第72回 おいしい水って味せえへんね。
(引き続き、ものすごい間があいてしまいましたが、思い出しよう知らんけど日記でお送りします)
6月☆日
(このエッセイ、日記感を出すためにちょいちょいお天気話を入れてたのですが、5カ月も経つとさすがにどんな感じやったか、思い出せません。調べたら天気はわかるけど、蒸し暑さとか肌寒さとか、雨が続いてげんなりとか、そういう感覚は失われてしまうなあ。今年の6月、暑かったかな、寒かったかな。病院に行き帰りしていた道を思い出すと、わりと天気良くて暑かった気がする。子供のころからまともに日記が書けたことがないけど、日記を書く意味の大きな一つは天気を記録できることやと思う)
6月☆日
『17歳』(下高井戸シネマで)。『8人の女たち』とか『スイミング・プール』とか癖のある女たちが登場する独特の映画を撮り続けてるフランソワ・オゾン監督。17歳の誕生日を海辺のバカンスで迎える日から始まり、裕福で不自由ない生活を送る美しい少女が売春を繰り返す。観客には、彼女の気持ちはわからない。事実を知って混乱し途方に暮れる母親の視線に近くなってしまう(実際、母親役の女優さんが同世代やったし)。だけど、女であることや、変わりゆく肉体や、他人の視線のわずらわしさや、17歳のそのときにしかない葛藤とか不安とか衝動とか、そういう言葉にしてもうたら何とも陳腐になるなにかが、確かに映し出されてる。とにかく映画初主演のマリーヌ・ヴァクトがすばらしい! 顔のバランスとしてはときどきスカーレット・ヨハンソンに似てて小悪魔系の魅力は共通してるけど、体型は真逆の細いっていうかぺらぺらで(元モデルだそうで)、不健康で退廃的で鋭く繊細で、こんな子はフランスしかありえへんよなー、こんな子を生み出すためにフランスって国は存在するんやと思ってしまう。フランソワ・オゾン作品常連のシャーロット・ランプリングが最後にちらっと出てくるんやけど、その昔インモラルな役柄で衝撃を与えたランプリングが、若いヴァクトを見守るように対話するのに感無量になりました。
『スイミング・プール』でランプリングを翻弄したリュディヴィーヌ・サニエも大変にエロスな魅力あふれすぎで(こちらは巨乳系)よかったんやけど、女優というのは時代の欲望を映し出しつつ、それを越えて新しい像を生み出す存在なんやなと、そして優れた映画監督はそれを見いだす才能があるのよね。
6月☆日
ウォーター・サーバーというものを導入した。友達の家にあるのを見てはええなー、特にお湯がいつでも出るのが便利そうと思っててんけど、当然お金かかるし、お湯沸かす手間ぐらい自分に課しとかないとほんまになんもせんようになるよな、と踏みとどまってた。が、尿管結石。石の解析もして、おそらく原因はお茶やろうと。とにかくお茶以外の水をたくさん飲むようにしなさい、とのこと。紅茶・緑茶・中国茶(これ、みんな同じ木の葉っぱ)、1日に2リットルぐらい飲んでたもんなー(コーヒーもココアもシュウ酸あるそうやけど、ほぼ飲まへんし)。わたし、お茶じゃない、普通の水を飲む習慣がないのよね。おそらく、わたしが子供のころの大阪って水が日本一まずいと評判の街で水道の水そのまま飲むことめったになかったし、ミネラルウォーターわざわざ買って飲む感じでもないし。そうそう、子供のころの水がまずかったっていうか塩素すぎて、水がおいしいってどんな感じかわからんねんな。味がせえへんのがおいしいってこと?(余談やけど、コントレックスとかの超硬水って池の味せえへん?)
そんなこんなで、しばらく悩み、ネットで比較検討しまくり、頼みました、ウォーターサーバー。水が7リットルぐらいのパックに入ってるタイプ。やー、こりゃ便利ですな、ほんま。お湯があるとカップ1杯ずつルイボスとかハーブティーとかシュウ酸ないお茶いれられるし、水もこれやったら飲めるわー。うん、おいしい水って味せえへんね(ちゃんとした味覚の方からツッコミが入りそう…)。
6月☆日
福岡行きました。人生初福岡、初九州。
大阪から新幹線で行ったんやけど、山陽新幹線ってトンネルばっかりで風景があんまり見られへんよね。東海道より山が多いのか? トンネル技術が発達したからか? 掘りやすい地質の山なのか? あとで調べよ。
トンネルの合間に見えた山口の工場地帯がかっこよかった。そして、下関から北九州は海底トンネルで海を渡るのが見えへんかったのはちょっと驚き。
それで博多駅からタクシー乗ったら、運転手さんが話し始めて、大阪といっしょで西日本の運転手さんは基本しゃべるんかなーと思ったら、福岡県警とやくざの裏話みたいな濃い話が続き、一段落したと思ったら、突然「木星のコアが小さくなってるって知ってますか?」 えーっと、知らないです…。そこから先は、木星のコアとNASAとの関係とか、日本がヨーロッパの製薬会社の人体実験場になってるとか、人工地震とか、わかりやすくよくある陰謀論が延々と……。運転手さん、信号待ちになるたび、傍らに置いたノートパソコンを何回もチェック。よそ見運転しそうで危ないっす、ていうか、そうやって待ち時間にインターネットばっかり見てるうちに世界の裏側をおれだけが知ってる感じになりはったんやろなあ。
博多駅到着からホテルまでのほんの10分で、えらい濃い体験しました。
6月☆日続き
最初に乗ったタクシーは濃かったけど、福岡はとてもいいところでした(福岡と博多は、地元の人は使い分けてはるのやけど、どの辺がどうなのか数日では把握できず)。わたしは常々、地方中核都市がいちばん暮らしやすいと思ってるのやけど、福岡も小さい範囲に繁華街がぎゅっと集まってて、空港も海も近いし、便利で快適。なにより、ごはん食べるところがめちゃめちゃようさんある。博多といえばラーメンかなと思ったら、地元の人はみんなうどん推しで、[かろのうろん](かどのうどん、ね)て老舗に行ったら確かにおいしかった。
そこのすぐ近くに渋い商店街と櫛田神社があるねんけど、おおっ、ここはテレビで中継見て憧れてた祇園山笠まつりの神社じゃないですか。古くて、巨木もいっぱい。ちょうど翌週が祇園山笠で、山車があっちこっちに飾られてて、想像以上の大きさに感動。夜明けからやるお祭りで、法被にふんどし、膝丈の地下足袋の男衆たちが最初に歌う歌はめっちゃかっこいいし、そのあと山車の引き回しを0コンマ1秒まで競う激しいお祭りで、中継見るのが毎年楽しみなんよね。
夜、もつ鍋食べて、ちょっと離れた長浜の屋台街に行って焼きラーメン食べて、全部おいしくて、いやー、やっぱり街は食べ物おいしいかどうか重大問題やね。
真夜中過ぎても、繁華街を老若男女がぞろぞろ歩いてる。まだまだ飲みに行くって雰囲気いっぱい。この感じは、他のどこでも見たことないなあ。新宿とか渋谷も終電すぎたら意外にめっちゃ閑散としてるもんね。道に人がようさんいてるところはええとこやと思う。
6月☆日
『大阪建築 みる・あるく・かたる』の取材のため建築史家の倉方さん&担当者で千里方面へ。大阪万博が開催されたこの地、当時建てられた住宅や駅も未来感たっぷり。万博記念公園は何回も行ってるけど、普通の団地や住宅はなかかな見て回る機会がないので、めっちゃおもしろかった。全体が弧を描いてる大型高層住宅は玄関ホールも半円形やったりエレベーター周りも縦長の窓がかっこよかったり。原色のモザイクタイルがかわいい幼稚園もあった。せんちゅうのセルシーも理想の未来都市のイメージやって行くたびに思ってたし、大阪って万博の影響が今でもこんなに鮮明なんやな、というか、大阪が日本の最先端で肩を並べてた最後の時期が70年代なのかもなー。
万博公園の中に2010年にオープンしたパビリオン(元鉄鋼館)に行くと、今の世の中からはちょっと想像できないような、盛り上がりと熱狂が味わえて、圧倒されるとともに、今の大阪がちょっとさびしいな、とも思う。
セルシーのスンドゥブ屋さんがめっちゃおいしかった。
プロフィール
柴崎友香(しばさき・ともか)
1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/
権田直博(ごんだ・なおひろ)
1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/
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