を受けました。30年経ったとて、心の傷は癒えるものではない。誰かが『元気を出せ』みたいなことを簡単に言えるものではないし、完全に前向きになられている方なんて、おそらくほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。

きっと東日本大震災の被災者も、能登半島地震の被災者もそうだと思うのです。その気持ちにだけは嘘をつかないようにと、ドラマを作ってきたつもりです。孝雄を演じる緒形直人さんにも、そのようなお話をしたら、『そうだよね』と。とても大事に孝雄を演じていただきました」と思いを述べる。

■ 描きたかったのは「人間が本来持っている強さ」

また宇佐川さんは、「16・17週での孝雄と歩の再出発を通じて、人間の根源的な生命力のようなものを強く感じていただけるのではないかと思います。生きている限り苦しみは尽きないけれど、その一方で人間が本来持っている強さ──心理学用語で『レジリエンス』(困難や脅威に直面したときに発揮される自発的治癒力)というのですが、そういった私たちが本来持っている力強さを表現できたのではないかと思っております」と、神戸の人々にスポットの当たった2週について振りかえった。

さらに真鍋さんは、「世の中、特に現代は、辛いことが多いです。だからといって生きるのをやめるわけにはいかない。そういうなかで人はどのように堪えて、いかに生きていくのかということを、このドラマ全編を通して描いています。そうした部分を、緒形直人さんは孝雄という人を通じて本当によく体現していただいていると感じます」と、緒形の演技を絶賛した。

悲しみを胸に抱きながらも、「誰かが誰かのために灯す」思いが響き合って、少しずつ前に進み出した『おむすび』の世界の住人たち。彼らの新たな物語を見届けたい。

取材・文/佐野華英

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