大河ドラマ史に残る、忘八に向けた蔦重の叫び【べらぼう】

2025.2.20 21:00

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第7回より。吉原の親父たちに吉原への想いを語る重三郎(横浜流星)(C)NHK

(写真5枚)

横浜流星主演で、数多くの浮世絵や小説を世に送り出したメディア王・蔦屋重三郎の、波乱万丈の生涯を描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)。2月16日放送の第7回「好機到来『籬(まがき)の花』」では、細見の販売を妨害されそうになった重三郎が、吉原の人々を必死に説得。重三郎の魂の叫びを体現した横浜の演技に称賛が集まった。

■ 蔦重の参入を阻む地本問屋たち…第7回あらすじ

鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)が偽本の罪で投獄されたため、重三郎は地本問屋の集会に顔を出し、鱗形屋に変わって「吉原細見」を作るので、仲間に入れてほしいと申し出た。重三郎は「今までの倍売れる細見を作る」と宣言し、それを聞いた鶴屋喜右衛門(風間俊介)は、そんなことはできるわけがないと踏んだうえで、その約束を聞き入れる。しかし鱗形屋の後釜を狙う西村屋与八(西村まさ彦)は、独自の細見を作ろうとしていた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第7回より。地本問屋の会合に集まる鶴屋(写真中央、風間俊介)たち(C)NHK

西村屋は細見作りの経験を持つ小泉忠五郎(芹澤興人)を改に迎え、重三郎の細見を買い入れた女郎屋は「雛形若菜」に掲載しないと、主人たちに脅しをかけた。それを聞いた重三郎は、女郎たちの血と涙がにじんだ金を預かるなら、女郎に客が群がり、江戸で一番の女だと思わせるような細見を作るべきで、そのためには金儲けのことしか考えない連中とは手を切り、吉原自前の板元を持たねばならないと、共闘を訴えるのだった・・・。

■ 人のために動く蔦重、大河ドラマ史に残る「魂の演説」

主演の横浜流星のインタビューを見ていると、蔦重について「人のために行動する人物」というようなコメントを、必ずといっていいほど寄せていることに気づく。「蔦屋重三郎」という、いろんな偉業は残っているけど本人については謎の多いキャラクター(その辺り、前回の大河『光る君へ』の紫式部に通じるものを感じる)を演じるうえで、大きな拠り所にしている幹のようなものなのだろう。そしてそれを実感したのが、この第7回で重三郎の演説だった。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第7回より。競合する吉原細見の出版を目論む、小泉忠五郎(写真左、芹澤興人)と西村屋(西村まさ彦)(C)NHK

当時でも「悪所」と思われ、そこで働く人間は男も女も卑しい者と見られていたが、一方でいろんな面で金になる場所でもあった吉原。出版業界にとっても、女郎をリストアップしておけば十分なガイド本、人気者を描いておけばいいグラビアやブロマイド(錦絵)などで、比較的楽して儲けやすい場所だったわけだ。西村屋の「中身はこの程度でいい」という台詞が示すように、そこには吉原や女郎たちへのリスペクトなどない・・・ということを、蔦重は本を作りながら感じるようになっていたのではないだろうか。

そうして生まれたのが「女郎の血と涙がにじんだその金で作る絵なら、本なら、細見なら、女郎に客が群がるようにしてやりてえじゃねえっすか! それが女の股で飯食ってる、腐れ外道の忘八のたった一つの心意気なんじゃねえっすか」という、このドラマの・・・いや、大河史上にも残りそうな名演説だった。自分の利益より街の活性化を優先する、「人のために行動する」という蔦重スピリット。彼が将来江戸のメディア王となるには、アイデアの豊かさだけではなく、この心意気こそが最大の武器になるのだろうということを、予測させる瞬間だった。

■ 蔦重が投じた、すべての職業に通ずる問い

重三郎の熱い言葉は、いつもいつも「女郎のためとか考えてねえわー」と振る舞って、ときどき腹が立つ吉原の主人たちをも動かした。その一人である松葉屋半左衛門(正名僕蔵)が女房・いね(水野美紀)に、蔦重の言葉に「グッと来た」という話をし、その結果いねが「名跡の襲名があれば細見が売れる」という突破口を開いたのだから、まさに必死の説得が導いた勝利だ。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第7回より。重三郎のために、売れる吉原細見のアイデアを考える松葉屋の女将・いね(水野美紀)(C)NHK

そしてこの「人のために行動する」というのは、本作が投げかける大きな問題提起の一つのように思う。今やっているその行動は、本当にそこで生きている人たちにとって必要なものとなっていますか? 自分の欲とか自尊心を満たすことだけを考えてしまっていませんか? というのは、今回描かれているメディアの世界だけでなく、いろんな職業にも通じる問いかけのように思えるし、この機会に立ち止まって考えておきたいことかもしれない。

■ 悪い顔の風間俊介…蔦重は既得権益を壊せるか?

この重三郎と対照的なのが、まさに吉原を金づる扱いしている鱗形屋や西村屋のような板元なわけだけど、ここでちょっと気になるのが風間俊介演じる鶴屋喜右衛門の立ち位置だ。前出の2人のように、吉原から直接利権を得ていない以上、彼にとって重三郎は金銭的な脅威ではない。ではなぜ彼は、重三郎の板元参入を拒むのか? これについては、風間がインタビューで「本を広めるために必要な『地本問屋の結束』を、よそ者が乱すことは許さないという信念を持っている」と語っている。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第7回より。重三郎の地本問屋への参入を快く思わない鶴屋(風間俊介)(C)NHK

これは要するに、現在巷でよく言われる「既得権益」というものか。西村屋には「吉原の人間が作る吉原のためのガイド本」で往復ビンタができたが、鶴屋は「新参者」という時点でもう拒否反応が出ているわけだから、これは重三郎が「地本問屋の皆様のため」と言って動いても、なかなか受け入れてくれそうにない。むしろ「悪所」の人間がしゃしゃり出ることに嫌悪感をいだくのではないか、という予感がする。重三郎は既得権益を上手く壊せるのか、それとも新しい権益の道を見出すのか。どちらにせよ、次回は重三郎を恨む鱗形屋が復活することもあり、かなり厳しい道になるのは必至だ。

大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。2月23日放送の第8回「逆襲の『金々先生』」では、鱗形屋が『金々先生栄花夢』を発刊して復活を遂げる一方、瀬川となった花の井の元に鳥山検校(市原隼人)が訪れるところが描かれる。

文/吉永美和子

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