初めての文楽鑑賞をナビゲート!
京阪神エルマガジン社で立ち上がった、
文楽の初心者向けフリーペーパー「ハロー! 文楽」編集部。
その活動もいよいよ3年目に入りました。
数々の取材を経験して文楽ツウとして成長しつつある文ちゃんが、
今年も楽しく制作過程をリポートしつつ、
皆さんの文楽鑑賞をナビゲートします!
第12回は、文楽を広げ伝える活動を続ける、
3人の文楽好きの座談会をお送りします。
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FUMI CHAN文ちゃん
「文楽って難しそう」という先入観を克服、過去2年の取材を通してすっかりファンになった20代の編集スタッフ。目指すは文楽ツウな敏腕記者!
カバーイラスト/スケラッコ
文楽の演目『新版歌祭文』(しんぱんうたざいもん)より
12 文楽沼からこんにちは!
その素晴らしき世界
新しいことを始めるときはセンパイから学ぶのが一番! そこで今回は『木ノ下歌舞伎』主宰の木ノ下裕一さん、マンガ家の上島カンナさん、イタリア料理店「オステリア ラ チチェルキア」の連久美子さんという異業種ながら文楽好きのお三方に集まっていただき、座談会を開催。底知れぬ文楽の魅力について語り合っていただきました。
木ノ下 裕一さん『木ノ下歌舞伎』主宰
KINOSHITA YUICHI
2006年に『木ノ下歌舞伎』を旗揚げ。2021年2月、「ロームシアター京都」の文楽公演ではスーパーバイザーを務め、87年ぶりの復活となる『木下蔭狭間合戦』(このしたかげはざまがっせん)、いつもは端役の“つめ人形”が主役の『端模様夢路門松』(つめもようゆめじのかどまつ)を上演する。
上島 カンナさんマンガ家
KAMISHIMA KANNA
2007年、『まんがタウン』(双葉社)にてマンガ家デビュー。伝統芸能に造詣が深く、2019年刊行の『マンガでわかる文楽』(誠文堂新光社)は初心者にもわかりやすいと評判。文楽の三業の中では三味線が一番好き。初めて文楽を観るならコミカルな『かみなり太鼓』を推薦。
連 久美子さん「オステリア ラ チチェルキア」店主
MURAJI KUMIKO
2012年、イタリア・マルケ州の郷土料理店「オステリア ラ チチェルキア」を開店。文楽ファン歴7年。イタリアの友人を幕見席に案内することも。初めて観る方に薦めるのは『寿式三番叟』(ことぶきしきさんばそう)や『壇浦兜軍記』(だんのうらかぶとぐんき)など。
文楽好きの3名の方に集まっていただきました。皆さん、よろしくお願いします!
よろしくお願いします。
さっそくですが、私は2年前に『ハロー! 文楽』編集部に入るまで文楽のことをよく知りませんでした。関西人であってもきっかけがないと文楽に触れる機会って多くないと思うんです。皆さんはどのようにして文楽にハマったのでしょうか?
初めて観たのは高校1年生のとき。私は小学生の頃から落語が好きで、落語には歌舞伎や文楽のパロディーが入っているので、落語を聴いているうちに古典芸能全般に興味が広がり、これはきっと文楽も好きに違いない、と。ただ、小学生で全部を観るにはお小遣いが足りない(笑)。だから小学3年生のときに将来設計を立てて、小学生の残り3年間は落語に専念、中学生になったら歌舞伎へ、高校生になったら文楽に手を広げようって決めていました。だから待ちに待った高校2年生の初春文楽公演だったんですよ。
すごーい! 6年間も待ち焦がれていたんですね。初めてご覧になったときの印象はどうでしたか?
ちゃんと予習もして「ハマるつもり」で行ってますから、何もかも楽しかったですね。でも、最初に観たのは『鶊山姫捨松』(ひばりやまひめすてのまつ)という継子いじめの話で、雪の中で女性が折檻されていて…高校生にとっては刺激が強すぎました(笑)。なんで折檻されているのかもよくわからないのだけど、とにかく語りもお人形もアグレッシブで、テンションの高さにまず圧倒されました。その次は『曲輪文章』(くるわぶんしょう ※「文章」は「文」+「章」の1文字)。これは先代の吉田玉男さんが遣う(若旦那の)伊左衛門がまるで生きてるようで、印象深かったです。あと吉田簑助さんが遣う(遊女の)夕霧。お人形が非常に美しかったのを覚えています。次が『壺坂観音霊験記』(つぼさかかんのんれいげんき)だったんですけど、これはストーリーがよくわかる。(竹本)住太夫さんの語りで展開されるドラマのおもしろさ⋯。どの演目も楽しめるポイントが全部違って、いろんな側面で見応えがある。計り知れない魅力を感じて、まんまと沼に入った感じです。
初めて文楽を観たのは約5年前です。今、東京に住んでるんですけど、文楽ファンの知り合いに「いいねぇ、大阪出身だったら文楽劇場に行ったことがあるんだろう?」って言われて。「え、これ“ぶんらく”って読むんですか?」「けしからん! 連れてってやる」という流れで東京の国立劇場に連れて行ってもらいました。そのときの演目は『染模様妹背門松』(そめもよういもせのかどまつ)で、人形がかわいいのと、死を決意した娘に対するお父さんのクドキ(自分の心情を切々と訴える場面)にジーンときました。ストーリーが少し難しく感じられましたが、予想よりおもしろくて。その後、縁あって豊竹芳穂太夫さん(※「芳」は草冠が十十)に舞台裏を案内していただいたり、勉強してからもう一回観たんですが、やっぱりストーリーは難解(笑)。なんで死ぬの? みたいな、ツッコミどころが満載じゃないですか。
現代では考えられないことばかりですよね(笑)。
ストーリー的には共感し難いけど、聴いてたらジーンとくる。この“なんでやろ?”の原因を理解してマンガにできたら、めっちゃおもしろいものになるんじゃないかな? と思って、観るようになりました。でもよく考えたら、音や動きのあるものをマンガですべては伝えきれないんですよね(笑)。そう気づいたときにはもう首まで文楽沼に浸かっていましたね。
みなさん、浸かり方が独特ですね。連さんはどのようにハマられたのでしょうか?
私も入り方は異色かもしれません。約7年前に(三味線奏者の)鶴澤寛太郎さんが、鶴澤友之助さんや文楽劇場の当時の広報さんと一緒にご来店になり、そこで初めて文楽を知りました。年の近い彼らが三味線奏者として出演する舞台を「一回観てみたい」と思って行ったのが最初でしたね。確か『仮名手本忠臣蔵』(かなでほんちゅうしんぐら)で、午前と午後の通し狂言。なんて長いんだ! と思ったけど、おもしろかったので全然疲れなかったんです。セリフや舞台の仕組みがもっと難しいイメージだったのですが、舞台上に字幕も出ているし、その広報の方が「公演プログラムを買って、あらかじめストーリーを読んでおくとわかりやすいです」と教えてくれたので、すごく楽しめたんですよ。そして翌年のお正月に『寿式三番叟』(ことぶきしきさんばそう)を観て、視覚で楽しめる演目もあることがわかって。人形の動きと演奏の息がぴったりすぎて、「なにこのシンクロ率!」みたいな(笑)。楽しすぎて、結局その初春公演に3回行ったんですよ。
続いては、皆さんの鑑賞スタイルを教えてください。
まず第一関門は、ストーリーをどう捉えるかじゃないですか? 上島さんのようによくわからないけど、共感できる方もいらっしゃれば、ストーリー自体を受け入れられない方もいると思うんですよ。『桂川連理柵』(かつらがわれんりのしがらみ、第2回を参照)なんて、よく考えたらどうしようもない話じゃないですか。
内容がもう…モザイク(笑)
40歳近い既婚男性が14歳の少女と不倫して妊娠までさせてしまうという事件をどう受け止めるかをはじめ、現代のコンプライアンスに照らし合わせると難しいところはありますね。女性観についてもそうで、それをどう受け止めるかが試されます。現代の感覚で観たらわからないけど、当時の観客たちはどのような価値観や倫理観の上でこのストーリーを楽しんでいたのかをイメージしてみるのも大切ですね。もしくはいっその事、ストーリーを追うのをやめて、人形遣いや三味線弾きに集中してみる。ときにはドラマを手放すこともアリかなと思います。
私も4時間の公演時間に耐えられるかな? って最初は思っていました。教えてくれた広報の方から、「昔はお弁当を食べながら楽しんで、寝る人もいれば真剣に観る人もいて。お客さんそれぞれで楽しんでいたんですよ」と聞いて、気が楽になりました!
今で言うフェスみたいに、自由に寝転んだり、好きなアーティストはちゃんと聴いたり、好きなときにごはんを食べたり。当時の人はそれくらい緩急をつけて人形浄瑠璃を観ていたはずですから、全部を受け止めようとしなくてもいいのかもしれませんね。
展開がゆったりした場面もありますから、気楽に楽しむのがいいですよね。
私は三味線に注目するのが好きなので、三味線弾きの方の構えを見てしまいます。この人は撥(ばち)を立て気味で弾くとか、こんな指使いするんやとか。あの人の薬指がかっこいい! みたいな(笑)。あと、歌舞伎では江戸の荒事(あらごと)と上方の和事(わごと)って言われるように、江戸のほうがメイクも演出もコテコテに見えますよね。じゃあ、いつから大阪=コテコテのイメージになったかが気になってきて、ここ2年くらいは文楽の中でコテコテの部分を探すようになりました。そしたら、どうもクドキの表現が上方のほうがコテコテらしいとわかりました。泣きの比喩表現のバリエーションがすごくて、それ見つけるたびにメモしています。
コテコテのルーツね。『生写朝顔話』(しょううつしあさがおばなし)で悪徳医師が笑い薬を飲まされて延々と笑い転げるところとか(笑)。
めっちゃしつこいです(笑)!
見方によって、「ここに自分たちの先祖がいるんだ」って発見していくと、さらに文楽は楽しくなりますよね。連さんはどうですか?
やっぱり応援し続ける技芸員さんを見つけられるといいですね。御簾内(みすうち)で弾いているけど、「この弾き方は(鶴澤)寛太郎さん」とわかるようになったり。あと、変な見方ですけど、お人形さん1人に対して(人形遣いが)3人ついていらっしゃるじゃないですか。じゃあお人形が5人いたら、舞台上に何人? って想像したり。でも窮屈な感じは一切しない一体感にびっくりします。歌舞伎はご本人が演じるけど、文楽は誰ひとり前に出ていないのがおもしろい。
友達を連れて行くと、文楽にハマるタイプとハマらないタイプがいるんです。私調べの統計では、アイドルにハマる人は文楽にはハマりづらい気がします。一方で、歌舞伎のキラキラ感が苦手な人は、文楽にハマってくれることが多い。前に出過ぎることのない技芸員さんの、修行僧のようなストイックな姿を見る美しさ。そういう美が好きなタイプは文楽にハマりますね。
歌舞伎より観る側の想像力が要りますよね。人形も表情豊かに思えるし、泣くシーンでは涙すら見える気がする。そういう感性のある人には歌舞伎の演出はトゥーマッチに感じることもあるかもしれません。共通の演目を見比べてみるのもいいですよね。
古典芸能全般が、能動的に楽しまないとおもしろさをキャッチできないところがあります。特に能なんてそうじゃないですか。能って能動の芸能ですよね。舞台装置のない能舞台を見て「ここは屋島だ!」「ここは須磨の浜辺だ!」と思わないと風景が見えてこない。文楽は書割(背景画)もあるし、お人形の首(顔)や衣裳もそれぞれ個性的だからいくぶんか鑑賞の手掛かりは多いけど、浄瑠璃の言葉が聞き取れるようになるにはそれなりの積み重ねが必要だし、三味線の音を聴いて「これは川の音だ」とか「これは狐の動作を表しているんだな」と感じることのできる感性はすぐには育たない。今は、YouTubeやテレビにしても、受け身で十分に楽しめる文化が多いから、“すぐおもしろがれる娯楽”に慣れた人にとって、文楽はまどろっこしく感じるかもしれないですね。でも裏を返せば、長く楽しめるってことです。我々観客がどれくらい準備していくかによって、舞台から受け取れる情報量が格段に変わってくる。そういう奥深いおもしろさがありますよね。
鑑賞の仕方、楽しみ方にはコツがあるんです。
ストーリーを楽しむのも良し、自分なりのこだわりを追求するのも良し。文楽の楽しみ方は人それぞれなんですね。ぜひ、自分なりの楽しみ方を見つけていきたいと思います!
文楽鑑賞アイテム、見せてください!
木ノ下さん鑑賞グッズ
「画板代わりにもなる」と使いやすいサイズのスケッチブックを観劇ノートに。六代目鶴澤燕三夫人である杉江みどりさんの切り絵クリアファイル、大道具さんのハンドメイドという舞台下駄キーホルダーも文楽劇場で購入。
上島さん鑑賞グッズ
観劇中はプログラムにメモを取って、後で観劇ノートに清書する。その観劇ノート、通称「秀樹」(カンゲキだけに)のほか、“床やんず”のストラップや手ぬぐい、『菅原伝授手習鑑』の寺子屋の場面を描いたしおりも愛用中。
連さん鑑賞グッズ
毎年初春公演でゲットする手ぬぐいは「速乾性があって、糸くずがつきにくい」と店のグラス拭きに愛用。ちなみに、店の壁に掛ける文楽ポスターは7年分ストック。公演のたびに鶴澤寛太郎さんが持ってきてくれたものという。
次回は毎年恒例、編集部が注目する技芸員さんへのインタビューをお届けします。今年は第12回の話題にも登場した豊竹芳穂太夫さん(※「芳」は草冠が十十)、鶴澤寛太郎さん、そして吉田玉彦さんがご登場、お三方の素顔に迫ります。乞うご期待!
意外なことにハマり方は三者三様でした!
古典芸能好きの木ノ下さんはハマるべくしてハマり、上島さんはマンガ家の情熱を掻き立てられ…。ハマり方がかっこいいですよね。連さんは羨ましい出会い方! いい水先案内人を見つけることがハマる近道かもしれません。