よう知らんけど日記

第127回 暫定的に「日常」と呼ばれているものについて。

2020.5.12 12:38

カテゴリ:未分類

2月☆日 

学校の臨時休校措置が発表された週末。予想通り、スーパーやドラッグストアの棚が空っぽに。震災のあとや去年の大型台風のときなど、いろんなものが品薄になる現象を何度も体験してきたけど、今回はまず圧倒的に紙物。マスクは1か月ぐらい前からすでに見かけなかったけど、材料が同じみたいな噂が流れたらしく、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、キッチンペーパーがすぐに空っぽになり、生理用品に紙おむつまでほとんどない状態に。それと今回はウイルスなのでアルコールスプレーとか除菌ウェットティッシュなどの除菌グッズもなくなった。あとはこんなときだいたいなくなる、パン、インスタント麺、パスタ、レトルト食品の類。パスタなくなるのは毎回不思議で、そんなに非常時にパスタ食べるかな、パスタ茹でれるんやったら米炊けるやろうし、なぜにパスタに集中するのか、謎やなあ、などと各店舗を見て回れるのは、わたしが普段から余分なものまで買ってしまう性格でストックがやたらとあり、片付けられないので、探すとあっちからもこっちからも前に買うてるやん!ていうのが出てくるから。それで、こんな事態になるとすぐに買い占め買い占めて報道されたりするけど、今の日本て流通が最適化されてる=必要な量だけを何回も運ぶ方式=余裕がないので、ちょっとバランス崩れるとすぐなくなるんよね。それを何回も経験してると、なくなる前に買うとかな、ってなるのもわかる。そして、紙ものがなくなるって噂が流れって、書いたけど、実は噂が流れてるって情報が流れたこと、つまり元のできごとより、それで買い占めが起きてるらしいって情報のほうが影響あったらしい。わたしも家族4人とかで住んでて、家族の分確保せなって立場やったら、買うよね、それは。難しいなあ、ほんま。

2月☆日 

『文藝』に岸政彦さんと共作連載している『大阪』の原稿を書く。第5回目。これまではわたしが子供のころ=70年代の大阪の風景から、80年代、90年代と自分の小学校、中学校、高校時代を振り返りつつ書いてきたのやけど、今回は、東京で暮らす大阪人、ほかの地方出身者としてのギャップとか違和感とかを中心に書いた。東京にいると、大阪ってほんま誤解、まではいかんくても、極端に偏ったイメージばっかり流通してて、損してるなあ、と思うことが多い。これは、大阪の人がサービス精神ありすぎて、求められる「大阪人」を演じてしまうって部分もあって、たとえれば、合コンで気を遣っておもろいこと言うてその場を盛り上げて、でも終わってみれば、男前・かわいい子に持って行かれてる、ていうあの現象に近いね。いや、いいねんけど、いいねんけどさ。そういうのだけでなく、東京にいるとやっぱりほかの地方のことは見えづらくなって、ずっと東京に住んでる人やと、想像つけへんことようさんあるやろな、と思う。前にわたしの小説の、街がどんどんさびれていって、みたいな部分に対して、街ってどんどん発展して行くものじゃないの?  なんか怖い!って感想があって、すごいびっくりしたことがある。東京に住み始めたころ、こんなお金回ってる街で、しかもそのど真ん中で生活してる人が政治や大企業の方針決めてるんやったら、そら生活が苦しいとか仕事がないとかの人のことなんか全然わかってへんやろな、と心底思った。そんなあれこれを書いて、夜、外に出ると、いつもなら賑わってる時間のはずやのに、終電の時間ぐらいの人気のなさ&暗さで寂しかった。 

3月☆日 

今までは全然やったけど、人からちょこちょことあの会社の人が新型コロナに感染してビルが閉鎖されてるらしいみたいな話が入ってくるようになった。どこまで正確な情報かはわからないけど、だんだん身近になってきてる感じ。東京みたいな人がめちゃめちゃ多くて、国内外含めて出入りも激しい巨大な街がなんもないということはあるわけがなく、そのうちに感染者が一気に増えるのではと不安も強いけど、予想がつかないというか、実感は全然ない。学校だけは急に休みになったけど、その分、学童保育が密集状態になってるとか、会社やほかのことは普通に動いてるからどうなんやろうとか、わたしは予定もほぼなくなって家にこもってて、人とメールとかでやりとりするけど、当然、誰もなにもわからない感じなのは変わらない。ウイルスが怖いという情報と、身の回りの平穏さにギャップがありすぎて、うまくとらえられない感じが続いてる。

3月☆日 

用事があって出かけた帰り、新宿の地下街にいつも話題になる広告をばーんと貼ってある場所があるんやけど(ジャニーズや韓国アイドルグループを使った広告やと記念撮影してる人がいっぱいおったり)、『anan』の創刊号からの歴代の表紙がずらーっと並べてあった。わたしが「うわー!」てなるのはやっぱり1990年前後で、小泉今日子と永瀬正敏が二人で写ってるのとか、宮沢りえがかわいすぎる!!とかで、この表紙や特集覚えてる!っていうのもいっぱいあった。並べると、70年代はモード系で外国人モデルが表紙で、80年代は『Olive』?って思うようなのも多い。2000年代以降はジャニーズ率がめちゃくちゃ高く、最近のは韓国アイドルも多い。恒例好きな男嫌いな男が、初期は田原俊彦やったり、貴乃花が表紙の号があったり、時代って移り変わるよな……と感慨深いを通り越してなぜかしんみり。そして並べてみると、自分がいちばん読んでたあたりが真ん中より初めのほうに寄っていて、あー、わたしの年代ってこのあたりになるのね、とも思う。これ、占いの記事やサイトで生まれ年選ぶときも、だいぶ移動してきたなー、ってなる。年を取りたくないとかでは全然なく、むしろ、平成元年生まれでももう30歳なんや! 2000年生まれがハタチ!? 的な、親戚の子が大きなってる、みたいな感覚に近い。みんな、大人になってるのやなあ。 

3月☆日 

子供の学校が休校になって以来ずっと家に閉じこもっててうつうつとしてるという友達とメッセージのやりとりしてて、突然、その子の家でごはん会をしようということに。乗り換えた新宿は人がめっちゃ少なくて、デパ地下もがらがらで、土曜にこんなに人おらん新宿初めてやわ、と驚く。友達4人とそこの家族で、おいしい晩ごはん。わたしも人とごはん食べるの久しぶりで、めっちゃ楽しかった。しかも、1人とは会うのが2年ぶりぐらいのうえ、その間に結婚してて、いやー、めでたいよね、友達と話しておいしいもの食べるのがやっぱりいちばん楽しいよね、とようさんしゃべった。小説でもエッセイでも何回も書いてるけど、わたしは友達とおいしいもの食べてしゃべるのがいちばん楽しいことで、人生にそれ以上のことって別にないと思ってて、家にこもってたり(一人でずっと家にいること自体は全然平気なのやけど、長いこと人としゃべらないのはつらい)、ちょっと個人的にしんどいことが続いてたりして、ぐったりやったのやけど、この数時間でめっちゃ回復した。(しかし、それも3月下旬にはできなくなっていくのです……) 

3月☆日 

すっかりラジオっ子なのは何回か書きましたが、去年の引っ越し作業中に聴きだしてからはまったのがTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』で、特に人生相談のコーナー。そして、パートナーをつとめるアナウンサーさんが日替わりなのやけど、水曜の小倉弘子さんと金曜の堀井美香さんの女子トークが、もう! 最高! なんです。スーさんが1973年生まれ、堀井美香さんが1972年、小倉弘子さんが1974年と、ばっちりがっちり同世代のわたし1973年生まれ。聴いてると、ここは高校の教室ですか!? みたいな気持ちになることがある。特に、わたしは職場がなくて普段人に会わない生活で、会社を辞めてしばらくは修学旅行に行く夢ばっかり見てたような人間なので(学校がしんどいときもあったけど、基本的にそこに行けば誰かしゃべる人がいるという環境はすばらしい)、寛容でいろんな人の話を聞いてくれるスーさんと、ちゃきちゃきして姉さんキャラの小倉さんと、いちばん年上なのにおっとりしてるけど実は成人してる息子さんもいるしっかり者の堀井さんの組み合わせが、お弁当食べてるときとか、放課後に誰がどうしたこうしたとしゃべってた時間を思い出させて、ぐっとくる。こないだ、同世代で思春期の子育てに悩んでる人からの相談が来て、堀井さんが、わかるー、わたしもそうだった、じっくり話したいくらい、ね、どこで待ち合わせする? とか言っていて、その感じに泣いてしまったわ。ほんまにさー、こういうふうに、しんどいことしゃべりあって、普段は元気いっぱいな感じの子でもああそんなことあるんやってことがあったりして、解決するわけじゃないけど、そうやんなー、どうしたらええんかなあ、って言い合って、なんとか生きてきたよね、わたしたち。と一人、ラジオ(っていうかアプリでのタイムシフト+Bluetoothスピーカーやけど)の前で頷いておりました。 

3月☆日 

そのTBSラジオへ。『ACTION』て帯番組の木曜日を小説家の羽田圭介さんが担当していて、この週は震災特集だったのですが、そこに呼んでもらった。羽田さんが、震災後に発表された小説の中でわたしの『わたしがいなかった街で』がいちばん響いたとのことで、『わたしがいなかった街で』は震災自体は書いてないのだけど(2010年の設定)、震災の1年後に刊行して、戦争や遠くのできごとと自分との距離みたいなことをテーマにしていて、震災との関連で多くの人に読んでもらった作品で、そのことを8年経った今も羽田さんが思い出してくれたのなら、と思って出演しました。羽田さんと小説のことをじっくり話すのは初めてやってんけど(羽田さんが高校生で文藝賞を受賞したパーティーのときから知ってるのやけど)、過去のできごとを現在とどうつなげるか、場所を書くのは過去にそこで生きた人たちのことを実感したいから、というような話をしました。すごく充実した時間でした。とはいえ、短い時間だったので、もう少し話したかったなーということもあって、それは「日常」みたいなこと。わたしの小説は「何気ない日常」「何も起こらない日常」を書いてると言われたりするけど、わたしはそう思って書いたことは1回もなくて、わたしにとって「日常」ってよくわからない、得体の知れないもので、ある日突然、昨日とは生活が変わったり失われたりしてそのときに初めて「今までが日常やったのかも」と思うようなことちゃうんかな、と思ってる。「何気ない」「何も起こらない」というのは、明日も同じ日が来ると思い込んでるからそうなのであって、明日突然ないかもと思ったら何気なくなんか全然ないわけで、わたしは子供のころ病気してて死ぬかもっていうのがごく当たり前に近くにあったり、その後いくつかの経験があって、みんなが普通って思ってることってすぐ崩れるものの上になんとかぎりぎりのバランスでのっかってるだけで、ある日突然、はい、今日からは違いますよ、って言われるかもしれんと思って生きてきて。そういうことについても、『わたしがいなかった街で』で一回じっくり書いてみよか、と思ったんよね。それで、収録の前にもらった企画書で『わたしがいなかった街で』の中の印象的な文章として、「これまで、死ぬまで二度と会うこともないからさようならと言い合って別れたことはない」(たいてい、また今度、って言うてその今度がずっと来なかったりする)、「毎日毎日が、二度と会わない人との別れでいっぱいだ」「会うことがない人と死んでしまった人と、どこが違うのか」ていうところを引用してくれてはって、それが今の状況というか(番組に出た日は、まだそこまででもなかった。3月下旬にイタリアやイギリスやアメリカが大変なことになってきて、会われへんまま死んでしまう人がようさんおる状況が身に迫って感じられた)、急にこのあいだまでできてたことができなくなって、会えてた人にも会えなくなる事態と重なってるなあと思った。そして、ちょっと前までは、その暫定的に「日常」と呼ばれているものは突然失われる気がしていたけど、今の感覚だと、もっとじわじわぬるぬると、気づいたら戻れないみたいな感じがしている。 

 収録が終わって、TBSのある赤坂サカスの地下街でシンガポールライスを食べた。とてもおいしかった。でもどの店も、お客さんは全然いなかった。

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柴崎友香(しばさき・ともか) 1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/

権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/

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権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
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