蔦重にもつながる、芸能と検校の意外な関係とは【べらぼう】

2025.3.21 18:30

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第11回より。鳥山検校(市川隼人)の手を頬に寄せる瀬以(小芝風花)(C)NHK

(写真5枚)

江戸時代のポップカルチャーを牽引した天才プロデューサー・蔦屋重三郎の劇的な人生を、横浜流星主演で描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)。3月16日放送の第11回「富本、仁義の馬面」では、実は非常にしいたげられていた役者たちの状況と、検校と芸能のつながりが描かれた。また「富本節」という、今ではレアな浄瑠璃についても触れられていた。

■ 役者の襲名を鳥山検校に依頼する蔦重…第11回あらすじ

吉原を誰もが憧れる場所にする一歩として、重三郎は当代随一の浄瑠璃の人気太夫・富本午之助(寛一郎)の直伝の正本(公式パンフレット)を作ることを思いつく。しかし商売敵の鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)も、同じことを目論んでいた。そこに大文字屋市兵衛(伊藤淳史)が、いろんな妨害に遭って「富本豊前太夫」の名を継げないでいる午之助の襲名を実現させれば、説得することができると重三郎に教える。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第11回より。終演後に午之助を出待ちして、吉原の祭りへの出演を直談判する蔦重たち。写真左から、蔦重(横浜流星)、りつ(安達祐実)、次郎兵衛(中村蒼)(C)NHK

そこで浄瑠璃の元締「当道座」を仕切る鳥山検校(市原隼人)の元を訪れた重三郎は、一度午之助の富本節を聞いてほしいと検校に訴える。検校の妻となった「瀬川」改め瀬以(小芝風花)の口添えもあり、太夫の浄瑠璃を聞いた検校は「富本豊前太夫」襲名を認める。重三郎の働きかけに感謝した午之助は、市中で売り出されないことを承知で、重三郎の元で「直伝」を出すことを約束するのだった。

■ 江戸時代の闇を描く…地位が低かった役者たち

今回の『べらぼう』を観て、視聴者がもっともショックを受けたのは、江戸時代の役者は吉原の出入り禁止なほど、地位が低かったという現実だったと思う。ドラマのなかでりつ(安達祐実)や次郎兵衛(中村蒼)が解説していたが、当時の役者は身分の外・・・現代の感覚で言えば、ほぼ動物扱いといえる。そんななかで、多くの人たちに愛されるペットのような存在となるか、石を投げられる野良のような存在となるか。現代とは比べ物にならぬほど厳しく、よっぽど芸への愛着と覚悟がなければ飛び込めない世界だっただろう。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第11回より。富本節の浄瑠璃を語る人気太夫・富本午之助(写真中央、寛一郎)(C)NHK

そんなわけで、江戸時代から始まって現在までつづいている歌舞伎の名跡は、どれだけ先人たちが理不尽な境遇を耐え抜いて芸を磨き、さまざまな工夫をこらして庶民たちの感心を引きつづけた結果、現在に至っているのか・・・ということを自然と考えた。そして今回出てきた二代目市川門之助(濱尾ノリタカ)も、実は現在八代目が活躍中だ。とはいえ二代目の直系ではなく、いったん途切れながらも「門之助にふさわしい」と認められた役者が受け継ぐというリレーがつづいた結果となっている。先日の八代目のブログには、二代目の登場を喜んでいる記述があったのが微笑ましかった。

そして富本午之助が語る「富本節」だが、これは浄瑠璃の流派の一つ。ドラマでも寛一郎が見事に再現していたが、柔らかくて艶っぽい語り口が特徴で、特に女性で学ぶ人が多かったという。しかし富本節から派生した、よりエモーショナルな語り口の「清元節」の方に人気が移り、残念ながらこのあとは廃れていってしまう。実際現在の歌舞伎や文楽でかかる作品も、清元節と違って富本節が使われたものはほぼ観られないし「富本豊前太夫」の名前も十一代を最後に途絶えている。とはいえ、YouTubeにはわずかながら富本節の動画が上がっているので、気になったら検索してみて。

■ 歴史の本では気づかなかった、意外なつながり

さてそんな浄瑠璃の世界を仕切っているのが、鳥山検校というのはちょっと意外なつながりに思えたかもしれない。しかし浄瑠璃の起源をさかのぼると、盲人たちに行き当たる。平安時代初期、仏教行事の際に盲目の僧が琵琶を演奏することが慣習となり、鎌倉時代に琵琶法師が語る『平家物語』が大ヒットすると、一気に庶民にも浸透。やがて琵琶が三味線となり、盲人以外も参入するようになり、さらに近松門左衛門作の人形浄瑠璃がブームになると、そこからいろんな流派が生まれるようになる。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第11回より。鳥山検校の屋敷を訪れた蔦重たちを出迎える瀬以。写真左から、蔦重(横浜流星)、瀬以(小芝風花)、大文字屋市兵衛(伊藤淳史)(C)NHK

・・・という風に広がりを見せても、その浄瑠璃界の中心となるのは、依然として盲人たちだった。これは以前にもコラムで触れたけど、中世から存在していた盲人たちの自治組織「当道座」は、江戸時代になるとさまざまな特権を受けるようになる。そのなかには、もともとは盲人たちの文化だった浄瑠璃も当然含まれており、当道座のなかでもトップの地位にある「検校」が、太夫の襲名に影響力を持っているのはそういうことなのだ。

『べらぼう』を見ていると、歴史の本を読むだけではつながりが見えなかった人物たちに、実はこんな意外な接点があったのでは・・・という、ノンフィクションのようなフィクションにしばしば驚かされる。今回も、重三郎がここから浄瑠璃の正本で板元として力を付けていく過程と、鳥山検校と瀬以をめぐる三角関係がこんなにドラマティックに重なっていくことに感心しきりだ。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第11回より。蔦重を見つめる瀬以(小芝風花)(C)NHK

しかし、視力以外のあらゆる感覚の鋭さがケタ外れな(だからこそ、検校まで上りつめることができたのかも)鳥山検校だけに、重三郎と瀬以の楽しげな会話や、重三郎と会ったあとの瀬以の脈の早さで、もうこの2人がただならぬ関係であることはほぼほぼ察知したのではないかと思う。三味線を弾く鳥山検校の、光と影がくっきり分かれた姿が、瀬以への慈しみ(光)と嫉妬(影)をはらんだ、彼の分裂した心を表すようだった。どうかこのあと、検校がDVに走ることがありませんように・・・と祈るばかりだ。

大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。3月23日放送の第12回「俄(にわか)なる『明月余情』」では、俄の祭で吉原が2つに分かれて争う一方、重三郎が謎の戯作者「朋誠堂喜三二」との対面を果たすところが描かれる。

文/吉永美和子

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