「地味なヒロイン」米田結を主人公にしたのはなぜか【後編】

港で涙を流す結(橋本環奈)(C)NHK
連続テレビ小説『おむすび』(NHK総合ほか)がいよいよ最終回をむかえる。その直前、制作統括・宇佐川隆史さんに独占インタビュー。物語に託した思いを語ってもらった。前後編の後編(取材・文/佐野華英)。
【前編】はこちら→「おむすび」最終回直前、制作統括に独占インタビュー
■ 橋本環奈の「人としてのブレない強さ」を見てみたかった
──主人公・米田結として橋本環奈さんを起用した理由を、あらためてお聞かせください。
今でも覚えているのですが、2022年の12月30日に根本ノンジさんが「1月17日が『おむすびの日』であることにちなんで、タイトルは『おむすび』。主人公の名前は米田結、というのはどうか」という提案をされて、決定したんです。その翌日のことでした。自宅で『紅白歌合戦』を観ていたときに、司会を務める橋本環奈さんの姿に目を奪われました。
いろんな歌手の方々が出演されるなか、司会の橋本さんは出演者を引き立てて、決して自分が前に出るわけではないのに、輝いていた。しかも自然体で。
──大舞台においても「自然体」でいられるのって、肝が据わっていないとできないことですよね。
そういう橋本さんの人間力と力強さに圧倒されました。この人カッコいいな、尊敬できるなと。スターとしてというよりも、「ひとりの人」としてです。
『おむすび』の主人公・結は、何か特殊な能力を持つスーパースターではなく、普通の女性です。震災という困難を経て、周りの人たちと支えあいながら、人として強くなって、輝いていく。そんな結のキャラクターが、紅白の司会で橋本さんが見せた「すべてを受け止めながら、着実に前へ進んでいく」という姿に重なりました。
──それですぐにオファーをかけたと。
これまで橋本さんは、漫画原作の映像作品などで演じてこられた個性的でキャラの強い役が印象的でしたが、「普通の人」の役は珍しい。しかも20年にわたる「ひとりの人生」を演じる。これは新しい挑戦になるのではないかと。橋本さんが本来持つ「人としてのブレない強さ」を出したお芝居を見てみたいと思いました。

■ ドラマの賛否両論を予見していた橋本環奈
──昨年9月におこなわれた、ヒロインのバトンタッチセレモニーでの囲み取材で宇佐川さんがおっしゃっていた「うちの座長は『漢』です」という言葉が印象的でした。なんでも、橋本さんが最初に台本に目を通したとき、「これは賛否が分かれるかもしれない」と予測されていたとか。
橋本さんは「いろんなチャレンジがされているから、みんなが賛辞を送ってくれるわけじゃないだろうし、ハレーションを生むかもしれない。でも私はこの挑戦にやりがいを感じるし、スタッフの皆さんといっしょに新しいものを作っていきたいです」とおっしゃっいました。それを聞いたとき、「この人はすべてを背負ってこの場に来てくれている」と心から感動しましたね。
震災を経験した主人公というのは、とてつもない重責だったと思うんです。取材を重ねれば重ねるほど、伝えることも大きくなっていきましたし。それでもスタッフを信じ、米田結という人を信じて、最後まで走り切ってくださいました。感謝しかないです。

■ 歩のほうが圧倒的に主人公にしやすいが…
──「ごく普通の女性」で、管理栄養士という「縁の下の力持ち」の職業。そして震災についても、被災時に多感な中学生だった姉の歩(仲里依紗)に比べると、結はまだ幼く記憶が曖昧で、「半当事者」のような立ち位置ですよね。この意図は?
本来は、震災で親友を喪い、親友の思いを継いでギャルになった歩のほうが圧倒的に主人公にしやすいのだと思います。でもそれならば「モデルありき」の朝ドラと変わりがない。「ドラマになりやすい人をドラマにする」、それとは違うものを今回は目指しました。
ギャルにしても、90年代に青春時代を過ごした「コギャル世代」がいちばんのボリュームゾーンで、歩こそが「ど真ん中」。結が青春時代を過ごした00年代には、ギャル文化はとうにピークを過ぎています。でも、下火になった後だからこそ「他人の目は気にしない。自分が好きなことは貫け」というギャルマインドの真髄を見せることができるのではないかと考えました。
一口に平成と言っても、グラデーションがあるんですね。わかりやすくて描きやすいところと、あまり知られていなくて描きづらいところがある。「失われた30年」と呼ばれる時代に何があったのかと考えたときに、エポックメイキングな出来事の「狭間」の部分も描きたいと思いました。夢を抱こうにもさまざまな困難が立ちはだかる「ゆとり世代」の、結のような主人公の人生を描くことのほうが、私たちがやるべきことではないかと。

■ 結を主役にすることで「今まで知られてこなかった人」にも光を当てたい
──「グラデーション」は、震災の被災者それぞれの体験や思いについても言えそうだと、『おむすび』を観ていて感じました。
震災について100人以上の方々に取材しましたが、悲しみや苦しみのかたちも100通りあるんです。「発災当時、小さな子どもだったのであまり覚えていない」という方々のお話もたくさん聞きました。でも、だからといって傷ついていないわけがない。激動と混沌の30年のなかで、「今まで知られてこなかった人」にも光を当てたいと思いました。そしてそれが、今、この朝ドラでなければ伝えられないと信じて作りました。
結という主人公は、ドラマになりづらい人物造形だと思います。管理栄養士さんに取材していても「私たちでドラマになりますかね」と多くの方がおっしゃっていました。でも、こういう人たちこそ、私たちの世界にはたくさんいるのだということを伝えたい。側から見て、わかりやすくドラマチックな人生じゃなかったとしても、「それぞれが自分の人生の主人公」であることを、しっかりと描きたかった。
「人はドラマのために動いているんじゃない」という言い方が近いのかもしれません。もちろんそれが映像作品としてどう見えてくるかというのは、また別問題ですし、簡単なことではないと思います。さまざまなご意見をいただきながらも、最後までやり通せてよかったと思っています。

■ 各週担当のディレクターが総当たり取材、異例の「考証80人」
──管理栄養士について、震災について、ギャルについて、宇佐川さんやもうお一方の統括の真鍋斎さんのみならず、演出をするディレクターの皆さんも総当たりで取材をされたとうかがいました。この制作方針の理由は?
通常は細かいところの取材やリサーチは助監督がやることが多いのですが、チーフ演出の野田雄介からの提案で、それぞれの担当ディレクターも主体的に取材しました。管理栄養士については複数が取材にあたりつつ、阪神・淡路大震災については松木健祐(第5週「あの日のこと」ほか担当)が、ギャルについては小野見知(第4週「うちとお姉ちゃん」ほか担当)が中心になって取材するなど、チーフ以外の全ディレクターがそれぞれの担当に応じて取材にあたりました。
──この制作スタイルによって生じた効果はどんなことでしょうか。
やはり、取材したことが血肉となっていると感じます。そのテーマをいちばんよく知っている人間が演出したほうが、説得力のある画になる。通常のドラマでは、スタッフが取材したものを脚本家に渡して、台本を書いてもらって、ディレクターはそれを演出するという「分担制」が主流ですが、『おむすび』の現場では、脚本家と演出家とその他スタッフが混じりあって、全員で作っていくやり方でした。この方法だと時間も手間もかかりますが、平成を生き、大きな災害を経たひとりひとりの思いを、演出がしっかりと感じて伝えることが大切だと考えました。
──扱う題材が多岐にわたるだけあって、各分野の考証の方も異例の多さだったのでは。
考証をお願いした方は、全部で80名ほど。取材をしてエピソードの参考にさせていただいた方も含めると、その5倍は下らないと思います。登場するすべての地域を大事にしたかったので、ことば指導の方だけでも10名いらっしゃっいます。

■ 震災を体験していない人間からも伝えていく必要がある
──最終回を前に、ひと言お願いします。
ここまでご覧になってくださった視聴者の皆さんに、本当に感謝しております。震災をドラマというエンタメのなかで描くことについては、当事者の方のお気持ちを考えると、スタッフ一同大きな葛藤がありました。だからこそ、わかったふりをしないで、できる限りのことをしようと思いました。
そんなとき、取材にご協力いただいた地元・神戸の皆さんが、大きく背中を押してくださいました。震災から25年目ぐらいから、神戸にも震災を知らない世代が増えてきました。ならば、私のように当事者ではない、震災を体験していない人間からも伝えていく必要があると、思いを新たにしました。
震災を描いた週では、Xで番組ハッシュタグをつけて「当時の自分はどうだったか」ということをたくさん語り合っていただけたのも、大変うれしかったです。また、避難した結と米田家を支えてくれた、福岡の皆さん、そして大阪の皆さんにも、惜しみない協力をいただきました。大変感謝しております。
B’zさんによる主題歌『イルミネーション』の歌詞にもありますが、『おむすび』は「誰かが誰かのために」何ができるのかを問い続けてきました。ますます厳しくなっていく世の中にあって「人としてこうありたいな」とか、「みんながこうあってくれたらいいな」という祈りを、作品のなかにこめたつもりです。
それは決して「聖人君子たれ」というような大層なことではなくて。大変なときこそ人は力を合わせて頑張れるし、思わぬ力が出たりするもので、「これまで頑張ってきたんだし、これからも頑張っていけるよね」という思いを、登場人物ひとりひとりに託しました。『おむすび』の世界で生きる人たちは、今の私たちです。ぜひ最後まで見届けていただければうれしいです。
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