平賀源内の精神を受け継いで…蔦重第二章へ【べらぼう】

17時間前

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第16回より。「耕書堂」の店先で呼び込みをする重三郎(横浜流星)(C)NHK

(写真6枚)

横浜流星主演で、数多くの浮世絵や小説を世に送り出したメディア王・蔦屋重三郎の、波乱万丈の生涯を描く大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)。4月20日放送の第16回「さらば源内、見立は蓬莱」では、重三郎のメンターの一人となっていた平賀源内が、ショッキングな形で退場。その死は重三郎の板元人生の、重要な転換点となった。

■ 平賀源内が獄死、蔦重と須原屋は…第16回あらすじ

重三郎は、芝居と連動した新作小説を作ることを思いつき、それを平賀源内(安田顕)に依頼するが、源内は殺人の罪で投獄されてしまう。重三郎は書物問屋・須原屋市兵衛(里見浩太朗)らとともに、源内と親しかった老中・田沼意次(渡辺謙)に対して、源内が刀を持っていなかったり、下戸なので酒に酔うはずもないことを説明し、真実を探るように訴える。しかしその最中に、源内獄死の知らせが彼らの元に伝えられた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第16回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第16回より。平賀源内に戯作の執筆を依頼する重三郎。写真左から、重三郎(横浜流星)、大工・久五郎(齊藤友暁)、平賀源内(安田顕)(C)NHK

重三郎は源内の墓前で、源内はどこかで生き延びているかもしれないと、楽しい方に想像を働かせる。それに対して須原屋は、自分が源内の本を出しつづけることで「どこにも収まらねえ男」がいたということを、後世に伝えていくと語る。源内からもらった「耕書堂」という店名に込められた思いと、本を通じて日本を豊かにするというメッセージを胸に、重三郎は10冊の新作を一挙に刊行したことを、芝居小屋で大々的に宣伝するのだった。

■ 蔦重第二章へ、芝居を使ったマルチメディア戦略

平賀源内先生のショッキングな退場に心が完全に持っていかれた視聴者も多かっただろうが、この回を冷静に振り返ると、主役の重三郎の方でもいろいろと次のフェーズに入る準備が進行中だった。富本豊前太夫(寛一郎)との仕事をきっかけに、舞台の方も数多く観るようになってきた重三郎だが、ここで芝居のストーリーのなかで、自分のお店の宣伝を、物語のなかにさり気なく入れ込むというアイディアを出してきた。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第16回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第16回より。舞台上で新刊を宣伝する重三郎(横浜流星)(C)NHK

今で言ってみればタイアップ広告というか、TVドラマの合間に流れるCMのような役割に近いだろう。ただこれは重三郎に始まったことではなく、すでに歌舞伎作品の舞台美術や衣裳などを通して、実在の店舗の宣伝をするという商法はメジャーになっていた。俄の祭の回で一瞬登場し、今でも人気の高い『助六由縁江戸桜(通称「助六」)』はその代表例で、全編当時の企業広告のオンパレード。現在でも上演の際は、台詞のなかに協賛企業の名前が加えられたりしている。

ただ今回の重三郎のように、自分のお店の広告を出すのを前提として、新作を書き下ろしてもらうというのは、前例があったのかどうかはわからない。ただ、のちに芝居にすることを意識して新作小説を書き下ろしてもらうという手法は、それを聞いた豊前太夫たちの反応からして、今までなかったか、あったとしてもとてつもなく珍しいことだったと思われる。今で言うところの、小説・映画・ゲームなどの多ジャンルで展開する、マルチメディア戦略の先駆けだろう。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第16回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第16回より。舞台上の桜の木に掛かる「耕書堂」新刊10冊の短冊(C)NHK

さらに、書籍の名前が書かれた短冊が垂れる桜の木がある舞台の、幕の後ろで重三郎が待機しているというイラストが、青本の最後のページに描かれていた。そのシーンとつながるように、重三郎本人がこれとまったく同じ舞台の上で、新作の宣伝をするという仕掛けには、当時の江戸っ子は心底驚かされただろう。小説の世界と現実の人物が、舞台という虚構の空間の上で一つになるという興奮は、そのまま購買意欲へとつながったはず。源内の死をめぐる重苦しい今週の回のなかで、大きな救いとなったラストだった。

■ 本が平賀源内の存在を残す、未来へのバトンに

これまで重三郎には、板元として生きていくことを決めるまでの過程に、幾人かのキーパーソンがいた。彼に本のおもしろさを教え、吉原の女郎の待遇改善という最初のモチベーションを与えた朝顔花魁(愛希れいか)。「宣伝」という手段の重要さを問いた田沼意次。本という手段を用いて、吉原を今よりも楽しい場所にするという思いを一番共有した瀬川(小芝風花)。そして「耕書堂」という店名を重三郎に与えた平賀源内だ。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第5回より。写真左から、蔦重(横浜流星)、平賀源内(安田顕)(C)NHK

実際の蔦屋重三郎と平賀源内のつながりは、以前もコラムで書いたように『細見嗚呼御江戸』で、それぞれ改と序文を担当した以外の記録は残っていない。そこで『べらぼう』では、重三郎がこれまでの板元の型を破るための、重要なインスピレーションを与える存在として、誰よりも時代の先を行っていた、自由気ままな天才・源内を教師のような役割に。奔放な振る舞いでたびたび重三郎を振り回しながらも、パイオニアには不可欠な「我儘を通す」という精神を植え付ける。その役割をあざやかに果たし、そして今回で退場した。

その死に打ちひしがれる重三郎に対して手を差し伸べたのが、もう1人の本屋の師匠・須原屋市兵衛だった。たとえ人間はこの世でいなくなっても、彼が書き残したものやその人となりは、書籍という手段を通して彼を知らなかった人々や、あるいはこの後の世にも伝えていくことができる。「本はタイムマシンである」とは誰が言った言葉だったかは忘れたが、改めて板元の重要な仕事を胸に刻ませる言葉だった。

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第16回より。(C)NHK
『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第16回より。平賀源内の墓前で語り合う重三郎(写真左、横浜流星)と須原屋(写真右、里見浩太朗)(C)NHK

さらに源内が「耕書堂」という名前に託した「書をもって世を耕し、日の本を豊かにする」という言葉。人を笑わせたり泣かせたりできる本を売る本屋は、ツイてないと思っている人にもツキを与えられる商いで、それによって日本人の心を豊かにできる・・・という源内から渡されたバトンも、重三郎はこのときしっかりと受け止めたことだろう。

そんな重三郎や須原屋、あるいは歴史には残ってないような人々や板元のおかげで、数100年後の世界を生きる私たちは、平賀源内を「イカサマのペテン師」ではなく「あらゆる芸術や科学に通じた稀代の天才」という、なんだか楽しそうな人物として知ることができた。瀬川と源内という2つの大切な存在を失った痛手を大きなバネに、板元としてより高みへと飛んでいこうとする重三郎。本格的に「江戸のメディア王」として羽ばたく、大きな一区切りとなる回だった。次回から始まる、蔦屋重三郎の第二章にも大いに期待しよう。

大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』はNHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。来週の4月27日は、特別番組『大河ドラマ べらぼう ありがた山スペシャル』を放送。5月4日の第17回「乱れ咲き往来の桜」では、女郎・うつせみ(小野花梨)と駆け落ちした小田新之助(井之脇海)が重三郎の前に現れ、新たな販路を作るきっかけとなるところが描かれる。

文/吉永美和子

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