朝ドラ16作を担当した美術スタッフが語る、「小道具」の秘密

『おむすび』美術チーフの西村薫さん
物語も最終盤に入った連続テレビ小説『おむすび』(NHK総合ほか)の「糸島の家」「ヘアサロンヨネダ」のセットと小道具が、3月9日まで「NHK大阪放送局」(大阪市中央区)にて一般公開されている。
これにちなんで、朝ドラ16作品の美術に携わり、現在『おむすび』の美術チーフをつとめる西村薫さんにインタビュー。朝ドラファンにはおなじみ、たびたび再登場する「あの小道具」や「朝ドラ美術の秘密」について訊いた(取材・文/佐野華英)。
→【後編】朝ドラのセット作り裏側、異例の「2階建て」と「鏡」の苦労
■ 初めて担当した朝ドラは『すずらん』。北海道で凍死しそうな毎日
──西村さんが携わったいちばん最初の朝ドラはどの作品ですか?
朝ドラは『すずらん』(1999年前期)からですね。あの時はまだ3番手ぐらいだったので、図面をバリバリ引いたりはしてないですけど。朝ドラは制作がスタートするとまず舞台となる土地を下見に行くんですが、僕は初めての朝ドラでいきなり冬の北海道に連れていかれて、凍死しそうな寒さに毎日接するところから始まりました(笑)。
それ以来ニュースや歌番組もやりましたが、朝ドラには16作品関わって、今ではほぼ「ドラマ系美術デザイナー」みたいになってます。

■ 台本を読み込み、「裏設定」を考えて道具を用意するのが仕事
──下見に行ったあと、美術の制作はどのような流れで進んでいくのでしょうか。
『おむすび』で言うとまず糸島に下見に行って、帰ったらセットとロケを振り分けて、セットのデザインを始めたりロケで何をするかを決めます。通常朝ドラは数人のデザイナーで担当しますが、序盤は人がいなかったので糸島と神戸の商店街などは僕がやりました。
演出と打ち合わせしつつ平面図プランを固めて、おおかたの方向性が決まったら、細部のデザインをします。たとえば壁のデザインだとか入り口だとか、その部屋に置くものとか。

まず大道具、その次に小道具や造園という順番ですね。看板や細かい店の飾りなどは途中合流した若手のデザイナーに任せたりしています。ドラマの場合は一人で全部やるより、複数の人間がさまざまなイメージを持ち寄ったほうが良くなります。美術チーフである僕の主な仕事としては、イメージを固める、図面を描く、イメージを伝えてそれぞれのセクションが出してきた細部のデザインをチェックするという流れです。
打ち合わせでは、台本を読み込んで、なおかつ台本に書かれていること以外の「裏設定」も考えながら「この家はどんな雰囲気か」「僕はこういうイメージを持ってるよ」という話をします。たとえば「居間にテレビがある」→「昭和後期の家ならテレビの下にビデオデッキが置いてあるだろう」というふうに想像しながら、細部を埋めていきます。
■ いろんな朝ドラに登場した「まんぷくヌードル」と「ドウカウヰスキー」
──大道具や小道具、造園などは局内の美術スタッフさんが作るんですか?
台本上、芝居に絡むものは基本的に美術スタッフがデザインして、担当の業者さんに発注しています。ただし、ここにある「Oni Chop」「BUSHIDO COLA」(共に『カムカムエヴリバディ』『舞いあがれ!』『おむすび』に登場)、「ゲンカイMAX」(『舞いあがれ!』『おむすび』に登場)のように、テーマになるもの以外の小道具は、スタッフが考えてプリンターで出力した「パッケージ」を瓶や缶に貼り付けて作ることもあります。

──「テーマになるもの」というと?
『マッサン』(2014年後期)に登場した「ドウカウヰスキー」とか、『まんぷく』(2018年後期)の「まんぷくラーメン」「まんぷくヌードル」など、作品の主題となるものですね。こういうものは演出の意向も聞きながら詰めていきますが、演出が何人もいる朝ドラの場合、その調整に苦労することは結構あります。
■ 実は「狙って置いてる」わけじゃない!?
──「まんぷくヌードル」や「ドウカウヰスキー」に関しては、もはや朝ドラファンの間では「おなじみの小道具」として認識されていて、視聴者が画面の隅に見つけたりするとSNSで話題になりますね。「ドウカウヰスキー」はスナックひみこのボトルキープの棚に、「まんぷくヌードル」は佳純(平祐奈)が赴いた気仙沼の避難所に置いてありました。
視聴者の皆さんに喜んでいただけるのはとても嬉しいのですが、だいたいのケースでは狙って置いているわけじゃないんですよ。予算も限られているので、すでにあるものを工夫して有効利用していこうという理由がほとんど。「あの作品で作ったあれが、このシーンには合うんじゃないか」というようにはめ込んでいくんです。

──『おむすび』に登場した「お好み焼き うめづ」の置き看板(『舞いあがれ!』で初登場)や「ヤングのグ」の置き看板(『スカーレット』で初登場)なども朝ドラマニアの間で話題になっていました。
置き看板に関しては「商店街によくあるものだし」という理由で置いているだけだったりします(笑)。「あるものを有効利用」と言えば、『おむすび』の「さくら通り商店街」の入り口アーチも、『カムカムエヴリバディ』(2021年後期)の「あかね通り商店街」のアーチで使った骨組みを再利用して、看板だけ付け替えています。「ありもの」を上手く使って、無駄に予算をかけないのもドラマ美術デザイナーの仕事だと思います。


ただ、僕はあまり細かいことは言わないタイプなので、自分たちと同じように台本を読み込んでいるスタッフの自主性と判断にある程度任せています。だから、個々のスタッフの遊び心みたいなところは大いにあると思いますね。『おむすび』の神戸の米田家の隣の家の表札が「大月」(『カムカムエヴリバディ』で初登場)だったりするのは「遊び」の部分かもしれません。

──「まんぷくヌードル」が被災地に届いているというのは、物語性もあって感動的でした。
インスタントラーメンといえば、汎用素材みたいに使っているものもあるんです。『おむすび』にも『舞いあがれ!』(2023年後期)にも登場している「タマちゃんラーメン」は僕が以前の番組でデザインしたパッケージ。ほかに汎用的に使っているものでは、僕のデザインではありませんが「COSMOビール」も。『おむすび』のほか、古くは『ふたりっ子』(1996年後期)の時代から、さまざまな朝ドラで使われています。

◇
『おむすび』セット公開は3月9日まで開催され、制作スタッフのミニ講演会もおこなわれる。午前10時から午後5時まで、入場は無料。

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