第113回 チベットのお寺はバターのにおい。
8月☆日
心斎橋アセンスで、『公園へ行かないか?火曜日に』刊行記念で谷崎由依さんとトークイベント。アセンスでは、わたしがアイオワで撮ってきた写真の展示もやっていただいてて、この日に初めて展示を観たのですが、いやー、やっぱり写真は大きくプリントすると全然違うよね。わたしは今はすっかりスマホかパノラマ写真をパソコンの画面で見るくらいになってるので、写真はやっぱりプリントせなあかんなあ、と。小冊子まで作ってもらって、アセンスの磯上さんには感謝感謝です。『公園へ行かないか?火曜日に』は2016年にアイオワ大学のインターナショナル・ライティング・プログラム(IWP)に参加したときのことを元にした短編集。谷崎さんは2013年の参加者ということで、アイオワの話でめっちゃ盛り上がりました。谷崎さんも『鏡のなかのアジア』という、外国や言葉をテーマにした短編集を出したばかりで、IWPの経験から生まれた短編もある。アプローチは違うのやけど、普段話しているのとは違う言葉=思考回路の違う言葉、別の文化、別の風景に接すると、言葉って、世界って、自分の考えてること、感覚ってなんやろ、ってどうしても考えてしまう、そこから生まれてきた小説やな、って、たくさん話してあらためて思いました。
そしてやっぱり大阪はお客さんの反応がダイレクトというか、近い感じがするよね。
8月☆日
トークイベントの後、来てくれてた友人たち総勢8人と飲み会へ。それぞれ別のところで知り合った、この日が初対面同士の人がほとんどやったのやけど、谷崎さんが途中までみんなわたしの学生時代の同級生かと思ってたほど、馴染みすぎ。関西の人はほんま初対面感薄いよね。元々、同じような趣味つながりっていうのもあるけど。そして、わたしはこの日サメの形したリュック背負ってたのやけど、東京やとわりにスルーされてて、こんなん背負っててどうなん? って感じかしらとちょっと不安になってたところ、遅れて居酒屋に着いた途端、3メートル先から「サメやー!」「サメー!」と次々声が飛んできて、安心いたしました。
9月☆日
映画『寝ても覚めても』公開でテアトル新宿の舞台挨拶にゲスト出演。試写も複数回観てるし、取材やらトークイベントやらもようさんあったので、まだ公開してなかったのが不思議な気持ち。初日に来てくださったお客さんのキャーッ!という歓声を聞きつつ、花束贈呈などさせてもらいました。それにしても、『寝ても覚めても』の監督&メインキャストの皆さんはほんとに仲がいい。まるで学校のクラスメイトのよう。そんなところに参加できてとても楽しかったです。
9月☆日
関西方面にすごい台風が来るというニュースが気になってツイッターをひたすら見ていると、目を疑うような映像がつぎつぎにアップされて茫然。屋根がめくれるとか倉庫が飛んでいくとか、なにこれ? CG? と衝撃を受けていると、弟から実家の近所の写真が。木は折れまくりやし、看板か屋根かなんかわからんもんがようさん落ちてるし、いちばんびっくりしたんはビルの4階から業務用エアコンの巨大室外機が落ちてる画像。くっついてたパイプとか剥がれて壁も破損大きいし、こんなん外出たら死ぬやん!って心底怖くなった。こんなディザスター映画みたいな台風が来るやなんて、恐ろしいし、大阪がほんまに心配。
9月☆日
東京やとテレビのニュースでも情報が少なくて、どうなってるんかなとやきもきしていたら、今度は北海道で地震。今まで見たことのないような崩れ方の山の映像に茫然となる。北海道全体が停電というこちらも信じられないような事態。停電はほんの短い時間でもどれだけ生活に支障があるか、これも阪神大震災のときに身にしみたので、こんな大規模な停電が長時間続くなんてほんとうに恐ろしい。
9月☆日
そんな中ツイッターを見ていたら、札幌の若いお母さんが電気もガスも水も止まっている中で赤ちゃんのミルクをどうやって作ったらいいか助けを求めていた。20歳くらいのシングルマザーのようで、近くに助けてくれる家族もいないらしく、状況を想像するだけでどんなに不安やろうと苦しくなった。しかし、わたしは経験がないから何の助言も、そして実際に手助けもできないわけで、そのツイートへのリプライややりとりを見ながら、なんとか手段が見つかるようにと願うばかりだった。少し前に、赤ちゃん用の液体ミルクが日本では認可されてないとかされそうとかの話を見ていたので、こういうときにこそ届けばいいのにとやきもきする。大きな災害の度に、子供のいる人、女性や立場の弱い人、障害のある人が困っていることが伝えられ、その対策がなかなか進まないと言われるけど、こんなふうに一人で子供育てて普段の生活でも大変なこといっぱいあるやろうに、こんなときにこそ真っ先に助けが必要やのに、と思わずにいられなかった。わたしはなにができるやろうか。(後日、液体ミルクの備蓄はあったのに使い方がわからないとかなにやらで配られなかったと報道があり、あの若いお母さんはどうしたやろうかと気がかりやったけど、ツイートはもう見つけられなかった)
9月☆日
日中文化交流協会からの訪問団で、チベットのラサと北京へ。去年も同じ日中文化交流協会から北京と上海に行ったのですが、北京でのシンポジウムにチベットの作家の次仁羅布さんが参加されてて、そのイベントのためだけにわざわざラサから来られたと聞き、一緒に参加していた中上紀さんと今度はわたしたちがチベットに行きたいねと言っていて、今年は紀さんが団長ということでダメ元でチベットに行きたいと希望を出したらなんと実現したのです。チベット。ラサ。一度は行ってみたい場所でしたが、高山病とかいろいろ心配で、前回書いたように予防接種に薬にとあれこれ対策し、そして現地では携帯酸素ボンベも用意されておりました。飛行機を北京で乗り継いでラサへ。東川写真賞で特別賞を受賞された写真家の方がチベットへ写真を撮りに通っていたということで高山病のことを聞いてみたら、空港から市街地までが遠くてその車で寝たらあかん(呼吸が減って酸素が少なくなり高山病になりやすい)、と教えてもらってたので、1時間ちょっとかかる車の中では雪山の遭難並みに寝ないように励まし合いながら(普通に楽しくしゃべってただけやけど)、無事にホテルへ。途中、ライトアップされたポタラ宮が見えて、ほんまにチベットに来たのやなあ、と思った。早朝に羽田を出て、着いたのは夜の9時頃。そこまではわたしはとりあえず多少の頭痛ぐらいでした。ホテルの部屋の中にも、病院みたいに壁にボトルをセットして酸素が出るようにしてあったし、思ったよりも寒くなかったので、一安心で寝ました。
9月☆日
今回の訪問メンバーは、中上紀さん、こないだアセンスでトークイベントしたばかりの谷崎由依さん、そして最年少で松本清張賞を受賞した阿部智里さん、と日中文化交流協会と中国作家協会の方。
朝からお天気もよく、というか日本では見ることができないようなものすごく濃い青色の澄んだ空。まずはホテルのすぐ近くのジョカン(大昭寺)へ。7世紀創建のチベット仏教で最も神聖な場所だとされているお寺。入る前から、お寺の周りで五体投地という祈りを捧げている人たちの姿に胸を打たれずにはいられない。自分には宗教心はほとんどないので、おそらく遠いところからやってきて体を投げ出して無心に祈り続ける彼らが、どんな思いを持っているのやろうと考える。中に入っても、人がいっぱい。並んでる人たちが(外国からの観光客と現地の人は違う列)みんな手に魔法瓶やポットみたいなのを持ってるのであれはなんやろと思っていたら、中身はバター。チベットのお寺にはバター灯明といって、たらいになみなみと入ったバターに芯がたくさん立ててあってろうそくになっているものがあちこちにある。参拝した人はそこにバターを注いで回る。日本のお寺なら線香やろうそくをお供えする感じやね。なので、お寺の中はバターのにおいでいっぱい。このあと、どこのお寺や宮殿に行っても、このバターのにおいが漂っていました。
(チベット編、つづく……)
プロフィール
柴崎友香(しばさき・ともか)
1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/
権田直博(ごんだ・なおひろ)
1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/
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