第118回 オートロック締め出し事件。
8月☆日
北海道の東川町で、今年で審査員を務めて2年目の東川写真賞の表彰式&イベント。東川賞は、海外作家賞、国内作家賞、新人作家賞、特別作家賞(北海道に関連する活動をしている写真家)、飛驒野数右衛門賞(地域に根ざした活動をしている写真家)の5部門があって、審査は2月で授賞式は8月。今回、わたしがとりわけお会いするのが楽しみだったのが大阪を撮り続けてこられた太田順一さん。『女たちの猪飼野』で在日コリアン、『大阪ウチナーンチュ」で沖縄出身の人たちのコミュニティを丁寧に見つめ、『化外の花』や『群集のまち』『ひがた記』では、賑やかな暮らしからは忘れられてしまうような大阪の湾岸地域の風景を写し、また震災で焼けた神戸市長田区の菅原商店街や、ハンセン病療養所なども写真に残してこられた。わたしは卒論のテーマが「写真による都市のイメージの分析」で、大阪を写した太田さんの写真は何度も見返して資料にも使わせてもらったし、なにより『大阪ウチナーンチュ』は地元大正区で、沖縄出身の人たちが今みたいに注目されるずっと前から撮影されてたし、『群集のまち』はそれこそ地元・大阪市の海側の所の写真がいっぱいあって、勝手に身近に思ってきたのでした。実際にお会いしてみるととても穏やかな方で、奥様と中学生のお孫さん二人と来られてて、楽しくお話させてもらいました。スピーチの中で、少し前に何十年分の撮影したフィルムと写真のほとんど、段ボール何箱分も処分した、と話されていたことに衝撃を受けた。ごみ処分場に落ちていく箱を見ながら自分のしてきたことはこうして世の中から消えていくようなものだったのかと思ったが今回の受賞で見てくれている人がいたと思えた、とおっしゃっていたけれど、太田さんが撮り続けてきた写真こそ、普段は通り過ぎられ、見過ごされてしまうような、中心のどんどん進んで行くところからは離れた、それでも確実に誰かが暮らしている、生きているものがいる、そんな光景を撮り続けてこられたんやなあと、胸が詰まりました。
国内作家賞の志賀理江子さん、新人作家賞の片山真理さん、特別作家賞の奥山淳志さんも、以前から写真を見ていてとても興味があったので、直接あれこれお話しできてとても刺激を受けました。
写真も、小説も、作り続けることやな、って思う。
8月☆日
東川賞は町のお祭りも一体となって、農業センターの講堂で行われる授賞式には地元で採れた野菜や地元の方が作った食べ物が並ぶし、屋台もいっぱい出るし、今年も食べ過ぎました……。去年はたどり着けなかったトマトジュース(3種類)がそれはもう濃くておいしかった。花火大会も見られるし、みなさん、来年の夏の旅行にどうでしょうか(特にオリンピックで大変なことになりそうな東京の方)。大雪山もすぐ近くです。
8月☆日
旭川で友人に会う。旭川の出身で、昨年から子育てのために旭川に戻り中。眺めのいいホテルの高層階でランチブッフェ食べながら(ここでも地元食材豊富でまた食べ過ぎ……)、あれこれ話す。東川町というのは旭川のすぐ隣町(旭川空港と旭川市の間くらい)で、東川賞の期間に泊まるのは旭川の中心部。北海道らしい碁盤の目の区画で、旭川駅からまっすぐのびる平和通買物公園ていう歩行者天国が繁華街の中心。1972年に日本で初の恒久歩行者天国(休日だけじゃなくて毎日ずっとやね)になった場所だそうで、広々した通りは街路樹やベンチも多くてゆったりしてる。両側には洋服屋や飲食店が入るビルがずらっと並んでて賑やかなんやけど、空き店舗や元はショッピングビルやってんやなという建物も目につく。年下の友人も、学生の頃はもっと華やかで、制服の子が学校帰りにたくさん遊んでたんだけどね、と言う。この数年、日本の地方都市に主に仕事で行くことが増えて、どこでも似たような風景に出会う。駅前や、少し離れたところにある繁華街で(鉄道の駅は昔の城下町からはちょっと離れた土地のあるところにできたケースが多いので、古くからある街はだいたいこのタイプ)、老舗の風格ある建物とか、長く続いて来たけど最近やめはったんやろなという店舗とか、あるいはその中で続けてる個性的なお店とか、そういう場所を歩くたびに、昔はもっともっと賑やかやってんやろな、と思う。なんかいつのまにか、東京だけが栄えてて、地方は下り坂で当然みたいな感覚に世の中がなってるけど、ついこのあいだまで、地方都市にもそれぞれに豊かさがあって、そこに根づいた文化とかコミュニティとかあって、そこから生まれてくる多種多様なものが日本全体の豊かさやった。東京はそれを吸い上げて巨大化してきてんけど、いつのまにか、その構造が当然のこととされて、地方が沈下していくのは努力不足とか古い因習のせい(もちろんその面もあるけど、それは東京にだってある)で、仕方のないことみたいに思い込まされてるのは、ほんま違うわ、って思うようになった。東京(ここで言う東京はローカルな街としての東京でなくて、首都、中央の意味)が、東京に都合のいいように制度も交通も作り変えてきて(企業の合併で地方生まれの会社も本社は東京に移ったし、鉄道や高速道路も東京中心にどんどんなっている)、その結果やと思う。それは結局は、今まで日本全体を支えてきたたくさんの地方をやせ細らせて、いずれは中央の今は豊かなところにだって影響が出てくるというかもう出てる、って感じる。わたしは、地方都市の規模がほどよく暮らしやすいと思ってて、日本中のいろんな街に行くたびに、ここで生み出されてきた豊かさってどんだけ貴重なものなんやろうってつくづく感じるけど、東京で暮らしているとそれはぜんぜん見えない。
8月☆日
新大久保で友人と晩ごはん会。
新大久保、何年か前からほんまいつ行っても人でいっぱい。歩かれへんほど道に人がぎゅうぎゅう。特に今は、若い子の韓国文化ブームがすごいよなー、って駅降りるたびに圧倒されてしまう。韓国の化粧品とか食品とか売ってるスーパーに入ってみたら、ここもめっちゃ賑わってる。去年、韓国に行ったときに何回かごはんのときに出てきた、スジョンガっていう、シナモンと生姜と干し柿の、ちょっと漢方っぽい味の飲み物にはまって、あれ売ってないかな~、と探してみたけど、インスタント的なものにするのは難しいのか、見つからない。とりあえず韓国海苔の缶入り(めっちゃ好きなので枚数多いのを探してた)を買って、友人が予約してくれたお店へ。駅からだいぶ離れてるので、この辺までくるとようやく人も少なくなる。お店は、韓国の人がやってはる鴨焼き肉。おばちゃんが焼いてくれる形式で、こっちは手出しできへんかったり、これとこれを先に食べろとか言われたりするのが、大阪のお好み焼き屋を思い出させる(東京とかほかの地方の人には大阪のお好み焼き屋は自分で焼く方式と思われがちなんやけど、店の人が焼くのがデフォルトやんね。そして、焼けるまで触ったあかんとこ多いよね)。よう焼いた鴨肉を、大根の薄切り酢漬け(千枚漬けに似てる物体)に巻いて食べるのがめっちゃおいしかった-! しかも、スジョンガもあるやん! やっぱりおいしいやん! お客さんの韓国の人が率高いのもおいしい証拠やと思うし、しかもわたしたちが食べてる間に、一回来て連れの人とさくっと食べて、1時間くらいしてまた来てゆっくり食べてたおねえさんとか、そういうの好きやなあ。また食べに行きたい。
8月☆日
まだ片付け切ってなくて、段ボールはときどき思いついたように開けて減らしてるけど、まだ10個は残ってる……。しかも、本棚にはとりあえず端から詰めて分類してないので、ちゃんと片付くのはいつのことになるやら。
テレビはその前に荷物積んでることもあって、まだ見られず。第116回でテレビ見られへん話書いたけど、一方で自分が世の中からずれてるだけちゃうんていう気持ちもある。子供のころの、流行ものを全然知らないおっちゃんおばちゃんみたいな感じになってんのかな、とか思う。自分に今子供がいてたら、子供経由で今どきのものも知ってるやろか(子供いてる友人は、やっぱりそれなりに知ってるので、今の小学生や中学生はなにで遊んでるんかときどき教えてもらう)、それとも、そんなことも知らんの~、て言われてるやろか。今の子供はテレビじゃなくてYouTubeなんやろうけど。
40過ぎたくらいから、世の中のことあれもこれも知ってるのは無理やし、なんでも知っとかなあかんこともない、とわかってきて、実際、なにかの分野のスペシャリストの人って別のことに関しては知らんかったりしてそれでもすごい仕事してて言ってることも的確やなっていう人にもようさん会うし、でも、小説を書いてる身としてどれくらい「今」を知っとかなあかんのかな、って考えたりもする。「知っとかな」って思って知るのも難しいところやし(フィクションでいかにも「今どき」を入れましたみたいな箇所が滑ってることってよくある)、流行りや世間の旬な話題を知らんからといって今の世の中とまったく関係なく生きていけることはなくて、生活してること自体が「今」と関わってることやし、とも思う。
「テレビ」というくくりがおおざっぱすぎるのもようわかってるし、そこにあるおもしろいものを見つけていくっていうのは、今までと変わらへんねんけど、離れるとその見つける勘みたいなのは得るのに時間かかるよね。
というようなことを考えつつも、振り返ってみれば、小学生のときも、中高生のときも、そのあとも、ずーっと自分は、世の中の流行的なものがしっくりこなくて、生まれる時代を間違えたのではないか、世の人々とずれているのではないか、と思ってきたわけなので、なんも変わってないといえば変わってない。そういうとこがあるから小説家になったんやろうし。
というか、やっぱり、テレビで育ったので、見てなくてもテレビのことが気になりすぎやんなー。「あんまりテレビ見ないんで」ってさらっと言う人はいっぱいいるもんな。「テレビ見ない」って言うたほうがしゅっとした感じでええよな~、って思ってたのに、わたしの「テレビ見てない」はなんかぜんぜんしゅっとしてへん。
8月☆日
オートロック締め出し事件。
はい、ついにやらかしましたね。ゴミ出すときに、確かに出てくるときに玄関ドアの鍵は閉めたはずやのに、戻ろうとしたら鍵がない! 鍵ついてないキーホルダーだけ握ってる! 新しくつけたばっかりの鍵が外れたらしい……。で、朝やし、引っ越したばっかりでご近所さんを呼び出して開けてもらうのは気が引けて、焦りつつもとりあえず、教えてもらってたオートロックの暗証番号を押してみるが開かない。あれ? 間違えたかな、とやり直したら、なんと機械がフリーズ。ロックがかかってしまったようで、ほかの部屋を呼び出すこともできなくなってしまった。誰かほかの人が出てくるのを待ってみたけど、こんなときに限って誰も出てこない……。そして、マンション玄関前の植え込みにやたらと蚊がおり、めっちゃ刺される。さすがに寝間着ではないものの、Tシャツにスウェット、サンダル。叩いても叩いても蚊は湧いてくるし、うろつく不審者状態。携帯も持って出てないし(電話かけれたらどうにでもなったのに……)、仕方ないので、最寄りの交番まで歩く。幸い、お巡りさんがいてはって、事情を説明。さらに幸い、同じ建物に大家さんが住んではるのでそこに連絡してもらう。おまわりさんが台帳みたいなので調べて電話かけてくれてるあいだ、昔やったら電話番号も何個も覚えてたから交番で電話借りてかけるとかもできたのに(できるんやったけ?)、携帯ないと今は身近な人の電話番号もわからへんし携帯頼りすぎでなんもできへんようになったなー、ていうかそもそもあほすぎや、とぐるぐる考えてさらに凹む。大家さん在宅してたようで、玄関で大家さんの部屋を呼び出してくれたら解錠してくれるそうです、と言われ、違うんです、機械壊したっぽいので玄関のところで待っておいていただけないでしょうか、とお願いし、急いで戻る。待っててくれてはった大家さんに平謝り。引っ越して早々に朝からお騒がせし、しかも機械壊しまして申し訳ないです……。どうやらオートロックの調子がもともと悪かったのでフリーズしたらしく、その日のうちに業者さんが来てくれはって直ったみたいでほっとしました。鍵も無事に発見しました……。
大阪にいてるときは、友達の家もオートロックほとんどなかったせいか、東京で住んだ家はないとこもあったけどだいたいオートロックなのですが、未だになじめずにいます……。
8月☆日
関東地方はこの夏は天気が悪く、夏の楽しみな味、トマトときゅうりが高いのがつらい。
プロフィール
柴崎友香(しばさき・ともか)
1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/
権田直博(ごんだ・なおひろ)
1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/
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