現在の拝金主義にも警告…石坂浩二の名演に感嘆【べらぼう】

2025.4.17 18:30

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回より。老中・田沼意次に迫る老中・松平武元(石坂浩二)(C)NHK

(写真7枚)

江戸時代のポップカルチャーを牽引した天才プロデューサー・蔦屋重三郎の劇的な人生を、横浜流星主演で描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)。4月13日放送の第15回「死を呼ぶ手袋」では、旧体制の権化と思われた松平武元が、予想もしなかった慧眼を披露。この役割に説得力をもたせる、ベテラン・石坂浩二の演技の素晴らしさも際立つ一方で、一橋治済の「陰」にも注目が集まった。

■ 死の裏に、さらなる黒幕の予感…第15回あらすじ

将軍家の世継ぎである徳川家基(奥智哉)が、鷹狩の最中に倒れ、そのまま逝去した。家基に疎んじられていた田沼意次(渡辺謙)に疑いの声が上がり、将軍・徳川家治(眞島秀和)は、老中・松平武元(石坂浩二)と意次に調査を命じる。家基に爪を噛む癖があったことを思い出した武元は、家基の母・知保の方(高梨臨)の元から手袋を引き取ったうえで、意次をひそかに自邸の茶室に招いた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回より。老中・田沼意次に怒りを向ける、10代将軍の側室・知保の方(高梨臨)(C)NHK

手袋の親指に噛み跡を見つけた2人は毒殺を確信するが、武元は意次が犯人ではないと断言。その理由として、意次が犯人なら周到に手袋を引き上げたはずであり、なによりも将軍家に忠義を持っているからだと語る。さらにそのうえで、意次も世間も金のことしか考えないのは危険だと諭した。しかしその晩、武元は寝床で急逝。その横で何者かが手袋を持ち去って行ったのは、御三卿・一橋治済(生田斗真)が人形操りに興じていた頃だった・・・。

■ 老害じゃなかった…松平武元からの最後のメッセージ

徳川吉宗の時代から幕府に仕え、徳川家治からも厚い信頼を得ていたという松平武元。実際の武元は田沼意次と対立したという記録はなく、むしろ協力関係にあったと推察されているが、この『べらぼう』では意次の幕政改革を阻む、旧態依然の象徴のような人物として描かれた。家柄の違いを盾に、意次にいろいろといちゃもんを付ける姿は、視聴者からは完全に老害扱いされる、実にわかりやすい敵役だった。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第14回の場面より。老中・田沼意次(写真左、渡辺謙)、老中首座・松平武元(写真右、石坂浩二)(C)NHK

しかしそんな単純な対立構造に、ちょっと違和感があるなあ? と思っていたら、この第15回で、武元が思った以上に懐の深い人物だったことが判明。意次をさんざんバカにしながらも、その頭の良さと忠誠心には一目置いていて、だからこそ「手袋をすぐに回収しないのは、田沼らしくない」と、早々にシロ判定ができた。それを承知しつつ、意次を犯人に仕立てて失墜させることもできただろうに、一緒に真犯人を探すことを提案。一瞬にしてその人物像を変化させてしまい、SNSでも「見直した」の声が多数上がっていた。

その武元を演じたのが、過去3度も大河ドラマの主演をつとめた名優・石坂浩二。意次を演じる「世界のケン・ワタナベ」すら、成り上がり者として軽くあしらえる矜持と貫禄が必要な役だけに、大河ドラマ常連の石坂はまさに適役だっただろう。茶室のなかで、老いの衰えを見せつつも、強い信念を持って意次と対峙するその演技は、画面越しにも2人のただならぬ気迫が存分に伝わってくる。華やかで明るい重三郎パートとは対照的な、重厚ないぶし銀の演技合戦は、近年では大河ドラマぐらいでしか見られないものだった。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回より。疑惑の手袋を差し出す老中・松平武元(石坂浩二)(C)NHK

そして武元は、意次の進める貨幣経済に即した政策を、全然理解できてない・・・と以前このコラムでも記していたが、それがまったくの誤りだったことも、茶室の会話で判明した。金というものは米や武器と違って、有事のときにはまったく役に立たない場合があることを危ぶみ、幕府の財政を金ばかりに頼ることへのカウンターとなっていたのだ。これには私も、意次と一緒に頭を下げたいような気分だった。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回より。老中・田沼意次に笑顔を見せる老中・松平武元(石坂浩二)(C)NHK

その際に武元が語った「金というものは、いざという時に米のように食えもせねば刀のように身を守ってもくれぬ。人のように手を差し伸べてもくれぬ! さように頼りなきものであるにもかかわらず、そなたも世の者も金の力を信じ過ぎておるように、わしには思える」は、この時代だけでなく、現代にも投げかけられた強いメッセージのように思えた。

石坂は公式サイトのインタビューで「何かのきっかけでめちゃくちゃに破綻してしまいそうなところまできている昨今ですが、私はこの『べらぼう』の時代にも同じ匂いを感じます」と語っていた。賢者が今の世の中に警告を発しているような、強い切迫感と説得力はここから生まれたのだろう。武元亡きあと、幕府は本格的に田沼意次の独壇場となっていくが、いろんな意味でそこに暗い影を落としていくような退場だった。

■ サイコパス・一橋治済、重三郎と対照的な「陰」の存在

そして視聴者のみが知る武元暗殺の首謀者(多分)が、御三卿一橋家の当主・一橋治済だ。もともと田沼意次と並んで、徳川家基暗殺の黒幕では・・・と囁かれている人物ではあるけども、まさか松平武元の死にも一枚噛んでいることにするとは! やはり森下佳子が脚本を担当したNHKドラマ『大奥』(2023年)でも、邪魔な人物を毒殺しまくるサイコパスな治済を仲間由紀恵が怪演していたが、そのサイコパス魂は大河にもきっちり引き継がれていた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回より。暗闇で人形を操る一橋治済(生田斗真)(C)NHK

そしてこの治済が策士なのは、意次に罪をなすりつける気まんまんで(というか田沼暗殺説を吹聴したのも、治済なんじゃね・・・?)、意次が手配した手袋に毒を仕込んだうえに、この件を調査していた武元まで抹殺。これによって「田沼怪しい」という世間の疑念は、おそらく一段とアップするはず。なんかもうプロの犯罪者過ぎて、腹が立つのを通り越して、いっそすがすがしさを覚えるほどだ。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第2回より。写真左から、一橋治済(生田斗真)、田沼意次(渡辺謙)(C)NHK

治済と重三郎の接点は、おそらく今後もないような気がするけど(人形浄瑠璃好きだから、富本の本を買ってるぐらいのつながりはあるかも)、己の欲望のためなら人を人とも思わない治済と、行動原理の根本にあるのが「人のため」である重三郎とは、完全に水と油だろう。というか、重三郎という「陽」のキャラクターの対比として、この「陰」の治済を存在させているのかもしれない。

大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。4月20日放送の第16回「さらば源内、見立は蓬莱」では、いよいよ言動が怪しくなった平賀源内(安田顕)が、人を切った罪で投獄された、その末路が描かれる。

文/吉永美和子

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