初めての文楽鑑賞をナビゲート!
京阪神エルマガジン社で立ち上がった、
文楽の初心者向けフリーペーパー「ハロー! 文楽」編集部。
その活動もいよいよ3年目に入りました。
数々の取材を経験して文楽ツウとして成長しつつある文ちゃんが、
今年も楽しく制作過程をリポートしつつ、
皆さんの文楽鑑賞をナビゲートします!
連載最終回は、イヤホンガイドの解説者でもおなじみ、
高木秀樹さんに、初春文楽公演のみどころを聞きました。
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FUMI CHAN文ちゃん
「文楽って難しそう」という先入観を克服、過去2年の取材を通してすっかりファンになった20代の編集スタッフ。目指すは文楽ツウな敏腕記者!
カバーイラスト/スケラッコ
文楽の演目『新版歌祭文』(しんぱんうたざいもん)より
14 初春文楽公演のみどころ、
聴きどころ
年4回ある本公演の中でも初春文楽公演は「お正月らしい華やかさを感じられる」と文ちゃん。「ハロー!文楽」編集部に配属されて丸2年。文楽ツウになってきた模様です。そこで。昨年イヤホンガイドの裏側を教えてくれた名物解説員・高木秀樹さんにお願いし、初春文楽公演の楽しみ方や演目のみどころ、聴きどころを教えてもらいました。
高木秀樹さん
TAKAGI HIDEKI
文楽研究家。文楽・歌舞伎のイヤホンガイド(同時解説放送)の解説員。1990年、『奥州安達原』(おうしゅうあだちがはら)で初解説。文楽が好きになったきっかけは、三味線の四代目鶴澤清六が演奏する『菅原伝授手習鑑』(すがわらでんじゅてならいかがみ)の二段目にしびれたから。
2020年の初春文楽公演のおめでたい舞台装飾。提供/国立文楽劇場
明けましておめでとうございます!
やあ、文ちゃん。明けましておめでとう! 本年もよろしくね。
いよいよ待ちに待った初春文楽公演ですね、高木さん! 私、初春文楽公演っておめでたい雰囲気があって好きなんですけど、初春ならではの楽しみってあるんですか?
上方の文化なのですが、劇場のロビーに本物の鯛が2尾飾られるのは知ってる?
え!? 気づいていませんでした。
あの鯛は、劇場に近い黒門市場から縁起物として届くんだけど、「にらみ鯛」というお正月の風習でね。尾頭付きの鯛をにらむだけで食べず、先に神様や仏様にお供えする…という意味があるんだよ。劇場の客席前方の天井にも大きな張り子の鯛(全長約3m)が2尾にらみ合うように飾られているでしょ。確か1984年に劇場が開場したとき、上方らしい文化ってことで取り入れられたんじゃないかな。ぜひ見てみてください。
続いて、演目のみどころについて伺いたいと思います。まず第1部は『菅原伝授手習鑑』(すがわらでんじゅてならいかがみ)です!
物語の大筋は菅原道真こと右大臣、菅丞相(かんしょうじょう)が謀反の濡れ衣を着せられて筑紫国(現在の福岡県)に流罪になるというもの。その理由というのは、菅丞相の娘と時の天皇陛下の弟宮が駆け落ちしたから。菅丞相は2人を結婚させて、朝廷を牛耳ろうとした疑いをかけられたんだ。もちろんこれは敵側である左大臣、藤原時平(ふじわらのしへい)のでっち上げ。今回上演する三段目は、2人の逢引を取り持った桜丸(さくらまる)という舎人(菅丞相お抱え運転手)の物語。「自分のせいで菅丞相が流罪になった」と、責任を取るため自害しようとする。
納得できません! 桜丸は菅丞相を陥れる気なんてなかったのに…。
『菅原伝授手習鑑』は五段構成で、この話は三段目にあたるところ。三段目は庶民的な場面で、救いようのない悲劇が多いんだ。江戸時代当時、観ているのは庶民。公家やお侍の世界での悲劇より、庶民の間で起きる悲劇のほうが親近感が湧くからね。三段目の最後『桜丸切腹(さくらまるせっぷく)の段』は四代目竹本越路太夫(たけもとこしじだゆう)が引退披露狂言で語った場面。最近では七代目竹本住太夫師匠も引退公演でこの場面を語られました(大阪だけ)。一時代を築いた人が最後に選ぶような大曲中の大曲です。
これは見逃せませんね! 特に注目してほしい場面はありますか?
吉田簑助(よしだみのすけ)師匠が遣う桜丸です。切腹を覚悟した桜丸が黒紋付を着て登場する「出(で)」の凛とした姿にぜひ注目してください。
インタビューはリモートで行われた。「どれもみどころ満載です。お正月の空気と共に楽しんでください!」
第2部は『碁太平記白石噺』(ごたいへいきしらいしばなし)と『義経千本桜』(よしつねせんぼんざくら)の2本立てです。
東北新幹線に乗ると、仙台の手前に白石蔵王(しろいしざおう)という駅があります。『碁太平記白石噺』は八代将軍吉宗公の時代に起きた事件を脚色していまして、史実では16歳と13歳の白石出身の姉妹による史上最年少と言われる敵討ちがテーマです。今回は妹のおのぶが、武士に殺された父の仇を討とうと決意し、江戸・吉原で花魁(おいらん)として働く姉を訪ねるところから始まります。文楽作品は大坂初演のものが多い中、これは江戸で生まれた演目で、浅草や吉原が舞台になっているのが新鮮。妹のおのぶが東北地方の言い回しで話すのも、ほかの演目ではまずないところなので楽しいと思います。
“史上最年少の敵討ち”ってキャッチフレーズに惹かれますね。注目すべきシーンはどこでしょうか?
『浅草雷門(あさくさかみなりもん)の段』の最後は、三味線の音はなしで語りだけで終わります。それも落語のようにオチをつけて幕が引かれるので、太夫が芸で魅せるところ。豊竹咲太夫(とよたけさきたゆう)師匠のコミカルで肩の凝らない、軽やかさがいいです。もうひとつの聴きどころは『新吉原揚屋(しんよしわらあげや)の段』の始まり、三味線の弾き出し(イントロ)が素晴らしい。三味線の弾き出しって似たようなパターンが多いけど、この段の弾き出しはほかにないオリジナル。いかにも吉原という風情で、夕暮れの廓にぽつぽつと明かりが灯っていく様子が音で表現されるんだ。
関西人の私は旅気分も味わえそうです。『義経千本桜』は『道行初音旅』(みちゆきはつねのたび)のみの上演ですね。
『道行初音旅』は、道行物(目的地へ向かう道すがらの情景を描いたもの)の代表作です。静御前が愛する源義経のもとへ向かう道のりを描く一幕。満開の桜のもとで演じられるから、舞踊として楽しむこともできます。
歴史的なドラマを描く時代物の作品で、なぜここだけ舞踊なんでしょう?
長編の原作『義経千本桜』では、ここまでの段で、平知盛やいがみの権太といった主要人物が非業の死を遂げます。どんなにドラマチックな名舞台でも悲しい場面ばかりでは、さすがにお客さんも疲れてしまいます。そこで気分転換を図る意味で長編の物語の中に「景事~けいごと」と呼ばれる華やかな舞踊の場面をはさむことがよくあるんです。
この段は太夫5人、三味線6人の計11人の出演でとても華やかですね! そして今回の公演は、“鶴澤清治文化功労者顕彰記念”と銘打たれていますが、この演目でその清治師匠が出演されます。
義太夫節の三味線は太夫の語りに合わせるだけの伴奏楽器ではありません。「意味のある一撥」を弾こうと三味線弾きは心を砕きます。感動的な悲劇の名場面での一撥の持つ効果は確かに絶大です。が、景事では難しい理屈は抜きで、華麗な演奏に乗せて繰り広げられる舞台を眺めるのも楽しいこと。華麗な演奏とくれば、これはもう清治さんの独壇場。文楽が初めてという方でも、清治さんの三味線の音が「かっこいい」と思うんじゃないでしょうか。胸のすく想いがする撥遣いと音色ですよ。
華やかな演目を名人が弾く⋯第2部も聴きごたえ満点の内容になりそうですね!
もちろんみどころもありますよ。1946年に昭和天皇がご覧になったのもこの『道行初音旅』。その日は太夫10人三味線10人の豪華版だったみたいです。通称『山越し』といわれる、静御前が後ろ向きで扇を後方へ投げ、離れたところにいる護衛役の佐藤忠信が見事に受け止める場面に、ぜひ注目してみてください。
第3部は『妹背山婦女庭訓』(いもせやまおんなていきん)です。どんな物語ですか?
物語は大化の改新を下敷きにして、謀反人・蘇我入鹿(そがのいるか)を退治するというのが大筋。入鹿を弱らせるには爪黒(つまぐろ)の鹿の血と疑着の相のある(嫉妬の形相をした)女の血を混ぜて鹿笛に注いで吹かなくていけない。
入鹿の弱点がピンポイントすぎます!(笑)
今回上演する四段目は、「杉酒屋」の娘・お三輪(みわ)が主役。隣に住む求馬(もとめ)という男性と深い仲になるけど、求馬は名も知らぬ別の高貴な女性に惹かれる、恋の三角関係。その女性(実は入鹿の妹)と求馬が祝言をあげると知ったお三輪が、嫉妬のあまり逆上したところを刺されてしまうんだ。でも、そのお三輪の血が入鹿を倒すためにひと役買うという物語。
この演目のみどころはどこでしょうか?
『道行恋苧環』(みちゆきこいのおだまき)でお三輪は愛する求馬を追いかけるために裾に苧環(糸巻き)の糸を付けるけど、その糸が途中で切れてしまう場面。桐竹勘十郎(きりたけかんじゅうろう)さんが遣うお三輪は「糸は切れちゃったけど、どこまでも追いかけるぞ」とばったり見得をきって、「はっ!」という掛け声を入れて追って行く。そこが痛快でいいです。
―2020〜2021年度の取材を終えて―
文楽ツウの先輩方の座談会では「マニアックに楽しみすぎ!」とツッコミたくなるような目からウロコの連続でした。一方で、技芸員さんのインタビューでは客席からはわからない舞台裏の貴重なお話を伺いました。あとは高木秀樹さんのみどころ解説で演目の予習をすれば初春公演の準備は万端! 鑑賞後は竹本織太夫さんご推薦、劇場から歩いて行ける文楽ゆかりの地を巡って…と、今回の取材で文楽に行く楽しみが2倍3倍に膨らみました!
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11 〜織太夫さんと歩く〜
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文楽ゆかりの大阪 街あるき-
六代目 竹本織太夫さん
TAKEMOTO ORITAYU VI
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12 文楽沼からこんにちは!
詳細はこちら
その素晴らしき世界-
木ノ下 裕一さん
KINOSHITA YUICHI
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上島 カンナさん
KAMISHIMA KANNA
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連 久美子さん
MURAJI KUMIKO
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13 編集部注目の技芸員にインタビュー
詳細はこちら-
豊竹芳穂太夫さん
TOYOTAKE YOSHIHODAYU
※「芳」は草冠が++
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鶴澤寛太郎さん
TSURUZAWA KANTARO
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吉田玉彦さん
YOSHIDA TAMAHIKO
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14 初春文楽公演のみどころ、聴きどころ
詳細はこちら-
高木秀樹さん
TAKAGI HIDEKI
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「ムムム!!⽂楽シリーズ」とのコラボ企画として、『ハロー! ⽂楽』編集部が⼿がけるフリーペーパー『ハロー! 文楽』が完成しました! 街あるきに座談会、技芸員のインタビューと、盛りだくさんの内容です。「文楽の魅力を一人でも多くの人に届けたい!」という編集部の想いがつまったフリーペーパー『ハロー! 文楽』は、たくさんの関係先のご協力により、下記スポットにて入手いただけるようになりました。ぜひ、手にとって読んでみてください。(※数に限りがございますので、なくなり次第配布終了となります。)また、こちらからPDFでもご覧になっていただけます。
はっきり言って、全部見逃せません!
文楽を観る前から華やかな気分になれるのは初春公演ならでは。私もビシッと着物で行きたいと思いました! 第1部は涙なしでは観られない桜丸の切腹。第2部は江戸・吉原の雰囲気や絶世の美女・静御前の舞など、華やかな雰囲気が味わえます。第3部は入鹿退治の裏にあったお三輪ちゃんの悲恋…。見逃せない名作ばかりです!