よう知らんけど日記

第131回『AKIRA』4Kリマスター版、最高でした!

2020.8.27 12:06

カテゴリ:未分類

5月☆日 

散歩に出ると、めちゃめちゃさわやかな天気。これぞ初夏の青空、いちばんいい季節!みたいなすごいくっきりと青い空。出かけることもほとんどなくて、行くのは近所のスーパーぐらいで、ついインターネットの画面見て情報、情報、情報ばっかりな状態になるのやけど、外を歩いてるとあまりのギャップというか、外は季節が進んでいってるなあということにびっくりする。通ったことのない道を歩いてたら、ビルとビルの間みたいなところに、やたらと庭が広いちっちゃい家があって、庭と言っても放置状態の雑草が伸びてるちょっとした空間やねんけど、なんかそこがすごいよくて、人が住んでるのか住んでないのんかようわからん家やったけど、このままずっとあったらええのになと思った。 

5月☆日 

単行本の校正やったり、連載の原稿書いたり、エッセイの原稿書いたり、4月のぽかんとした時間に比べたら急に忙しい。忙しいというのもあるけど、4月に、あまりにも人としゃべらないのに情報だけが入ってくる情報がしんどすぎて、noteにちょこちょこ文章を書いててんけど、なかなか書けなくなってしまった。もともとの三日坊主もあるし、仕事で文字をたくさん書いてると書けないというのもあるし、それからなんとなくやけども、「いいね」がつくことに戸惑ってしまったのもあるなあと思う。もちろん、読んでくださった人がその反応を返してくれるのはありがたくて、うれしいことで、励みにもなるのやけど、すぐに反応が数字で示されることに慣れないというか。ツイッターもインスタグラムもやってて、でもそれは告知とかどうでもいい一言とか、写真やし、そんなに気にならないのやけど、ある程度の長さの文章、自分がなりわいというか、おもにやっていることだからなのか、それとも自分の文章以外でもある程度のまとまりのある文章にシンプルにアイコンがつくこと自体が慣れないのか、まだはっきりしないけど、どう受け取っていいのかわからないところがあるんよね。一方で、noteでも他の場所でも、人の書いてはる文章を読んで、いろんな場所でいろんな人がいろんな文章をめっちゃ人気あるのもひっそり書かれているものも、こうして書き綴っているのってすごいな、っていう感慨もあって。文章書くってなんやろね。 

 noteはその後も止まったままになってるねんけど、そのうちにまた何か書きます。たぶん。 

5月☆日 

初のオンライントークイベント。『ODD ZINE』という太田靖久さんが中心になって作っているZINEの4号目に参加させてもらって、そのイベントを、toi books主催で。太田さん、高山羽根子さん、toi booksの磯上さんの4人でそれぞれ自宅からしゃべる。トークイベント、オンラインだと遠方の人や、仕事の都合とかで店頭でのイベントに参加できなかった人も見れるのはいいなと思う。イベントはどうしても東京とか京阪神とか大都市の中心部に偏るし、人数も限られるしね。その一方で、オンラインだとどうしても会って話すようには話せなくて、一人ずつ順番になって、1問1答的に進めていかないといけないのはもどかしいところ。お客さんの反応も見えないし。ここらへんは今後の課題やなあと思うものの、初のオンラインは無事に進んで、楽しかったです。自分以外の人がどうやって小説書いてるか、どんな本読んでるかの話は楽しい。 

5月☆日 

ところで、わたしはあまりにも部屋が散らかってるので、飲み会含めてオンライン用にそこだけ整えた本棚前でしゃべるようにセッティングしてあるねんけど、自分が参加したのとか、他の人のオンラインイベント、配信など見ていると、どうやら若者ほど、普段着&背景がなんもない壁、のように思われる。きっちりメイクしたり背景が整えてあったり(あるいはすごいごちゃごちゃしてたり)するのは40代以上のような。ローリングストーンズのメンバーが各自の家で同じ曲を演奏するという配信も、背景がかっこいいギターがずらっと並んでるいかにもスターの家やったりして、この感じ、年代でだいぶ違うのかも、と思う。若い子は、芸能人とかもスウェットにノーメイク(っぽい感じ)、男子もぼさぼさ系、愛想のない白い壁とかで、たぶんこれは普段から動画配信や動画通話に慣れているのもあるやろうし、そんな「日常」の場面で、テレビに映るかのようなきめきめセッティングはださい、みたいな感覚があるのではなかろうか、これからオンラインにもっと社会全体が慣れてくればまた変わってくるのやろうか、などと思いつつ、わたしの部屋は壁が全部本棚でどうしようもないので作家の部屋っぽくお送りしています。

5月☆日 

緊急事態宣言が終了。といっても、ちょっと前からもう戻るっぽい感じに街の中はなっていて、電車も一時のがらがら状態ではなくなってたのやけど、それでも、テイクアウトだけになってた飲食店が夜の営業を始めたりすると、街全体の感じはだいぶ違う。テイクアウトっていうても、衛生的な面も気を遣わはるやろし、容器を用意するのも大変やろうし、普通に営業してるのとは売り上げ全然違うやろうし、飲食店はほんまに厳しい状況やろうなと、前を通るたびに胸が痛む。ほかの業種のお店や、繁華街の百貨店なんかも、休んでいたところが営業再開した知らせはほっとするのやけど、対策はしなあかんし、働いてはる人の不安も変わらないやろうし、そして劇場や映画館やライブハウスはまだ当分開けなそうやし、緊急事態宣言が終わってほっとした気持ちと、でもこれからどうなるんやろうという気持ちと、そしてそれをすぐにいろんな人と話すこともできなくて、気が重いのは変わらない。 

5月☆日 

ものすごく久しぶりにケーブルテレビでCNNをつけっぱなしで見てた。アメリカのミネアポリスで黒人男性が警官に押さえつけられて死亡する事件が起こって、それに対する抗議活動が広がり、そして一部が暴動的になっていたり便乗で略奪放火なんかが起きている。警察の建物が放火されてたり、軍隊が出動したり、延々と流れてくる映像は、信じられないような光景でもあり、今までに何回も見覚えのある光景でもある。黒人差別に端を発する暴動というと、わたしの世代にとっては1992年のロス暴動が強烈に記憶に残ってる。 

2016年にアイオワ大学のプログラムに参加したのもあるし、その前後からアメリカに何度か行って、アメリカの小説や映画に描かれてきた社会問題や差別がリアルに感じられたり、知らんかったことを知ったりしたこともある。驚いたことの一つは、異人種間の結婚が禁止(犯罪)とされていた時代、黒人の定義は16分の1でも黒人の系統なら黒人で、たとえばひいおじいちゃんの世代に1人黒人がいたら見た目はほぼ白人でも黒人として差別されてたことで、こういうのはほかの国や民族でもあって人間のいわゆる「血」に対するこういう感覚ってほんまに醜いというか浅ましいというか怖い(わたしはこういう「血統」的な意味での「血」という言葉が心底嫌い)。あるいは、ロサンゼルスでカリフォルニア・サイエンス・センターに行ったら隣がカリフォルニア・アフリカン・アメリカン美術館で、入ってみたらロス暴動のことをとても詳しく解説されてて、そしたら単純なことではなく、歴史的経緯や、アジア系移民との関係も含めた、経済格差や支配関係を利用して築かれてきたアメリカっていう国の複雑な問題がああいう形になったのやということがわかって愕然とした(ここの少ない文字数で書くとどうしても単純化、誤解を招いてしまうと思うので、調べたり本読んだりしてほしい)。それを「暴動」ってひとくくりにして報道するのってすごい乱暴やと思う。 

アメリカの黒人差別に関するものでここ数年で見たり読んだりしたものでよかったのは、映画:『ラビング  愛という名前のふたり』『ヘイト・ユー・ギブ』(←これは小説も。ヤングアダルトなので若い人にもおすすめ)『グローリー 明日への行進』『ブラック・クランズマン』『ビール・ストリートの恋人たち』、Netflixオリジナル『ボクらを見る目』、小説『地下鉄道』『優しい鬼』、グラフィックノベル『MARCH』、です。

去年アカデミー賞をとった『グリーンブック』はようできてるしええ話やし好きなシーンもいくつもあるけど、『ブラック・クランズマン』観たら「そらスパイク・リー怒らはるわな」って思う。 

6月☆日 

『AKIRA』4Kリマスター版、さらにIMAX版、なんとしてでも観なければということで、締め切りの合間に池袋まで。『AKIRA』の映画版、50回は観てると思うのですが、劇場で観るのは公開時の1989年、千日前OSスバル座以来。しかもIMAXということで張り切ってど真ん中の席に陣取って、堪能しました。いやー、最高でしたね!! まず芸能山城組の音楽が最新の音響ですごい。最初の高速道路のバイクのチェイスの場面だけ一日中観ててもええわって感じ。大画面で観ると、今まで気づかなかったというか見慣れすぎてた細かい部分も、わーこうなっててんや!とめっちゃ新鮮。特に、キャラクターの表情がめちゃめちゃ細かく描き込まれてるなって思いました。台詞を先に録音してそれに口を「あ・い・う・え・お」の5種類作って合わせてるのやけど、それがただ口が合ってるってだけでなく表情全体と連動して変化してて、うわーってなる。2020年の東京オリンピック直前の世界の『AKIRA』をまさにオリンピックが中止になった東京で観るのはかなり不思議な体験で、そして『AKIRA』の設定は2020年でもその世界観はやっぱり1989年の東京で、ごちゃごちゃした小汚い東京は懐かしくなってというか、現実の東京ではどんどんジェントリフィケーションされてつるんとしたお金のない人には居場所のない東京になっていきつつあり、『AKIRA』の中のネオ東京と現実の2020年の東京の似てるところと違うところになんかくらくらする思いでした。それにしても、金田はかっこいいなあ。わたしは二次元でいちばんすきなのは金田です。たくさん観れて楽しかった。 

6月☆日 

これが緊急事態以降初めての映画館やったのですが、まだがらがらで、シネコン全体が人おらんくてめっちゃ静か。わたしは映画館で映画観るのが好きやし(というか、家やと気が散るので映画館でしか観れない作品がようさんある)、映画館ていう場所がずっとあり続けてほしいのでほんまに心配。いろいろ対策はされてて、座席は一つおきの市松模様になってるわけやけど、実はこれが快適で。映画館的には座席半分って深刻で経営上ものすごく厳しいのは重々わかってて、早く元に戻ってほしいのは前提として、映画館のぎゅうぎゅう感が苦手な人は今が行きどきやで、と思う。左右も、前も人いてないので、ほんまにゆったりで気楽に観れる。今のうちに映画館、おすすめですよ。それで、外に出たら夜の10時前やってんけど、終電前かっていうくらい人が少なくて薄暗くてさびしい池袋。繁華街がさびしいのはほんまにさびしくてつらい。

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柴崎友香(しばさき・ともか) 1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/

権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/

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公式サイト:http://shiba-to.com/

権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
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